目次
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第3ステージ 古代遺跡
▲ 1 ▼
「敵襲――――――ッ!!」
スネオの叫びが響いた時には、すでに周囲に黒い煙が立ち込めていた。
地響きが鳴り続ける。悲鳴は止まらない。
「馬鹿野郎!! 厳重に監視しておけとあれほど言っておいたはずだ!!」
「申し訳ありません、拘束式抑制装置、電波式抑制装置、魔力抑制装置、
どれもあの化け物の力の前では無力でした……」
中央要塞では悲痛な会話が行き交う。
そして表では、砲撃の音が絶え間なく轟いている。
それも自軍のものではなく、化け物の砲撃のみであった。
「くそっ……我が白蛇軍もここまでか……」
「諦めるのはまだ早いよ、隊長さん」
肩を落としかけたゴーン隊長に、何物かが声をかけた。
ゴーンは振り返ってその姿を確認した。
それは間違いなく、敵であるはずの魔王討伐隊の戦士だった。
「僕たちがあれを止める。放ってはおけない」
「しかし、私たちはおまえの敵のはず……」
ゴーンが言いかけると、ブロントは言うなというように人差し指を立てた。
「僕はただ、この貴重な古代遺跡がこれ以上破壊されるのを防ぎたい。
それ以上に、もともと仲間である彼女を助けたい。それだけだ」
そう言ってブロントは、要塞の出口へと歩んでいった。
その背中にゴーンは、厳しい口調で問いかけた。
「あれはもはや兵器と化した。おまえに止められるか?」
ブロントが立ち止まり、一瞬沈黙が流れた。
間を置いて振り返ったブロントの顔には、儚げで、それでいて凛とした笑顔があった。
「止めてみせるよ。命に代えても。
彼女は、僕の大切な仲間だ。
絶対止めてみせる。
待ってろよ、―― テ ィ ン ク 」
(ブロント君がかっこよすぎて鼻血が鼻血がああぁぁぁぁ……)
▲ 2 ▼
真っ黒の空、焼けた大地。
荘厳な古代遺跡は今や見る影もなくなっていた。
ブロントは立ち込める黒煙に向かって大声で叫んだ。
「倒しに来たぞ! ティ―――――――――――ンク!!」
ブロントの声が響き渡った。
それに呼応するように、天空を裂いてひとつの物体が降ってきた。
「早速メテオか、って」
「あああああああああああああああああああああ」
「なんでテミが?」
ひとつの物体、もといテミは轟音と共に地面に突き刺さった。
と思った途端すぐに立ち上がってブロントに飛びかかった。
「ひどいよひどいよブロント君、私を置いていくなんて!」
「分かった分かった謝るからその大量出血をなんとかして、怖いから」
「まさかブロント君、私の居ない間にティンクちゃんと浮気しようとしてたとか!?」
「そんなことないから血を吐きながら喋らないで」
「そうだね血を拭かないと。ふきふき」
「ってティンクで拭くなっていうかなんでティンク持ってんの」
「落ちてくるときに拾った」
「それは拾ったと言うのかな……」
「あのー、会話に混ぜてもらっていーっすかあ?」
血まみれのティンクが口を開いた。もちろんこの血はテミのものである。
「テミ姉テミ姉ひどいっすよー、あたちをハンカチ代わりにするなんて。
ブロ兄もかよわいあたちを倒すなんてひどいこと言わないで欲しいっすー」
「メテオ乱射しておいてよくかよわいなんて言えるね」
「ちょうちょを捕ろうとしたんだけどうまくいかなかったっすー」
「何かが決定的に間違ってると思うよ」
「こないだはこれでうまく取れたんすけどねー……って、うわっ!」
話の腰を折って、ブロントはティンクをつまみ上げた。
「とにかくさっさとおうちに帰ろうね」
「えっ……イヤっす!」
ブロントの手を振り解いて、ティンクは空中に羽ばたいた。
「帰りたくないっす! あたちは何も悪いことしてないのに、
みんなはあたちを危険人物みたいに思って監禁するっす!」
「危険人物なんだよ」
未だもうもうと上がる黒煙を背にブロントは言った。
「あたちは妖精だから危険妖精物っす!」
「そこなんだ嫌なのは」
「あたちの自由を奪うなら、ブロ兄だって容赦しないっす!」
そう言ってティンクは臨戦態勢になった。
漆黒の空に高く舞い上がり、手には巨大なメテオを抱えた。
▲ 3 ▼
「覚悟するっす、食らえーメテオ――――!!」
ティンクが腕を一振りした途端、すさまじい轟音が辺りに響いた。
巨大な暗黒の塊が渦を巻いて、見る見るうちにブロントたちへ迫っていた。
「まずい、よけるぞテミってなんでご飯食べてんの」
ブロントが振り返った先にはビニールシートに腰を下ろしてご飯を食べるテミがいた。
「いや、メテオでちょうどいい具合に焼けたキラースネークがあったから」
「さっきから喋らないと思ったら……ってのん気にご飯食べてる場合じゃないし」
巨大なメテオは風を巻き上げ二人を目がけて猛然と飛来していた。
食らえばいかなブロントといえどひとたまりもないだろう。
(僕自身はよけられても、テミは避けきれない。仕方ないね)
ブロントはメテオとテミの間で仁王立ちになった。
激しい轟音を響かせて、メテオは地上に降り立った。
鼓膜が破れる程の爆音、巻き上がる粉塵。メテオの黒、火花の赤、最後に、砂ぼこりの白。
声は全く聞こえない。
「どうだっす! ブロ兄でもさすがにくたばったっすか!?」
辺りは粉塵で真っ白だ。姿を確認できるまでしばらく待たなくてはならない。
あるいは視界が開けてもその姿は確認できないかもしれない。
フルパワーのメテオを食らって、粉々になっているかもしれないから。
自然と、ティンクの胸は高鳴った。
(あたちは……あたちが……ブロ兄を……あのブロ兄を倒したかもしれない!)
巻き上げられた粉塵はなかなか落ちない。
だんだん、ティンクはじれったくなった。
(見えるようになるまで待てないっす! 見に行くっす!)
ティンクは急降下して、真っ白い粉塵の中へ飛び込んだ。
視界は悪く、数歩先とてよく見えない。
(どこっすか……やっぱ粉々に、ひゃっ!)
突然、ティンクの肩を鋭い切っ先がかすめた。
それも闇雲に突かれた様子ではなく、間違いなくティンクを捉えていた。
「惜しい、やっぱりこの視界で五メートル先の相手に投槍は当たらないね」
急に強い風が吹いた。視界が開けた。
ティンクの前方五メートルに、ブロントとテミはいた。それも無傷で。
「次は、外さないよ」
▲ 4 ▼
(あり得ないっす! あの視界の悪さでここまで正確に投槍を投げられるなんて!)
念のため言っておくが、先に述べた「数歩先もよく見えない」という表現はティンクを基準にしたものであって、
常人ならばそれこそ隣の人の顔も見えないほどだったのだ。
その中で直撃はせずともここまで正確に槍を投げられるものだろうか。
「恐るべし、ブロ兄……」
自分はとんでもない人間を相手にしているのだと感じて、ティンクの背中に嫌な汗が流れた。
「ところでブロント君、メテオは大丈夫だったの?」
思い出したように、ブロントの後ろにいたテミが尋ねた。
「ああ、完全に防いだよ。『ジルバリアー』で」
「ぎゃーっ! ジル兄がとんでもないことにーっ!!」
ブロントの左手には、変わり果てたジルバとおぼしき物体がだらりとぶら下がっていた。
「アーメン」
「まだ死んでねえよ」
その台詞が言い終わる前にジルバはごみくずのように投げ捨てられた。
そしてブロントは次の瞬間、剣を抜いてティンクに向かって突進していた。
「くっ……!」
その刃が身に届く寸前に、ティンクは空中高く舞い上がった。
空中からブロントたちを見下ろす。高度は充分。
「この高さなら攻撃手段は投槍の一手しかないっす。
もちろんあの狙いの鋭さは恐るべきものっすが、
読んでさえいればメテオで打ち落とすことだって可能っす。
大丈夫っす、ここにいれば攻撃は当たらないっす」
「それはどうかな?」
「なんで背後にいるんすかー!?」
十メートル以上の高度にいたティンクの後ろに突然ブロントが現れた。
「これだよこれ、便利アイテム『上げ底スーパーインフィニティZERO‐1』!」
ブロントの指差した足元には、曲芸団の竹馬のような黒い棒がくっついていた。
「誰にも気付かれず身長を伸ばしたいあなたに最適!
上げ底はだるま落としのようにいくつも重ねて調節して使うことが可能!
軽い素材で出来ていてたくさんつなげても邪魔にならない!
今ならお値打ち価格298,000yenで御座います!」
「なんか通販みたいになってるっす!
しかも全然気付かれるし地味に高いっす!」
「そう言うティンク、よだれが垂れてるよ」
「うう、うるさいっす……」
テンミリオンのチビキャラナンバーワンのティンク、今日もまた、身長に悩む。
▲ 5 ▼
「それじゃティンク、この上げ底と交換でおとなしく捕まりなさい」
「嫌っす! そう言いながら素で悩む自分が嫌っす!」
「なんなら二倍の二十メートルタイプにしてあげようか?」
「もはや規格外の高さなのに一瞬心を揺さぶられた自分に自己嫌悪っす!」
「よし、それならとどめの三十メー……って、うわわっ!」
突然、ブロントの体が揺れだした。
「ブロント君! 二人っきりで何話してるの!?
まさか口説いてたりなんかしないでしょうねー!?」
テミが上げ底にしがみついて、ゆさゆさと揺すっていた。
「わわっ、そんなことしたら危ない……うわあーっ!!」
ブロントはバランスを崩して転んだ。
十メートルの上げ底が、まっすぐに倒れていった。
ブロントは頭を打って、額をすりむいた。
「いたたた……ダメージ係はテミのはずなのに……」
「大丈夫、倒れた上げ底にプレスされて私はすでに天国へ逝く寸前だから」
上げ底に思い切りつぶされたテミの体は、ホラー映画並みの血みどろ状態となっていた。
正直、見せられるものではない。
「ふふふ、何言ってんだよテミ?」
ブロントはテミの横に座って、優しくその手を握りしめた。
「君という天使がいるこの場所が、天国でなくて一体どこだって言うんだい?」
「ブロント君っvvv」
恋する二人の周りに本物の天国のようなエンジェルビジョンが広がった。
その優しい光は癒しの力を与え、二人の傷は瞬く間に消えていった。
「またわけの分からない力っす……げほっ」
「あ、巻き添え食らって一緒に落ちてきたみたいだね」
ブロントたちから少し離れたところに、やはり傷だらけのティンクが倒れていた。
「なんか納得いかないっすけど……もう動けないっす。
あたちの負けっす。ブロ兄の好きなようにすればいいっす」
「じゃ防腐剤に漬け込んで標本に」
「虫扱いしないで欲しいっす」
とにもかくにも、ティンクを捕まえようとブロントは歩み寄った。
そしてティンクを抱えたその時、声を掛けられた。
「よくやったブロント、それをこっちに渡せ」
「……白蛇でもないのに白蛇軍のリーダー、あんたか」
▲ 6 ▼
ブロントの視線の先に、白蛇でもないのに白蛇群のリーダーのゴーンがいた。
その背後に二体のガーゴイル、そしてキラースネーク。
いつの間にか、三人はぐるりと白蛇軍に囲まれていた。
「……ティンクを捕まえて、それでどうする気だい?」
鋭い視線と共に、しかし声は穏やかにブロントは尋ねた。
ゴーンの返答には、低く刺々しい響きがあった。
「知れたこと。もう一度、それを拘束器にかけるだけだ。
心配するな、殺しはしねえよ。二度と目は覚まさないだろうがな」
「そんなっ!」
テミが叫んだ。ゴーンはそれにかまわず続ける。
「全身拘束、加えて洗脳、改造。それは強力な破壊兵器になる。
なーに、どうってことはない。それは元々、
誰からも忌み嫌われて来た『バケモノ』だろう?」
「! ……っ」
ティンクの体がびくりと震えた。
ブロントはそれを腕の中で感じながら、視線は相変わらずゴーンへ鋭い。
「おまえだってそう思うだろう? そんなバケモノはいない方がいい!
生きてたってみんな迷惑するだけだ! 誰も彼もそう思う!
いっそ死んじまえって、みんなそう思う……」
「何言ってんだよテメコラァ!!」
不意にテミが怒声を上げた。
悲しいとか辛いとかそういったことから来る声ではなく、完全に怒りによる声。
それは、ブロントですら未だかつて聞いたことのない声であった。
ゴーンもブロントも他の白蛇軍も、皆一瞬ヒいた。もとい、たじろいだ。
「ティンクちゃんだってね、そりゃ誰かに迷惑かけることもあるけど、
それでも生きてるんだから!
そりゃメテオを連発して誰かを傷つけることもあるかもしれないし、
建物に穴を開けることもあるかもしれないし、
下手すりゃビル群をせん滅するかもしれないし、
私の服や髪を焦がしたかもしれないしタンコブ作られたこともあったかもしれないし
ケーキを吹っ飛ばされたこともアフロにされたことも練習の的にされたことも
冷蔵庫に閉じ込められたことも地面に埋められたことも屋上から落とされたことも」
「テミ、君はどっちの味方だ」
だんだん暴走してきたテミの口をとりあえずたまたま落ちていたジルバでふさいで、
ブロントはゴーンに向き直って言った。
「あんたの意見はよーく分かった。
僕はあんたにティンクを引き渡すつもりは毛頭ない」
にやりと笑ってゴーンは言った。
白蛇軍の面々は臨戦態勢になっていた。
「他に言い残すことは?」
ブロントは凍てつくように冷たく鋭く言い放った。
「これ以上、僕を怒らせるな」
▲ 7 ▼
それを聞いて、ゴーンは高らかに笑い声を上げた。
「これ以上怒らせるな? 言うまでもない。
怒る間もなくあの世に送ってやるぜ!!」
ゴーンの腕が大きく振られた。それが合図だ。
ブロントたちを取り囲んでいたキラースネークたちが、一斉に襲い掛かってきた。
八方から襲い掛かる、鋭い牙。
の、はずだった。
テミが気付いた時には、八方から来ていたはずのキラースネークが、
今度は八方に散っていた。
「この程度で、僕をあの世に送るつもりだったの?」
テミの耳に入ったブロントの声と、目に入った鋭い切っ先が重なった。
いつ抜いたかも分からないブロントの剣の鋭さと、先のブロントの声色とが、
同じ質であるように感じられた。
そして、仁王立ちのままゴーンに送られるその凍てつくような視線も。
(でも一番鋭い攻撃は、私に向けられる愛の言葉なのよっvvv)
ブロントは流れるような動作で手首を返し、突きの姿勢になった。
そう思った瞬間には、もう走り出していた。
「くそっ……!」
焦っていないと言えば嘘になる。むしろ怯えに似た感覚があった。
噂には聞いていたものの、ゴーンはブロントの実力を目の当たりにして驚愕していた。
一閃で三十以上のキラースネークをまとめて切り落とす。
それだけの芸当が出来る者は、ゴーンの知る限りブロント以外に一人しかいなかった。
繰り出された素早い突きを間一髪でかわし、ゴーンは左手で合図を送った。
二体のガーゴイルが躍り出て、ブロントの後ろに回り込んだ。
その口から吐き出された炎をブロントは軽く避け、ガーゴイルの一体に斬りかかった。
斬られたガーゴイルはカラスのようなうめき声を上げて、崩れるように後ろへ下がった。
「そこだ!!」
放たれた剣の反対側、無防備となった左肩にゴーンの斧が振り下ろされる。
「甘い! ジルバリアー!!」
「ごふっ」
瞬間、ブロントは左手を防具に持ち替えて斧を受け止めた。
防具から「ごふっ」という声が聞こえたような気がしたが、気にすることでもない。
「……随分と、いい腕を持ってるじゃあねえか……」
斧と防具が噛み合って硬直した状態で、ゴーンはブロントに言った。
「仲間を守るためなら、いくらでも強くなれるさ」
その返答は相変わらず冷たい。
「その仲間をついさっき投げ捨てましたけど」
「あ」
「きゃーっティンクちゃんが――っ!!」
どのタイミングで投げ捨てたかといえば、左手を防具に持ち替えたその時である。
結果としてティンクは地面に叩きつけられ、非常にグロテスクな姿となっていた。
「待っててね、今『元気もりもり特製スライムキラスネミックスジュース』を調合するから!」
「回復の杖を使って欲しいっす」
▲ 8 ▼
テミがティンクを回復させている間も、戦いは続いている。
斧をジルバリアーもろとも繰り払うと、ブロントは素早い連続斬りを繰り出した。
ゴーンがそれを後方に避けた次の瞬間には、もう投槍が迫っていた。
それをかわして振り下ろされたゴーンの斧は、すでにブロントを見失っている。
ほぼ反射的に切り返したその斧は、ブロントの攻撃をギリギリで防いだ。
「くそっ、息つく暇すらねえな……」
「じゃ、休戦しよう☆」
「え、いいの?」
突然だったのでゴーンは戸惑って硬直した。
当のブロントはもう剣をしまってさっさとその場に腰を下ろしていた。
「ほら、ゴーン君も座ってお茶を飲みなよ」
「いや軽いな」
すでにブロントは渋い緑茶をすすりだしていた。
「これ以上怒らすな」の冷たいブロントは微塵も感じられない。
(うーん、なんか知らんがチャンスだチャンス、ガーレフト行け!)
気付かれないよう合図を送る。
それを受けてガーレフトはブロントの背後に回る。
ブロントは気付かない。
そして、その無防備な背中に火炎を吐こうとしたその時。
「ブロント君ーっ、クッキー焼いたよーvvv」
超速力で走ってきたテミにはねられた。
「ああああガーレフトーっ!!」
「ゴーンさまぁーっ、先立つ不幸をお許しくださいいぃぃぃぃ……」
はねられたガーレフトは空高く舞い上がり、そして星となった。
「ガーレフト――――――っ!!
漢字が違うぞ――――――っ!!
『不幸』じゃなくて『不孝』だ――――――っ!!
そしてそれは普通親に対して言う言葉だ――――――っ!!」
「なるほど、みにくいガーゴイルの子はオーガーだったと」
「ちげーよ!! どう転んでもガーゴイルよりオーガーの方がみにくいだろ!!
って自分で自分の墓穴掘っちまったー!!」
「このクッキーおいしいよテミ」
「って聞いてねーし!!」
「隠し味にティンクの生き血を入れたからね」
「グロっ!!」
「いや、本当の隠し味はそれじゃない」
ブロントはテミを抱き寄せて、甘い声でささやいた。
「最高の隠し味は、君の愛情だろう?」
「ブロント君っvvv」
「結局それか――――い!!」
ゴーンの叫びもむなしく、桃色世界は広がった。
二人だけのアナザーワールドはその拡大にとどまるところを知らない。
二人の愛を閉じ込めて、どんどんどんどん膨らんでいく。
「充分に膨らんだら型に入れてオーブンで焼きましょう」
「それじゃパンだろ。ていうか出れ」
「しょうがないな、この世界消すよ」
二人を包んでいた世界がシャボン玉のようにはじけて消えた。
その途端、すさまじい熱気がものすごい勢いで広がった。
「があああっあちいっ! なんじゃこりゃあ!?」
「僕らの愛の熱だよ。密閉されてたさっきの状態に比べたらこのくらい序の口だよ」
序の口、とブロントは言うが、その熱風はサウナの温度をも遥かに超えている。
熱い熱くないのレベルでなくもはや生命に危険をきたす状況だ。
「ガーライト、俺を安全なところまで運ぶんだ!」
「焼き鳥一丁あがりー♪」
「ぎゃあああガーライトー!!」
ゴーンの振り返った先にははしゃぐテミのそばで黒焦げになっているガーレフトがあった。
テミの右手にはハシ、左手にはタレ。まさか食う気か。
「くそっ、こうなったら俺だけでも……」
「させないよ」
ゴーンの体が揺らいだ。
ゴーンは逃げようとして、背中に一撃をもらった。
背中から腹にかけて突き通された異物感。痛みはもはや通り過ぎていた。
「オーガーの串焼き、一丁あがり」
そう言ったブロントの声が、やけにはっきりと聞こえた。
「……負けたんだな、俺……」
口から血塊を吐き出しながら、せめて口元だけは笑ってみせた。
「最後に何か言い残すことがあれば、聞いてあげるよ」
ブロントのその言葉に温かみは感じられなくとも、あの鋭さも見当たらない。
薄れゆく意識の中、ゴーンは最後の言葉を振り絞った。
「俺を……っ、食う時は……、……マヨネーズはつけないでくれ……
……卵アレルギー、なんだよ……」
そのまま、ゴーンはうつぶせに倒れた。
ブロントはマントを脱いで、動かなくなったゴーンにかぶせた。
それから一度天を仰いで、祈りを捧げるように言った。
「君の最後の願い、確かに聞き入れた。
君を食べる時は、タルタルソースをつけるよ」
ブロントの言葉に、風が答えた。
▲ 9 ▼
「さて、こっちは片付いたけど、そっちはどう?」
ブロントは振り返って、元のさわやかな笑顔で言った。
そしてそれに同じくさわやかな笑顔に大量のタレがついたテミが返事をした。
「こっちは完食!!」
「いや、ガーライトじゃなくてティンクがどうかってことなんだけど」
「さすがにお腹いっぱいで食べられないよー」
「お腹が減ってたら食べるんすか」
テミの脇から青い液体まみれのティンクが顔を出した。
「特製スライムキラスネミックスジュースに漬け込んで回復させようとしたんだけど」
「危うく溺れ死ぬとこだったっす」
それでも様子を見る限り、傷はほぼ完治しているようだった。
ひとまず安心したブロントは、ティンクに問いかけた。
「それで、これからどうするつもりだい?
もう君を縛るものは、何もなくなったわけだけど」
ティンクはうつむいて、戸惑いがちに言った。
「あたちは……まだ、分からないっす。
自由になっても、また誰かを傷つけたりしたら同じことっす」
「そうか。……よし、じゃあこれを使おう」
ブロントはティンクに歩み寄って、彼女の腕からメテオの書を取り上げた。
そして懐からガムテープのようなものを取り出して、それで書に封をした。
テープには、複雑な模様が描かれていた。
「当分はメテオを使うことは禁止だ。
本当に使わなきゃいけないと思った時以外、絶対にテープをはがさないこと。
もし、そうでない時にテープをはがしたら」
思わせぶりに言葉を止めて、ティンクをにらみつけた。
ティンクはごくりとつばを飲んで、恐る恐る尋ねた。
「はがしたら?」
ブロントは表情を変えずにそろりと言った。
「身長が半分になる」
「守るっす守るっす守るっす絶対守るっす〜〜〜〜!!」
ティンクは秒速二十回のスピードで土下座して連呼した。
ブロントはにっこりと笑って言った。
「それじゃあ僕たちはもう行くよ。頑張ってね」
手を振って歩き出すブロントを追おうとして、その途中でテミはティンクにささやいた。
「頑張ってね。私も、ブロント君のおかげで変われたんだから」
言い終わるとテミは、ブロントを追いかけて軽やかなステップで走っていった。
ティンクはメテオの書を抱いて、二人の背中をぼんやりと眺めていた。
空に立ち込めていた暗雲が途切れて、光の筋が射し込んだ。
ティンクにも、ブロントたちの行く先にも。
それはまるで、彼らへの道しるべのように。
大丈夫、あなたたちの道のりに、間違いなどないと。
(ところであんな封印のテープなんて持ってたっけ?)
(パーティーグッズショップで200yenで買ったものだよ)
(……ニセモノなんだね)
それぞれの思いを抱いて、旅はまだ続く。
〜古代遺跡Clear!〜
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第4ステージ 山あいの村
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