13


トヤーマは剣を握りしめながらうめいた。

「ざけんな……」

その体が立ち上がるより早く、ユージは加速した。
剣どうしがぶつかって、トヤーマははじけ飛んだ。
トヤーマは受け身を取った。
その上から、弧を描く炎が身をおどらせた。
トヤーマは叫んだ。

「ざけんな!!」

水流が放出された。
炎はかき消えた。
その向こうから、ユージは剣を振り上げて走り寄った。
打ち合いが始まった。
閃光が、爆竹のように連続ではじけた。
トヤーマはじりじりと押されていた。
トヤーマは吠えた。

「ざけんなァッ!!」

一瞬のスキをついて、光の剣が放たれた。
剣はガラスに乱反射して、ユージを背中から狙い撃った。
ユージはひと声気合いを発した。

「は!!」

炎がユージを取り巻いて、光の剣をはじいた。
ユージは炎をまとったまま、トヤーマの懐に攻め入った。
トヤーマは大きく横に跳んでかわした。
ユージの剣はその背後にあったガラス細工を砕いた。
その勢いを落とさずに、ユージはまたトヤーマに向かって突進した。
トヤーマが回避して、ガラス細工がさらに砕けた。

トヤーマは歯ぎしりした。

「こいつ……単純に攻め込んでるだけじゃねえ……!
ガラスを壊して光の剣の乱反射を防ぐつもりなんだ!」

トヤーマとユージが、同時に体勢を立て直した。
ユージはみたび攻撃に移った。
トヤーマは剣をかざした。

「思い通りに……させるかよ!!」

水流が呼び寄せられた。
水流はユージを目がけてまっすぐに進んだ。
ユージはよけなかった。
まとった炎をさらに肥大させて、水流を真正面から迎え打った。
過剰量の炎は、水流をすべて蒸発させた。

「く……」

トヤーマが噛みしめる間に、ユージは剣の射程まで入り込んでいた。
ユージの渾身の一撃が、叩き込まれた。

「おおっ……!!」

トヤーマの体は一直線に吹き飛んで、軌道上のガラス細工を粉々にした。
そして壁に激突した。

「ぐはっ……」

トヤーマはくずおれた。
その目前には、ユージの二撃目が迫っていた。
歯ぎしりの音を残して、トヤーマは転がり逃げた。
ユージの視線がそれを追った。
ユージは壁を蹴って反転した。
火の粉を散らしながら、ユージの剣は舞った。
トヤーマは逃げまどった。

「てめェ……」

ユージの攻撃はやまなかった。
ガラスは砕け続けた。

「あんまり調子に……」

トヤーマは右に左に走り続けた。
炎はくゆり回って、ガラスのかけらを飲み込みつくした。

「乗ってんじゃ……」

不意に、トヤーマは立ち止まった。
ユージは何かを察知した。
トヤーマの足元には、崩れた大きなガラス細工があった。
そしてそれは、じょろじょろと水をあふれさせていた。

ユージはつぶやいた。

「噴水……!」

トヤーマは叫んだ。

「ねえよッ!!」

ひときわ大きな水流が、放たれた。


   14


攻撃体勢に移っていたユージに、回避する余裕はなかった。
水流は炎の壁に突き当たった。
そしてそれをかき消した。

「……!」

水流を放った姿勢のまま、トヤーマはうなった。

「俺の剣は無から水を呼び寄せることができるが、そのスペックには限界がある……!
だから噴水の水を巻き込むことで、水量の限界を超えて水流を作った……!
そして!!」

トヤーマは鋭く視線を走らせた。
過剰量の水流にかき消されて、ユージは炎の防御を失っていた。
口角を最大限までつり上げて、トヤーマは叫んだ。

「防御が消えた今が最大のチャンスだ!!
死ねえっブレイバ――ッ!!」

腕輪が光を放った。
その能力を極限まで引き出して、出せる限り大量の光の剣を発射した。
魚群のようなきらめきの波が、ユージを襲った。

「――!!」

光の剣は、トヤーマの体を撃ち抜いた。

「え――?」

トヤーマの体から、力が抜けた。
見開かれたその視線が、ゆらりと宙を舞った。
落ちていくその体には、随所に剣が刺さっていた。
そしてその視線がユージとトヤーマの間にあるものを認識したとき、イワッサの声が響いた。

「トヤーマっ!!」

トヤーマは剣を突いて踏みとどまった。
息を震わせながら、トヤーマはユージの正面を見た。
そこには、ガラスがあった。
薄いガラスの層が、まるでバリアーのようにユージを取り囲んでいた。
ユージは見下ろして、そしてほえた。

「砕いたガラス片を炎の中に取り込んだ!
溶けたガラスは水流で冷やされて、俺を守る盾となった!
あんたの作戦負けだ――トヤーマ!!」

ユージは剣を振った。
軽い音を立てて、ガラスは割れた。
かけらが散って、反射的に顔をかばったトヤーマの体がぐらついた。
ユージは剣を構えた。
燃え立つ炎をまといながら、ユージは最後の言葉をつむいだ。

「これで終わりだ、トヤーマ……
悪のにおいを沸き立たせる、あんたをここで葬り去る!」

ユージは踏み出した。
トヤーマは何ひとつ動くことができなかった。
渦巻く炎を剣に込めて、ユージはその技の名前を叫んだ。

「アトミックファイヤーブレード!!」


   15


突き出された剣が、鎧の肩パーツを砕いた。
その色は、銀だった。

「――イワッサ!」

ユージは目を見開いた。
剣の切っ先は、トヤーマの前に飛び込んだイワッサの肩に突き刺さっていた。
イワッサは顔をゆがめた。
そうしながら、なけなしの苦笑を見せてユージに言った。

「こいつを殺すのは、勘弁してくれよ。
タマキ姫も返すし、おとなしく引き上げるからよ」

ユージはイワッサの目を見た。
イワッサは放心したトヤーマを抱きかかえながら、ユージの目を見返した。
二人の目が、そうしてしばらく見つめ合った。
そうしていると、ユージの後ろから声がかかった。

「ユージくーん」

ユージは振り返った。
そこにはキリネロが、傷口を押さえてふらふらと歩いて来ていた。
ユージは驚いて駆け寄った。

「ダメですよキリネロさん、横になってないと!」

ユージに肩を支えられると、キリネロはにこーっと笑顔を作った。

「大丈夫だってユージ君。
これくらいへっちゃらだから。
それより戦いは……?」

キリネロはユージの肩越しに様子をうかがった。
イワッサはそれを見やって、それから言った。

「俺たちの負けだ。
素直にタマキ姫を解放するよ」

キリネロはいぶかしげな顔をした。
ユージはそれを察して、キリネロにさとした。

「大丈夫です、キリネロさん。
目を見れば分かります。
トヤーマはともかく、この人は信用できますよ。
それよりキリネロさん……キリネロさん!?」

キリネロはがくりとくずおれた。
ユージはとっさに受け止めた。
キリネロは冷や汗をかいていた。
イワッサが駆け寄って、その様子を見て言った。

「やっぱり限界だったみたいだな。
キリネロは俺が見とくから、ユージ君はタマキ姫を迎えに行ってやってくれよ」

ユージはうなずいて、キリネロの体をイワッサに預けた。
イワッサは受け取りながら伝えた。

「タマキ姫は階段を登って突き当たりの部屋だ。
俺が言うのもなんだが、頼むぞ」

ユージははいと返事をして、駆け出した。
階段までの距離を一気に詰め寄って、そして駆け上がった。
足元立てて登り切ると、正面に両開きの扉があった。
ユージはそれを勢いよく開けて、そして声を響かせた。

「タマキ姫!!
助けに来ましたー!!」

部屋の中には、カーテンのかかった豪華なベッドがあった。
そのカーテンの向こうから、幼い少女の声が聞こえた。

「助けに来てくださったの……?
ああよかった、わたくし怖くて、もう少しで泣き出してしまうところでしたわ。
ありがとう、勇敢な騎士様」

その瞬間、ユージは頭上にハテナマークを浮かべた。
聞こえてきた声は、ユージの知るタマキの声とは違った。
その謎を考察するヒマもないうちに、カーテンが開いてタマキ姫が姿を表した。

「――――〜〜っ!?」

ユージは驚愕した。
そこにいたのは、身の丈二メートルをゆうに超える化け物だった。
その身は筋肉に覆われて、その頭はツインテールにくくられて。
そしてその背には、ゴゴゴゴゴという擬音を背負っていた。
それはひと言で表すなら、屈強少女。
川添タマキとは、似ても似つかぬ物体だった。

あ然とするユージに、タマキ姫はその身に似合わぬ幼女ボイスで飛びかかった。

「騎士様ーっ、怖かったですぅーっ☆」

「来るなァ――ッ!!」

ユージの右フックが、タマキ姫の横っつらを強打した。
タマキ姫は悲鳴を上げた。

「うわあ、なんですか――!?
せっかくわたくしの感謝の気持ちを伝えようとしたのに……」

タマキ姫はしなだれた。
それから顔を赤らめて、続けた。

「でも、そんなぶっきらぼうなあなたが好み……v」

ユージの肌に、遠目からでもはっきりと認識できる大粒の鳥肌が立った。
タマキ姫は立ち上がった。
そしてその身を大きく広げて、雪崩のごとくユージに向かって猛進した。

「あいらっびゅーですわ、異世界の騎士様!
時間と空間を飛び越えて、わたくしの愛をデリバリーしますわ〜vvv」

「ぎゃああ――っ!!」

ユージは回避が遅れた。
強烈なハグによって、ユージの体はベギバギミショアと断末魔を響かせた。

ユージの意識は、そこで途切れた。


   16


ガンガンする頭をかかえて、ユージは目を覚ました。
そこは剣道場だった。

「あ、あれ……!?」

ユージは飛び起きた。
そこは間違いなく、いつもの室江高校剣道場だった。
ユージは自身の体を確認した。
そこにブレイバーの鎧はなく、いつもの青い道着だった。
混乱するユージに、横から声がかかった。

「ユージ君、大丈夫?」

ユージはそちらを振り向いた。
そこには、タマキがいた。
屈強少女ではなく、道着を着た小柄で幼い川添タマキだった。

ユージは涙を流して歓喜した。

「あああ、タマちゃん!!
よかった、いつものちっちゃくてかわいいタマちゃんだ!!」

「か、かわい……?」

タマキは思考停止した。
ユージはそれに気づかずに、反対側に顔を向けた。
そこにはいつもの面々がいた。
ミヤミヤ、さとりん、サヤ、キリノ。
四人は何やらわやわやと話していた。
その間をぬって、デフォルメ人体、もといダンがユージに歩み寄った。

「お〜ユージ、起きたか。
めずらしいな、おまえが居眠りするなんて。
しかも、なんかうなされてたぞ」

ユージは苦笑して返した。

「ああ、うん。
なんか……悪夢を見てたよ」

ダンはそれを聞いて、にっと笑って言った。

「恋か、ユージ?」

「え、なんで……?」

ユージは苦笑いした。
それから女子部員の方を見やって、ダンに尋ねた。

「あ、あのさ、先輩たちは何を話してるの?
なんか、サヤ先輩とかすごく騒いでるけど……」

ダンがそれに答えるより早く、そのサヤがどたどたと走り寄ってユージにわめいた。

「ちょっとちょっと聞いてよユージ君!!
キリノがケガしたのよ!!
それも居眠り運転の自転車にひかれて!!
くぁームカツクー!!
あたしがその場にいたら、この身を張ってキリノを守ることができたのに……!!」

わめき続けるサヤを、当のキリノが押し運んだ。

「はいはいサヤー、気持ちだけ受け取っとくからちょっと落ち着こうねー」

サヤを画面外に追い出してから、キリノはユージの前に戻ってきた。
それからにへーと笑顔を作って、ユージに言った。

「ごめんねーユージ君、サヤがちょっと暴走しちゃって。
ケガっていっても全然たいしたことないんだよ。
ちょっと肩をぶつけただけでさ」

そう言ってキリノは、ケガの位置を指し示した。

その位置は、キリネロが負った傷と同じ位置だった。

さとりんがキリノを呼んだ。
キリノはそちらに駆けていった。
ユージは座ったまま、その背中を見送った。
視線をそちらに固定したまま、ユージはダンに呼びかけた。

「ダン君」

「んー?」

ダンはユージの顔を見た。
ユージは独り言のように、続けた。

「強く、なりたいね」

ダンは首をかしげて、ユージの顔をのぞき込んだ。
それから何も言わずに、ユージの肩をぽんと叩いた。

そのときドタバタと慌ただしい音がして、剣道場の扉が爆発するように開いた。
全員の視線がそちらに集まった。
コジローだった。
息せききって駆け込んだコジローは、その勢いのまままくし立てた。

「おいみんな、聞いて驚け!!
この剣道部に六人目の戦士が入ることになったぞ!!」

「えぇーっ!!」

女子部員が歓声を上げた。
ダンは「男子は数に入れないのかよー」とぼやいていた。
コジローは無視して喋り続けた。

「未経験者なんだがな、いい逸材だぞ!
なんとガタイのよさはサヤ以上だ!!」

「失礼な!!
あたしがガタイのよさの基準みたいに言わないでくださいよ!!」

サヤがわめいた。
コジローはまた無視して続けた。

「まあ、俺が騒いでてもしょうがないからな。
本人に自己紹介してもらおう。
おーい、こっちだー」

コジローは外に呼びかけた。

その瞬間、地面が揺れた。
ドスン、ドスンと、それは定期的に。
それは足音だった。
足音が、剣道場へゆっくりと向かってきていた。
ユージはその足音に思うところがあった。
そのときユージは、腕に痛みを感じた。
足音を聞きながら、ユージは道着のそでをまくった。

何かにしめつけられたようなアザが、そこにあった。

足音は響き続けていた。
部員たちは浮き足立っていた。
揺れ動くユージの頭の中で、プリンセスタマキの最後の言葉がリピートされた。

―時間と空間を飛び越えて、わたくしの愛をデリバリーしますわ〜vvv―



ひなたぼっこをしていたねこが、にゃーとひと声鳴いた。







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