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第9ステージ 雪原

    

吹雪が、空に視界にすさんだ。
足元は白、仰ぐにつれて鉛色。
ブロントは髪とマントをたなびかせてこの雪原のど真ん中に立っていた。
その横で、テミが半分凍結して突っ立っていた。
ブロントが口を開いた。
blont「テミ、そして読者の皆さん。
  もうとっくに気づいているころと思うけど」

テミはうなずいた。
それから二人は互いを見やって、雲に向かって大声で叫んだ。
blonttemi「「キャラ足りねえ――――!!」」

この小説は、各ステージに一人ずつ仲間キャラを配置してきた。
草原にジルバ、蜂の巣にブルース、古代遺跡にティンク、山あいの村にリン。
コロシアムにクロウ、峡谷にマゼンダ、ラピス火山にミドリ、ジャングルにルファ。
そして主人公であるブロントとテミを加えて、テンミリメンバー完全制覇である。
だが、まだステージは魔王の城以外にこの雪原が残っている。
ゆえに、この小説は破綻する。

〜『うぃずらばー 愛と笑いと冒険と』完結!
  今まで応援ありがとうございました!
   キッカーの次回策にご期待ください!〜

temi「こんな状態で終われるかぁ――――!!」
blont「テミがキレた!?」

テミの体から怒りの炎が湧き上がり、舞い寄せる吹雪を押しのけた。
テミはその場で暴れ回り、その高エネルギーで雪原を荒らし始めた。
blont「まずい、このまま放っとくと美しい雪原がめちゃくちゃにされてしまう!
  仕方ない、暴走を止めるには……」

ブロントはおもむろに自身の首周りの装備に手をかけた。
そしてそれを強く引っ張ると、その下にある素肌をあらわにしてテミの眼前に突き出した。
blont「見るんだテミ!
  これが僕の『鎖骨』だあー!!」

テミの耳が、目が、それに反応した。
飛びついたテミの瞳に、その凹凸が、ラインが、色気が映り込んだ。
temi「ブロント君の鎖骨っ……!
  さささささ鎖骨、萌え〜〜vvv」

テミの鼻から真っ赤な液体が放出された。
それは吹雪と混ざり、積雪に降りかかり、あたり一面を氷イチゴに変えた。
テミはそれでエネルギーを使い果たして、雪の上に倒れ込んだ。

ブロントはテミを無視して、吹雪の中の一点を見つめた。
ブロントは感じていた。
見すえるその先から、何者かのただならぬ殺気が流れていた。

鋭い斬撃が、殺気の方向から襲いかかった。
ブロントはとっさに剣を抜いて、それを受け流した。
金属のこすれる音が響いて、火花が散った。
攻撃の主は素早くブロントの背後へ回り込み、矢のように右手の装着爪を突き出した。
ブロントは剣でそれを受け止めた。
衝突音が、電撃のように吹雪に冴え渡った。
ブロントはにやりと笑って、剣越しに相手に尋ねた。
blont「名前は?」

剣の向こうから、突き通すような眼光と共に返事が来た。
kobold「銀狼」


    

つばぜり合いを打ち払って、両者は互いに距離をとった。
吹雪がその間に割り込んで、姿がぼやけた。
ブロントは声を張り上げた。
blont「銀狼! おまえも僕たちを止めようとする魔王の手先か!?」
kobold「否(いな)! ワシは魔王に従ってはおらん!
  ワシの目的は他にある!」

吹雪が、徐々にその強さを増していった。
kobold「ワシの目て(ヒュゴー)は……
  魔王に(ヒュゴー)られたギャ(ヒュゴー)をた(ヒュゴー)ことじゃ(ヒュゴー)
  今、ギャ(ヒュゴー)は魔(ヒュゴー)のあや(ヒュゴー)うにな(ヒュゴー)いて、
  もしブロ(ヒュゴー)王を(ヒュゴー)したら(ヒュゴー)の(ヒュゴー)が……」
blont「吹雪がうるさくて聞こえねぇ――――!!」

ブロントの叫び声が、吹雪を押し返した。
ブロントはそれからずかずかと銀狼に歩み寄った。
blont「この距離なら聞こえるだろう!
  さあ、喋れ!」
kobold「うむ……じゃが……」

ひそひそ話を聞くポーズをしているブロントを前にして、銀狼は言った。
kobold「この距離だと話すフリして普通に不意打ちを仕掛けることができるんじゃないかのう?」

両者はお互いに硬直した。
それからブロントは後方に飛んで距離をとった。
blont「おのれ銀狼! 不意打ちを狙うとは卑怯なヤツめ!
  だが僕はそんな手には引っかからないぞ! さあ続きを話せ!」
kobold「いや、狙っとらんし。
  というかこのままじゃ無限ループじゃぞ」
blont「仕方ない、こういうときはナレーションに任せよう!」

任されたので説明する。
実は銀狼、コロシアムで出会ったギャラックと幼なじみなのであったのだ。
blont「な、なんだって――――!?」
kobold「うむ、驚くところは驚かんと読者への印象が薄まるのう」

ホワイトメテオによって砕かれたかのように見えたギャラックであるが、実はまだ生きていた。
瀕死のギャラックを魔王が回収して、再生魔法を施したのだ。
だが、その魔法の効果は単なる再生能力だけではなかった。
精神の再構築、すなわち洗脳の能力も持っていたのである。
もともとギャラックは、高い戦闘能力を持っていたが忠誠心はないも同然だった。
blont「な、なんだって――――!?」
kobold「いや、そこは驚くところじゃないじゃろ」

そのため死にかけたのを機に、精神だけ崩壊させて再生させたのだった。
現在ギャラックは、魔王の意のままに動く操り人形と化している。
blont「なるほど、それでギャラックを奪い返して『俺がご主人様だわはははー』ってしたいわけだね」
kobold「殺すぞ」


    

銀狼は咳払いをひとつして、それから話を続けた。
kobold「できることならギャラックを元に戻したいが、
  ワシにはギャラックにかけられた魔法を解く力も魔王を倒す力もないし、
  それに魔王が死ぬとギャラックも死ぬ可能性がある。
  そこでだ」

次の瞬間、銀狼の姿はその場所から消えた。
それと同時に、彼の装着爪がブロントの喉元に突きつけられた。
ブロントの視線が銀狼の姿を追った。
銀狼は縮まった姿勢で下から爪を向けていた。
銀狼は冷淡として喋った。
kobold「それならばせめてギャラックを生き長らえさせようと、うぬらを殺すことに決めたんじゃ」
blont「ふーん、なるほどねえ」

ブロントは一度目を閉じてから、また開いて銀狼に青い視線を向けた。
blont「でもさあ」

その途端、銀狼は全身の毛がビリビリと震えるのを感じた。
ブロントが、ぶ厚い威圧と共に笑いながら喋った。
blont「ずいぶんとナメられた話だよね。
  仮にも僕は魔王を倒す男だよ?
  それを『魔王を倒せないから代わりに倒す』だって?
  自分の爪も頼れず付け爪でごまかすおまえが?」

ブロントは、笑うのをやめた。
銀狼へ鋭い視線を落としながら、最後の言葉をはじき出した。
blont「いくらなんでもナメすぎじゃねえのか」

その瞬間、ブロントの威圧が滝のように流れた。
銀狼は全身の毛が一気に逆立つのを感じた。
銀狼は反射的に距離を開けた。
銀狼はおそれた。
それから、喉の奥から笑い声がこみ上げてきた。
kobold「確かに、少々ナメすぎていたようじゃの」

銀狼は右手首を左手でつかんで、続けた。
kobold「じゃがの、それでもワシの考えに何ひとつ変化は生まれん。
  うぬは言ったの、自分の爪も頼れず付け爪でごまかしていると。
  確かに、この『虎の爪』は力をごまかすフェイクじゃ。
  ただし、下の方へごまかすフェイクじゃがのう」

右手の装着爪が、外された。

その瞬間、膨大な威圧が爆発のようにあふれ出した。
ブロントは威圧を受けた。
左のほおに痛みを感じて、手で押さえた。
ブロントは目を見開いていた。
銀狼は威圧を噴き出し続けながら、喋った。
kobold「これは鞘じゃ。
  刀を覆い包む鞘じゃ。
  そうして押さえつけんと、ワシの爪は意図せぬものまで切ってしまう」

ブロントはほおに当てた左手を下ろした。
左ほおには、真新しい切り傷がぱっくりと口を開けていた。
単なる威圧が、ブロントの皮膚を裂いていた。


    

威圧を抑えぬまま、銀狼の体が動いた。
鞘から抜け出た生身の爪が、ブロント目がけて一直線に迫った。
ブロントは剣を構え直すのに一瞬遅れた。
攻撃を受け止め損ねて、ブロントの右上腕に一筋の傷が走った。
blont「……!」

ブロントは剣を構えたまま直立した。
スキだらけのブロントの背中に、銀狼の声が降りかかった。
kobold「どうしたブロント、やる気がないのかのう?」

ブロントは銀狼の方へ向き直った。
その顔に、笑みはなかった。
吹雪に当てられながら、冷や汗がにじみ出ていた。
決して早くはなかった。
目では見えていた。
だが、体が動かなかった。
ブロントの周りに、あたり一面に、銀狼の威圧が張り詰められていた。
それがまるで水銀のようにまとわりついて、ブロントの動きをはばんだのだ。

銀狼は宣言した。
kobold「ブロント、ワシはこれからもう一度うぬの背後に回り連続攻撃をしかける。
  うぬにはワシが攻撃する前に叩くか、広範囲攻撃で相殺することを勧める」

そして銀狼は動き出した。
予告通り、背後に回ろうとしていた。
すれ違いざまに迎撃する、そうブロントの理性は決定した。
だが、体が動かなかった。
銀狼は研ぎ澄まされた威圧を吐き出しながら、気づけばブロントの背後にいた。
そして両手の爪が、ひらめいた。
blont「っおおおお!!」

ブロントは回転して反撃に転じた。
その技は古代遺跡でキラースネークを一掃した技、白桜乱舞(ハクオウランブ)。
回転運動によってブロントの剣はまるで白い桜の花びらのようにひらめき、
全範囲連続攻撃となって銀狼の爪を迎えた。

銀狼の攻撃は、すべて相殺された。
攻撃の反動を使って数歩距離を置いた銀狼は、感嘆の声を漏らした。
kobold「ほーう……なるほど魔王を討たんとするだけあって、見事な技じゃの。
  もっとも心身の方は、それに比べて未熟じゃが」

ブロントは片ひざをついた。
吹雪に吹かれて、血が舞った。
銀狼の攻撃はすべて打ち消していた。
ブロントの皮膚を裂いたのは、威圧だった。
回転するブロントの体を、銀狼の威圧は有刺鉄線のごとくずたずたに切り刻んだのだった。

ブロントは息が上がっていた。
そしてその顔はうつむいたまま、上げることができなかった。
ブロントに、銀狼の声が降りかかった。
kobold「ブロント。ワシはただ、刃物を『差し出した』だけに過ぎん。
  その刃物を握ってうぬの皮膚を裂いたのは、ブロント、他ならぬうぬ自身じゃ。
  威圧に負けて怯え震えるうぬの未熟な心が、うぬの体を切り裂いたのじゃ」

銀狼はゆっくりと歩を進めて、ブロントの目前に来た。
ブロントは動けなかった。
ただ、震えていた。
銀狼は構えて、言った。
kobold「つらかろう。
  せめて苦しまぬよう、一撃で殺してやろう」

銀狼の爪が、突き出された。


    

突き出された銀狼の爪は、ブロントに届かなかった。
二人の間に割り込んだそれに、爪は受け止められていた。
blont「……テミ!」

それはテミだった。
吹雪の中にほっぽり出されてかちんこちんに凍ったテミが、銀狼の爪をひたいで受け止めていた。
フローズンテミは振り向いて、ブロントを怒鳴りつけた。
temi「バカブロント君!
  いつもの元気はどこ行っちゃったの?
  私の知ってるブロント君は、どんなときでも自信いっぱいで最高にかっこいい人間だよ?
  ねえそうでしょブロント君!? 私、間違ったこと言ってる!?」

ブロントは、フローズンテミの顔をぼう然と見つめた。
それからうつむいて、弱々しく首を振った。
blont「テミ……駄目だ。
  気づいちゃったんだよ。
  僕は強くなんてない、どうしようもなく弱い人間なんだ」
temi「ブロント君!?」

ブロントは数刻、沈黙した。
それから顔を上げた。
力強い、笑顔だった。
blont「だってほら、テミがそばにいないだけで、こんなにも恋焦がれて身動き取れないんだから」
temi「ブロント君っvvv」

二人の愛が絡み合って、桃色ワールドを形成した。
桃色ワールドは瞬く間にブロントの傷を癒し、そしてあふれる自信と勇気を与えた。
ブロントは向かい合ったフローズンテミの肩越しに、銀狼を見つめた。
そして青い眼光と共に言った。
blont「待たせたね銀狼、退屈だったろう。
  ここからは、本気で行くよ」

ブロントはフローズンテミを押し倒した。
うつ伏せで雪に倒れたフローズンテミに、ブロントは足を乗せた。
そして積雪をひと蹴りすると、桃色の軌跡を描いて滑り出した。
kobold「む……!」

フローズンテミをスノーボードにして、ブロントは軽やかに銀狼の背後に回り込んだ。
銀狼はとっさに高くジャンプした。
その真下を、剣を突き出したブロントがすり抜けた。
銀狼が着地すると同時に、ブロントは向きを変えた。
銀狼の威圧は、完全に無効化されていた。
再び接近するブロントに対し、銀狼は両手から魔力を放った。
kobold「気功波!」

銀狼の魔力は空間を引き裂く無数の刃となって、積もった雪を舞い上げながらブロントに襲いかかった。
桃色の光をまとったブロントは華麗なスノボーテクで左右に動き回り、攻撃をかわした。
銀狼との距離は一気に縮まった。
そしてある点で、桃色の光は向かって右へ方向転換した。
kobold「ぬ……っ!」

銀狼は右へ向きかけて、とっさに左をガードした。
左から突き出されたブロントの剣は、急所に届かなかった。
それでも吹雪の中に、銀狼の血が舞った。


    

銀狼が傷を押さえて振り返ると、ブロントは桃色に輝きながら大回りしてまた銀狼に接近していた。
銀狼は今の攻撃を考察した。
kobold「なるほどの……目立つ桃色の光を逆に利用したのか。
  スピードをつけて急接近した後、桃色の光だけを自分の進行方向とは逆の方向に飛ばす。
  自身は吹雪による視界の悪さに隠れ、不意打ちが可能になるというわけじゃな」

ブロントの接近を見て、銀狼は構えた。
寸前で桃色の光が左にそれるのを確認して、銀狼は技を発動した。
kobold「気功波・陣舞(ジンブ)!」

繰り出された気功波は円形につながって、積雪を空へ押し戻しながら銀狼の周りを砕き回った。
これならブロントが同じ方法で奇襲をかけても、また裏をかいて光の中にいようとも攻略可能だった。
そしてこの技は、ブロントを捉えなかった。
kobold「――上か!」

銀狼の判断は素早かった。
気功波で切り取られた円形の空から、ブロントが剣を構えて降りかかってきていた。
銀狼は威圧を込めて、爪を繰り出した。
空中で剣と爪が激突した。
kobold「……っ!!」

銀狼の爪が押し負けた。
ブロントの剣は、下まで振り下ろされた。
気功波がおさまって、ほこり立つ雪に鮮血が舞った。

銀狼は傷を押さえてよろめいた。
kobold「くっ……なんという重い斬撃……」
blont「そりゃそうさ! なんてったってテミの全体重(ピー)キロが……」
temi「ブロント君★」
blont「あ、いや、僕らの愛の重さが乗っかっているんだからね!」
temi「ブロント君っvvv」

桃色ワールドの輝きが増した。
ブロント・オン・フローズンテミは猛加速で滑り出した。
銀狼は踏みとどまって、その姿を捉えようとした。
そしてそれよりも早く、銀狼の体に傷が増えた。
kobold「むう……速いのう……」

超スピードの中で、ブロントは銀狼を確実に切り刻んでいった。
フローズンテミは上昇する桃色温度によって解凍されて、徐々にテミに戻っていた。
テミはもはや、地についていなかった。
ほっぺたを波打たせながら至福の表情を浮かべ、ブロントを乗せて空中を爆走していた。
銀狼はなすがままだった。
ひたすらブロントに切られて、舞い散る木の葉のように揺らめいていた。
ブロントに声は届かなかったが、このとき銀狼は喋っていた。
kobold「さすが、としか言いようがないのう……
  さすがは魔王を討たんとする者、確かに強い……
  ワシは、うぬと戦えて、本当に満足じゃ……」

ブロントは肌で感じていた。
あれほどまで鋭かった銀狼の威圧が、どんどん弱まって消えつつあった。
ブロントは勝利を確信した。
最大出力を上げて、最後の一撃を決めんと銀狼へ向かって突き進んだ。
そのとき銀狼の視線が、ブロントに向いた。
kobold「命華遷(メイカセン)」


    

瞬間、何かめり込むような音がした。
ブロントは停止した。
手を伸ばせば届く距離に、銀狼の頭があった。
左手もあった。右肩も見えた。
銀狼の右手だけが、ブロントの視界にはなかった。
blont「あ……れ……?」

右手は、ブロントの背中にあった。
ブロントの胴体を貫通して、赤く濡れていた。
銀狼は視線を足元に向けたまま、淡々と喋った。
kobold「命華遷は……自らの肉体にあるすべての筋肉を攻撃に働かせる技。
  そう……四肢の筋肉はもちろん、胴体の筋肉も、頭や指の末端筋肉も、内臓筋も、血管筋も、
  そして心臓の筋肉でさえも、この技を使うときのみ攻撃力を生むために働く。
  分かるかブロント……ワシは命華遷を放つ一瞬、生命の維持を捨てておるのじゃ。
  命を懸けたこの技の重さに、うぬは耐え切れず『敗北』した……
  そういうことじゃ……」

ブロントのかたわらで、雪中に放り出されたテミは見上げて沈黙していた。
何がなんだか分からなかった。
何かが、何かがおかしかった。
ただテミの前には、テミの知らない光景があった。

銀狼はゆっくりと左手を上げながら言った。
kobold「まだかすかに息があるようじゃの。
  このままにしておくのも不憫じゃ、とどめを刺してやろう」

瞬間、テミは飛びついた。
temi「やめてぇ――――っ」

銀狼はテミに視線を向けた。
何がなんだか分からないまま、テミはわめいた。
temi「やめて! ブロント君を……やめてよぉっ……!
  ブロント君は……ブロント君を……ブロント君の」

銀狼の爪が、テミを突いた。
テミはゴムまりのようにはじけ飛んだ。
落下した跡に、血が染み出した。

銀狼は視線を戻して、右手をブロントから引き抜いた。
ブロントはぐにゃりとくずおれた。
銀狼が深呼吸をひとつすると、彼の耳に吹雪の音が戻ってきた。
銀狼はブロントを見下ろして、それからテミを見やって、しみじみと述べた。
kobold「ブロント。それにテミ。
  うぬらは本当に、本当に強かった。
  その強さに敬意を表して、ワシが自ら手を下したいところじゃ。
  じゃが……どうやらワシの役目は、もう、終わりのようじゃ……」

瞬間、銀狼の背中に深い斬撃が走った。
銀狼はよろめいて、踏みとどまって振り返った。
そこには、ギャラックがいた。
魔王の操り人形と化したギャラックが、剣を構えて銀狼に迫っていた。
銀狼はそのうつろな瞳を見つめて、語りかけた。
kobold「二人を止めて、それで充分としたのじゃな、魔王は。
  構わんよ。
  ワシはもう、殺されても構わん。
  ギャラック……どんな形にせよ、おまえが生き続けるのなら、ワシはそれで充分じゃ……」

ギャラックの剣が振り下ろされた。
そしてそれは、剣と剣がぶつかり合う音と共に停止した。
kobold「……ブロント……!?」

ブロントだった。
瀕死のブロントが、ありったけの力でギャラックの剣を受け止めていた。
ブロントは銀狼に向けて、声を振りしぼった。
blont「殺してないじゃないか……
  命を懸けた技を使っても、おまえは僕を殺せていないじゃないか……!
  迷ってたんだろ……?
  僕ならやれるかもしれないと、心のどこかで思ってたんだろ……!?
  僕ならギャラックを助けられると、そう思ったから踏み込めなかったんだろ!?
  そうだろ、銀狼っ――!!」

ギャラックが力を込めた。
ブロントは押し負けた。
ブロントの体はよろめいて、後ろの銀狼に当たった。
ギャラックは再び迫った。
銀狼にもブロントにも、反撃する力は残っていなかった。
ギャラックの剣が振り上げられた。
その瞬間、ギャラックの右手に矢が刺さった。
blont「……!」

ギャラックは剣を取り落とした。
ブロントは矢の飛んできた方向を見た。
吹雪に青髪をはためかせて、黒い鎧を着たアーチャーが、そこにいた。


    

blues「ま、間に合った〜」

ブルースは安堵の息を吐いて、ブロントの元へ駆け寄った。
ブロントはその様子をぼう然と見ていた。
そうすると、誰かがブロントの肩を叩いた。
ブロントは振り向いた。
三つ編みにチャイナ服の格闘家が、テミを抱えてブロントに微笑んだ。
rinn「テミさんの傷は大したことありません。
  みんな集まってきてますから、ブロントさんはゆっくり休んでください」

ギャラックが左手で剣を拾った。
そしてまた攻撃を加えようと動いた。
その行動は、飛来したメテオによって止められた。
ブロントはメテオの飛んできた方を見た。
黄緑の髪の妖精が、半分雪に埋もれて立っていた。
tink「ブロ兄、ダサいトコ見せてたらダメっすよ!
  ファンががっかりするからマイナスっす!
  でもあたちらが活躍できるからプラマイゼロっす!」

ブロントの体を白い光が包んだ。
回復魔法の効力によって、ブロントとテミの傷は見る見るうちに癒えていった。
ブロントは魔力の流れを目でたどった。
吹雪の中から銀髪のパラディンが現れて、ティンクを拾い上げながら言った。
claw「遠くからすまんな、ブロント。
  だがたとえ回復範囲が近くても、俺は今の貴様に近づきたくない。
  今の貴様は、敗者の臭気に満ち満ちている。
  俺に臭気が移らぬよう、せめて血はさっさとぬぐうんだな」

メテオによって倒れたギャラックが、再び立ち上がろうとした。
そうすると銀色の塊が降ってきて、ギャラックを押しつぶした。
ブロントはその塊に目を向けた。
鋼鉄の鎧を着たアーマーが、ギャラックを押さえつけながら怒鳴った。
zilva「やいブロント!
  ちょっとデカいダメージ食らったからって腑抜けてんじゃねーぞボケ!!
  おまえのダメージなんてなー、俺が今まで受けたダメージに比べたら屁でもねーだろ!!
  違うかよ!?」

ギャラックが高く呼び声を上げた。
それを合図に、吹雪の向こうからモンスターの大群が押し寄せた。
牙を持つもの、武器を持つもの、それらはひしめき合ってブロントたちを目指した。
そして一度も攻撃をしないまま、まとめて炎に包まれた。
ブロントは炎の中心を見すえた。
赤いツインテールの魔法使いが、炎を背負ってブロントに呼びかけた。
magenda「あたしはね、あんただったからあれだけ苦しんだのよ。
  ずっと近くにいてあんたの強さも性格も知ってたから、強引にテミを奪うなんてできなかったのよ。
  あんたといれば、テミが不幸になることなんてないと思った……
  信じさせなさいよ、テミを。あたしたちを。
  あんたが、最強だってね」

ギャラックがジルバを押しのけようともがいた。
その体を、細かな氷の結晶が少しずつ覆っていった。
侵食する氷に動きを封じられて、ギャラックはやがて停止した。
ブロントはギャラックの後ろに立った者を見つめた。
長い水色の髪を吹雪に流しつつ、エルフは表情を変えずに言った。
lufa「美しく。ただ、美しく。
  そんな私よりも美しいのが、ブロント、あなたです」

緑色の髪のアマゾネスが現れて、ルファに勢いよく飛びついた。
ルファは苦笑しながら、彼女が肩車に登るのを許した。
彼女はルファの上でにっかと笑って、高らかに叫んだ。
midori「がぅっ! じゃすとなう、テンミリメンバー、たーん・おーば――――!!」

知力の髪飾りが、ミドリの魔力を高めた。
高められた魔力は黄金色に輝き、一気に上空へと舞い上がった。
それは雲を切り裂き、吹雪をかき消した。

空には、さわやかな青空が広がった。
降り注いだ日はギャラックの氷結した皮膚に当たって、きらきらと宝石のようにきらめかせた。
ルファは微笑んで言った。
lufa「スキルDコード、ダイヤモンドダスト。
  大丈夫です、殺してはいませんから、安心してください」

誰かが、ブロントの肩に手を置いた。
ブロントは振り返った。
テミだった。
テミは優しく微笑んで、ブロントに言った。
temi「ブロント君……よかった、死んでなかったんだね」

ブロントは微笑み返した。
そしてテミのほおにふれると、甘い声でささやいた。
blont「当たり前じゃないか、テミ。
  生きるってことはね、愛するってことなんだから」
temi「ブロント君っ……vvv」

あたたかな桃色ワールドは、あたり一面を包み込んだ。
桃色ワールドはただ、力を与えた。
集まった戦士たちに見守られて、ブロントは今、立ち上がった。


    

ブロントは周りを見渡した。
ジルバ、ブルース、ティンク、リン、クロウ、マゼンダ、ミドリ、ルファ、そしてテミ。
頼もしい仲間たちが、そこにいた。
ブロントは笑って、そして言った。
blont「みんな。ありが」

ブロントの顔面に渾身のグーがめり込んだ。
ジルバのグーだった。
ブロントは鼻血を吹きながら、何事かとあたりを見回した。
よくよく見れば、テミ以外の全員が拳を鳴らしたりこめかみに青筋を立てたりと険悪な状態になっていた。
ジルバたちは順番に喋った。
zilva「悪いなーブロント、俺ら別にただ助けに来たわけじゃなくてな〜(ピキピキ)」
blues「まあいろいろと、積もり積もった恨みつらみがあるわけで〜(ピキピキ)」
rinn「こういうせっかくの機会ですので〜(ピキピキ)」
lufa「この際まとめて復讐しようと思うわけですよ〜(ピキピキ)」
midori「がぅっ、各員攻撃開始、ふぁいやー!!」

ブロントは全員にタコられた。
一部恨みがない人もいるがついでなのでみんなでタコった。
テミもなぜか巻き込まれた。
数分後、そこには顔面がたこ焼きの山のようになったブロントと、赤い噴水ぴゅるるるるーなテミが倒れていた。

   *

blont「はっ、今のは夢!?」
magenda「現実よ」

さらに数十分して、ブロントは目を覚ました。
ブロントが横を見ると、そこには相変わらず赤い噴水を打ち上げるテミが気絶していた。
ブロントはテミを揺すった。
blont「テミ、起きて」
temi「う〜ん、ぴゅるるるる〜……」

テミはしばらく目を覚ましそうになかった。
ブロントは思案して、テミの耳元に口を近づけた。
blont「よーしテミ、これから耳に息を吹きかけちゃうぞ。
  それっ、ふぅーっ」
temi「はわわわわっ(ぞくぞくぞくっ)ブロント君の吐息、カ・イ・カ・ン〜vvv」

二人の周りに問答無用で桃色ワールドが展開された。
桃色ワールドは二人の傷を一瞬で治した。
そしてテミは、目を覚ました。
temi「おはようブロント君、今日もいい朝だね☆」
blont「うん、今は昼だね」

ブロントは立ち上がって伸びをした。
まぶしい太陽光を浴びて、一面の銀世界は輝いていた。
マゼンダはブロントの様子を見て、それから言った。
magenda「ブロント、あたしたち決めたの。
  あたしたちも最終決戦に連れて行って頂戴」

ブロントはマゼンダに目をやった。
それから、その後ろにいるその他大勢を見渡した。
ブロントは、微笑んで言った。
blont「もちろん」

ブロントはそれから、別の方向に目をやった。
そこには銀狼と、気を失ったギャラックがいた。
ブロントはギャラックに言った。
blont「直接ぶつかってみて分かったけど、肉体については完全に修復されてるよ。
  このまま魔王を殺しても、少なくとも肉体が死ぬことはない」

ブロントはそれから一拍置いて、続けた。
blont「心の方は、君の役目だ」

銀狼は無言でうなずいた。
ブロントは魔王の城の方角へ向きを変えて、凛とした面持ちで言った。
blont「さあ、いよいよ最終決戦だ」

ブロントが踏み出そうとすると、不意に左手をつかまれた。
ブロントはそっちを見た。
テミが、手をつないでいた。
テミはブロントの顔を見て、笑って言った。
temi「行こ」

それを見て、ブロントも笑って返した。
blont「――うん」

ブロントたちは歩き出した。
雪原を行くにしたがって、二人以外のカップルも思い思いに手をつないでいった。
彼らには、愛がある。
たとえその手を離しても、彼らの愛はほどけない。
どんなに強大な敵が立ちはだかろうとも、その事実は変わらない。
愛は今から闇をうがつ。
そして愛は、勝利する。
そう、信じている。

          〜雪原Clear!〜


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最終ステージ 魔王の城(前編)

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