1
花澄
「♪〜♪〜」
彩乃
「む、夕暮れの商店街をゴキゲンな鼻歌で闊歩しているあれは脱いだらスゴイ黒井花澄」
花澄
「いつあたしの脱いだところを見たのよ。
そしてあたしはまだ黒井じゃないから。
彩乃ちゃん今帰り? ランドセル似合ってるわね」
彩乃
「……なんだかバカにされてる気がする」
花澄
「なんでよ、いいことじゃない。
その格好の方がいいわよ、あんなインラインスケートと軍隊みたいなリュックより。
子供は子供らしく、それが一番なんだから」
彩乃
「……機嫌よさそうだったけど、なんかあったの?」
花澄
「えへへ、雷牙に映画誘われたのよ。
見たかったのよねー、『アイゼンマン2』。
イケメン社長がアイゼンマンスーツ着て、白装束で空飛んで完全催眠使うのよ」
彩乃「……」
(『まだ』ってことは、将来的には黒井になるつもりなんだよね……)
2
雷牙
「お、花澄を追っかけてきてみれば」
彩乃
「……雷牙」
花澄
「どしたのよ雷牙、さっき別れたばっかなのに」
雷牙
「いやー渡すの忘れちゃってさ。
こないだお姉ちゃんが旅行行ってきたお土産の、京都名物生八つ」
花澄
「あうぃがほう(ありがとう)」むぐむぐ
彩乃
(見えなかった……
気づいたら八つ橋の包みが開けられて、花澄の口がふさがってた……)
雷牙
「で、二人は何してたの?
ハンサムなボクのうわさ話?」
花澄・彩乃
「んなワケないでしょ」「そんな感じ」
雷牙
「えへへー照れるなー」
花澄
「ちょっと、往来のど真ん中でくっつかないでよ、はずかしい」
彩乃
「……ホントラブラブだね、お二人さん」
雷牙・花澄
「まあねー」「別にそうでもないわよ」
彩乃
「花澄のハダカの写真持ち歩いてるくらいだもんね」
雷牙
「彩乃! バカ!」
花澄
「……詳しく聞かせてもらえるかしら、雷牙?」ニコォーリ★
雷牙
「あはは花澄、笑顔が怖いよ」
彩乃
「薄着で無防備に寝てたからひっぺがして撮ったんだってさ。
すごかったって言ってたよ、脱がして写真撮ってまた着せてひたいに肉書いて消しても全然起きなかったとか」
雷牙
「ちょまままタイム、タイム、タイムって」
花澄
「カラミティタイタン!!」ずがしゃ!!
雷牙
「ゲボハァッ!!」ばたん
彩乃
「……ぷくくっ」
3
彩乃
「……」じー
花澄
(どうしようついてきてる……
この子の家、あたしんちと反対方向なのに……
まさかアパートまで上がり込む気?
雷牙もいないのに、どう扱えばいいんだろう)
彩乃
「……花澄っておっぱい何カップ?」
花澄
「いきなり何を」
彩乃
「雷牙って巨乳が好きなんだよね」
花澄
「まあ……そうらしいけど」
彩乃
「……」
花澄
(……どう扱えばいいの)
4
彩乃
「……」ごろごろ
花澄
(結局ウチまで上げちゃった……
入れなければいいのに、なんか言い出しづらくって入れちゃった……)
理依渡
「……」じー
彩乃
「……」こそこそ
花澄
(理依渡に対してはよそよそしいなあ……
まあいろいろあったし、そういえばこの子の家にいたころは理依渡なんて名前でもなかったのよね……
ってそんな居づらそうな態度とるんなら、なんで来たのよ!?
う〜〜ん間がもたない……なんか話題……話題……)
花澄
「……えーと彩乃ちゃん、麦茶とか飲む?
お菓子もポテチくらいならあるけど」
彩乃
「……麦茶だけもらう」
花澄
「はいはい、麦茶ね……(ガタゴト)……はい」
彩乃
「……」ちびちび
花澄
(お礼も言わず受け取って体育座りでうつむき加減にちびちびと麦茶を飲んでいる……
なんなの!? 何がしたいの!?
ずっと沈黙してちゃ何考えてるかちっとも分かんないじゃない!!
あーもー雷牙、なんで一人で帰っちゃうかなー!?
誰か……! 雷牙じゃなくてもいいから誰か……!
このとどこおった空気を変える救世主、誰か来て――!!)
ガチャリコ
銀河
「いよーう花澄ー! 酒持ってきたから一緒に飲もっぜー!」
花澄
「最悪な人来たーーーー!!」
彩乃
「!???」
5
銀河
「おいおいおーい花澄ー開口一番『最悪な人』たあーどういうこったぁー?
このあたしにそんな口聞いちゃって、いーいのーかなー?」ぐりぐり
花澄
「あのごめんなさい銀河さん本当申し訳ああっ頭をぐりぐりしないで酒ビンでぐりぐりしないで痛い痛い痛い痛い」
彩乃
「か……花澄……この人誰?」
花澄
「雷牙のお姉さんの銀河さん……
ものすごい大酒飲みで、ときどきウチに飲みに来るの……」
銀河
「旦那は下戸だし、雷牙もあたしとつきあえるくらい飲めはしねっからさー。
花澄くらいなんだよー最後まであたしと同じペースで飲めんのはさー」
花澄
「さんざん飲んで騒いであたしの予定を引っかき回したあげく片づけもせずに帰ってくれますけどね……
というか、あたしまだ未せ」
銀河
「で、このおじょーちゃんこそ誰?
花澄の妹?」
花澄
「彩乃ちゃんですよ、雷牙がカテキョーやってる」
銀河
「あーあーその子かー!
へーあんたが彩乃ちゃんね、へー」
彩乃
「ど、どうも」ぺこり
銀河
「いよっし、そんじゃー三人で飲むかー!!」
花澄
「この子こそ未成年ですって!!」
6
彩乃
「……なんだか、とんでもないことに」
銀河
「あっはっは花澄ー、どんどん飲みなよほらほらー。
しかしまー、花澄もええチチしとるのおー」もみもみ
花澄
「やっちょっと銀河さん、おっぱいもまないでくださいよっ、ああんっ」
彩乃
「……」ドキドキ
花澄
「ほらあっ銀河さん、彩乃ちゃんも見てるからっああっ」
銀河
「ふっふっふっふそれは彩乃ちゃんがいなかったらどんどんもんでほしいと言ってるのかなーんんー?」もみもみ
彩乃
「……」ドキドキ
(銀河さんもきれいな人だなあ……
八重歯が雷牙そっくりで、すごいくせっ毛なのにいい感じに伸ばしてて……
……それにこの人も、巨乳だ)
銀河
「しかしまーあれだな、相手が花澄だけで飲んでてもあんまり楽しくねーな」
花澄
「これだけやりたい放題もてあそんどいてよく言いますね……」
銀河
「そういうわけで、雷牙とジョナサンも呼んだぜー!」
花澄
「ええ!?」
ガチャリコ
雷牙
「いやっほーん理依渡ー、元気してるー?」
ジョナサン
「邪魔するぞー」
銀河
「来たなー二人ともー、さあ上がれー飲め飲めー!」
花澄
「ちょっと、あんたら勝手に人んチでー!!」
彩乃
「……うおう」
7
雷牙
「あははー理依渡ー理依渡ー♪」
理依渡
「にゃー」
銀河
「ジョナサン酒はどんくらい飲めんの?」
ジョナサン
「雷牙と同程度です」
銀河
「ふーん、じゃああたしのお供をするには物足りねーかなー」
花澄
「一般人から見たら雷牙と同程度で十二分に飲める部類ですよ。
というか、雷牙もジョナサンも未せ」
銀河
「っしゃー今日はぶっ倒れるまで飲むぞー!!」
雷牙&ジョナサン
「「おー!!」」
花澄
「ちょっ、倒れるのは勝手ですけど隣に響くから騒がないでくださいよ!?」
ギャーギャー
彩乃
「……」
ジョナサン
「おまえにはジュース買ってきたぞ、ほら」
彩乃
「え? あ、どうも」
ジョナサン
「……一応、仲良くやってるみたいだな。
最初に雷牙がおまえの家庭教師をするって聞いたときは、どうなるかと思ったが」
彩乃
「……別に」
ジョナサン
「大事にしろよ、今の仲。
本当なら友達どころか、最悪の関係になってたっておかしくないことをしたんだからな」
彩乃
「……」
ジョナサン
「……ま、それでも友達になっちまうのが、こいつらのいいところなんだろうがな」
銀河
「おーいジョナサン、おまえもなんか一発芸やれよー!」
ジョナサン
「はいはい」
彩乃
「……」
ギャーギャー
雷牙
「一発芸、マ○リックスよけー!!
うわミスったー!!」どたーん!!
ジョナサン
「ブレイクダンス、倍速回転!!
くっ部屋が狭すぎる!!」ぐるんぐるんどたーん!!
銀河
「食らえ必殺、パイルドライバー!!」ずどーん!!
雷牙
「ぐふぁおっ!!」ぐぎっ
銀河
「からの!! ジャックナイフ式エビ固め!!」ぐぎぎぎぎ!!
雷牙
「いぎゃぎゃぎゃギブギブギブー!!」ぐぎぎぎぎ
花澄
「あんたら……ちょっとは静かにしろー!!」
彩乃
「……くすっ」
8
雷牙
「へにゃららもへもへたりらりら〜♪」へろへろ
ジョナサン
「すいません銀河さん、もう無理です。
完全に回りきって頭が痛くなりました」
銀河
「やーれやれ二人とも脱落かー。
まっ、充分飲んで楽しめたし、今日はこのくらいでお開きにすっか」
花澄
「雷牙がこんなバカになるまで……まあ初めからバカだけどさ……
ってうわ、もうこんな時間! 外真っ暗じゃない!」
彩乃
「……あれだけ飲んだのに、銀河さんも花澄も顔色が全然変わらない」
銀河
「んじゃ、あたしは雷牙とジョナサンを連れて帰るからさ。
花澄は彩乃ちゃんを送ってやりなよ」
花澄
「そうですね、この時間に小学生一人放っぽり出すわけにはいきませんし。
それじゃ彩乃ちゃん、帰ろうか」
彩乃
「あ……うん……」
銀河
「っしゃー、雷牙ジョナサン起きろー、行くぞー。
帰りにコンビニ寄って、ビールをしこたま買い込むぜー!」
花澄
「まだ飲むんですか!!」
9
彩乃
(……こんな時間に出歩くの、そういえば初めてかも)すたすた
花澄
「はーあー、気が重い」すたすた
彩乃
「……」
花澄
「よくよく考えたら、あたしあんたんとこの親御さんと面識ないのよね……
すごい厳しいご家庭なんでしょ? そんなのに遅くまで連れ出してごめんなさいって頭下げなきゃならないなんて……
はあああ、気が滅入るわあ」
彩乃
「……ごめん」
花澄
「……」じー
彩乃
「何?」
花澄
「いや、彩乃ちゃんもそんな素直に謝れるんだなあって思って」
彩乃
「別に……そこまで子供じゃないよ」ぷいっ
花澄
「あ、すねた、かわいー」
彩乃
「すねてなんかないっ!」
花澄
「くすくす」
彩乃
「……」
花澄
「……今日は楽しかった?」
彩乃
「……うん」
花澄
「中学受験の気分転換になった?」
彩乃
「……うん」
花澄
「そう、それはよかった。
でも親への反抗期に利用されるのは勘弁して欲しいな」
彩乃
「……バレてたんだ」
花澄
「時計をチラチラ気にしてたもんね。
あたしのウチに居座って、連絡もせずに遅くまで帰らずにいて親を心配させてやろうって魂胆だったんでしょ」
彩乃
「……ごめん」
花澄
「いいよいいよ、謝らなくったって。
それよりまずは、親にしかられたときどう謝るか考えなきゃね。
まーいざってときはあたしが頭下げてドロかぶってあげるから、心配しなくていいからね」
彩乃
「……なんで」じわ……
10
花澄
「彩乃ちゃん?」
彩乃
「あたし、花澄に迷惑かけてばっかりなのに……
なんで、花澄……あたしにそんな、優しくしてくれるの……?」ぽろ…ぽろ…
花澄
「……まあ、友達だからね」にこっ
彩乃
「!?」ぎゅっ
花澄
「大事な友達だから、むやみな扱いはできないよ。
親に迷惑をかけるのを肯定したりはしないけど、反抗期は誰にでもあることだもん。
彩乃ちゃんが苦しんでるときは、あたしはいつでも支えになるよ」なでなで
彩乃
「……それが……なんで、そんな風になれるの?
あたし、花澄を傷つけたし、雷牙を傷つけたし、理依渡を傷つけたし……
それに……あたし……」
花澄
「あたしから、雷牙を奪おうと考えた?」
彩乃
「……」
花澄
「態度を見てたらね、なんとなく分かるよ。
でもね、あたしから言わせてもらえば、彩乃ちゃんのは恋じゃないな。
ただ身近に心を開けそうな人ができて、でもその人は自分以外にも同じように親しくしてるから、
強引に独り占めにしたいって思ってるだけ。
……きつい言い方をするけど、理依渡にしたことと同じだよ」
彩乃
「……」
花澄
「……だからね。
もし孤立感を感じるなら、彩乃ちゃんから心を開かなきゃダメだよ。
彩乃ちゃんが心を開いて、言葉を発して接してくれれば、あたしももっと心を開けるし、
親に対しても思いはきちんと言葉で伝えなきゃ。
何も言わずにいたずらに迷惑だけかけて、それで相手に察して欲しいなんて思ってたら、
それはちっちゃい子供とおんなじだよ。
ちょっとずつでいいから、親にまっすぐに自分の気持ちを伝えてみよう」
彩乃
「……」
花澄
「……それで、もし、疲れてつらくなっちゃったら。
そのときはあたしたちが、心の支えになってあげる。
あたしの大切な家族である理依渡が大切に思ってる彩乃ちゃんだもん、当然のことだよ。
変な言い方だけどさ、あたしたちは家族なんだよ。
理依渡を中心としたもうひとつの家族。
だから、あたしを信じて、思いっきり頼ってくれていいからね」
彩乃
「……あたし、まだ花澄に心を開いてないのに」
花澄
「あたしが開いてる」
彩乃
「……」
彩乃
「……うん。ありがとう」ぎゅっ……
11
花澄
「……くすっ」
彩乃
「……ぷっ」
花澄
「……さ、歩こうか」
彩乃
「うん」
てくてく……
彩乃
「……今なら、言える気がする」ぽつり
花澄
「何を?」
彩乃
「理依渡の、前の名前」
花澄
「! ……」
彩乃
「……『プライム』っていうんだ。
あたしがつけた、あの子の前の名前」
花澄
「……へえ、プライム。
『第一級』、『最上』って意味ね。いい名前じゃん」
彩乃
「……意外」
花澄
「何が?」
彩乃
「花澄って、英語ニガテって言ってたのに。
プライムなんて単語、よく知ってたなあって」
花澄
「あ〜何よ〜、バカにして〜!
あたしとて大学生なんだから、プライムくらい知ってますよ〜だ!」ぐりぐり
彩乃
「きゃ〜はははっ、酔っ払いがいじめる〜!」
花澄
「あはははは」
彩乃
「はははは」
*
プライム符号(′)
数字につけて、分やフィートなどの単位記号。
文字につけて、
数学では、類似したもの。
物理では、事象の後の変数。
科学では、複数の官能基の区別。
共通する意味は――「もうひとつのもの」。
<Little heart>
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