目次
▼1
▼2
▼3
▼4
▼5
▼6
▼7
▼8
▼9
▼10
第5ステージ コロシアム
▲ 1 ▼
「くそっ……なんてこった……!」
ブロントの怒声と岩肌を殴る音とが、薄暗い洞穴に響いた。
たき火の跡はすでに冷め、入り口から差し込む光も灰色で冷たい。
そして、握りしめられたブロントの拳に、一枚の紙が入っていた。
『 親愛なるブロント様
貴殿の大切な女性テミは預かった。
返して欲しくばコロシアムまで来たれよ
Your Love, C 』
「ちくしょう……まさかテミがさらわれるなんて……」
握りつぶすように髪の毛を掻き上げ、血が染み出すまで唇を噛みしめた。
「一体なんでテミ姉がさらわれるんっすか? Cって一体何者なんっすか!?」
「分からない……分からないよ……
くそっ、一体どうすれば……どうすればいいんだ!?」
「ブロ兄落ち着いて! 冷静になって今やるべきことを考えるっす!
はい深呼吸! すーはーすーはーっ!」
「すーはーすーはー……ありがとう、ちょっと落ち着いたよ……。
そうだ、僕が今やるべきこと……それは……
何故ここにティンクが居るんだってツッコむことだ――――ッ!!!」
紫電雷光のようなブロントの高速裏平手打ちがティンクのこめかみに突きつけられた。
当のティンクは巨大なおにぎりをへーぜんとほおばっている。
「落としたおにぎりを追っかけてこんなとこまで来ちゃったっす」
「どういう落とし方をしたら山のてっぺんまで追っかける羽目になるんだろうね」
ブロントは洞穴から外に出た。
目の前には鉛色の雲と、深緑の針葉樹林の大きなうねりが広がっている。
そしてそのうねりの向こうに、石造りの建物がそこだけぽっかりと白く存在していた。
「……コロシアム、か」
ブロントの言い知れぬ不安を見透かすように、カラスが一声、くわあと鳴いた。
そしてティンクは、ふたつ目のおにぎりに手を伸ばした。
*
薄暗いアンティーク調の部屋の中央に、テミは座っていた。
両手両足を椅子に縛り付けられ、三体のゴブリンに囲まれて。
「ぐへへへ姉ちゃん、大人しくしてれば命までは取らねえぜ?」
「汚い手で触らないで頂戴、この穢れた豚めっ!!」
「昼ドラかごぶぁっ!!」
テミの頭突きで○カアンドトシ風の一体目のゴブリンが倒された。
「飛べない豚は、ただの豚さ」
「じゃああんたはただの豚だ!!」
「紅(くれない)のぐぶぇっ!!」
次いで紅○豚風の二体目が倒された。
「僕たちゴブリン〜♪」
「悲しくなるからピ○ミン禁止!!」
「今日も〜がぶぉっ!!」
寂しく歌う三体目まであっけなく倒された。
「ったく、一体なんだっていうの……?」
テミはため息をついて、身動きできないのでそのままちょこんと座っていた。
そうしていると正面の扉が開いて、何者かが部屋の中に入ってきた。
▲ 2 ▼
「あなたは……!?」
入ってきた人物を見て、テミは驚愕した。
緋色のマントに銀髪、深紅の瞳をもつその人物は、ゆっくりとテミに近づいて髪をなでた。
「テミ……久しぶりだ……」
「汚い手で触らないで頂戴、この穢れた豚めっ!!」
「ぐほぁ!?」
銀髪の騎士がゴブリンと全く同じ要領で吹っ飛ばされた。
「俺だテミ! 忘れたのか!?」
彼はすぐに立ち上がると鼻血もろくに拭かないままテミに詰め寄った。
「私の知り合いに白髪頭のおじいさんなどいませんけど?」
「違う!! 幼馴染のクロウ! 俺はおまえの幼馴染のクロウだよ!!」
「ああなるほど、ずいぶん苦労されてこられたんですね」
「この髪の色は苦労のせいではないわぁ――――っ!!」
鼻血ブーのままクロウは絶叫した。
その時奥の扉から二体のオーガーが入ってきた。
「クロウ様、ブロントがコロシアムに到着しましたが」
「おうっ……わ、分かった。すぐ行く」
クロウは慌てて鼻血を拭き、元の端正な顔を取り繕った。
そしてマントを翻して背を向けると、その体全体から「いい男オーラ」を発射した。
クロウは威風堂々と足音を響かせながら、オーガーたちに指示を下した。
「テミを最上来賓席に連れて行け!」
「はっ!」
「手の空いている者には会場のコンディションを整備させておけ!」
「はっ!」
「分かっていると思うがこれは俺とブロントの一騎打ちだ!
他の者は絶対に手を出さないようにさせろ!」
「はっ!」
「その他手抜かりなく万全の状態を保つのだ!
あくまでブロントは大事な客人であると理解しておけ!」
「それならクロウ様、客人に会う前に白髪染めをつけてはいかがですか?」
「ハゲ頭の貴様に髪の毛のことをなじられる筋合いはないわあっ!!」
「ぐはあっ!!」
クロウはコロシアム会場へ向けて歩みだした。ミスリルの剣から鮮血を滴らせながら。
*
たいまつの明かりだけを受けて赤黒く光る屋内コロシアムの中央に、二人の剣士が向かい合った。
本来ならば割れるような歓声に揺れるこの場所は、静か過ぎて耳が破れそうだ。
「ブロント、これは決闘だ。
貴様が勝てばテミも返すし殺されたって文句は言うまい。
だが俺が勝てば、貴様の首はないものと思え」
「○ウルの動く城に出てきた荒地の魔○みたいな?」
「それは違う意味で首がないのだ」
苛立ちと怨恨の色を隠しきれないクロウに対し、ブロントは冷静に尋ねた。
「何故こんなことをしなければいけないのか、理由を教えてくれないかな?
君の行動は私怨によるものだろう、僕は恨まれるようなことなんてした覚えはない」
(ブロ兄ならしょっちゅう恨みを買っててもおかしくないっす……)
ブロントの問いに対し、クロウは紅瞳を異様に光らせて睨んだ。
「貴様には分からんだろうな……俺が何故貴様を恨んでいるか……
無理もない、あの時俺と貴様は出会ってすらいなかった……
だが貴様は奪った……七年前のあの日、貴様は俺から愛するテミを奪ったのだ!!」
クロウの怒声に周囲の空気が震えた。
ブロントの眉が複雑に動いた。
「七年前……だって?」
それはブロントとテミが出会った頃のこと。
話は七年前にさかのぼる……。
▲ 3 ▼
王都に住む王侯貴族の中でも二大貴族と呼ばれる超上流階級の家系にクロウとテミは生まれた。
二人は幼年から容姿端麗駿才多才、王侯貴族の子息令嬢たるにふさわしい存在だった。
クロウは自らの家系そして才能を誇りに思い、またテミを深く愛していた。
二人は年端もいかぬうちから婚約を交わし、永遠の愛を誓い合った。
クロウは幸福を感じていた。この幸福が未来永劫変わることなく続くものと信じていた。
テミがブロントと出会うその日までは。
七年前のその日、突然テミが行方不明になった。
ずっと順風満帆の人生を過ごしてきたクロウにとって、最初の大事件であった。
屋敷内もその周辺もおよそテミの行きそうなところにはどこにもその姿はなく、
ようやく発見されたその場所は下町通りの薄汚れた林の中だった。
「ごめんね、クロウ君」
薄汚れたテミの第一声を聞いて、違う、とクロウは感じた。
貴族令嬢たるテミは常に敬語でものを言う。
この場合なら本来は「申し訳ございません、クロウ様」というはずなのである。
「私、ブロント君が好きになっちゃったの。
私分かったんだ、私に本当に必要なのはクロウ君じゃなくブロント君なんだって」
違う。違う。そんなはずはない。
テミの言葉に、クロウは貴族らしからぬ焦燥した態度で叫んだ。
「何故ですかテミ様!? 私にはさっぱり理解できません!
私たちは幼い頃から永遠の愛を誓い合った、絶対に離れてはならない間柄のはず!
それが何故、何故そのようなことになってしまうのですか!?」
クロウの叫び声を全身に浴びて、テミは物悲しげに微笑んだ。
「ごめんねクロウ君……本当にごめん……でも……さようなら」
そう言ってテミはくるりと林の方へ向きを変えた。
そして太い木の枝に顔面をしこたまぶつけ、大量の鼻血を噴射した。
そのままテミはわき目も振らず鼻血も拭かず、林の向こうへと走り去っていった。
「テミ様――――っ!!」
クロウが最後に発した叫び声も、テミには届いていなかった。
呆然と立ち尽くすクロウの前には、大量の鼻血が落ちているだけだった。
*
「あの清純だったテミが、人前でも平気で鼻血を出すようになってしまった……
今だってそう、ほんの少し拘束しておいただけであのザマだ!」
クロウはコロシアム最上階の最上来賓席を指差した。
そこには椅子に縛られた青アザ血マメ妖怪……もといテミがいた。
「あの状態で逃げようとして階段から転げ落ち穴に落ちガラスに突っ込み火に飛び込み……
一般人なら七回は死んでいた……! 間違いなく……!
貴様のせいであのテミが……って聞いてるかブロント――!!?」
熱っぽく語っていたクロウの目の前には布団を敷いてぐーすか眠っているブロントとティンクがいた。
「うーんテミ……ムニャ……ダメだよ……こんな所で……人に見られる……」
「おいブロント貴様一体どんな夢を見ている!?」
「早く逃げないと肉まんに轢かれるから大根コピーしたら魔王食べて……」
「ティンクは本当に一体どんな夢を見てるんだ――!!?」
「むにゃ……ジルバズーカ召喚……」
「え”?」
ブロントの寝言に反応して、床に黄金の魔方陣が現れた。
そしてその魔方陣の中心から、禍々しい最凶兵器が出現した。
その兵器の名はジルバズーカ。ジルバリアー、ジルバットに続くサンシュノジンギ最終形態。
「え? なんだよこれちょっと待て、なんで俺のケツに導火線がついてんだ?
しかも燃えてる……点火されてる……火が俺のケツに、あ、あ、ちょっとタ……」
導火線の火がジルバのケツに到達した途端、ものすごい爆音と閃光が広がった。
それはまさに最凶兵器、ジルバズーカは炎を纏(まと)い、轟音を纏い、衝撃波を纏い、
一直線にクロウめがけて飛んでいった。
「ぎゃああああああ――――!!!」
▲ 4 ▼
突然のことに、クロウの反応が遅れた。
超音速のジルバがクロウの顔面にもろに入り、二人はくっついたまま吹っ飛んだ。
いや……顔面、ちょっと待て、あの構図は……

「「ぶちゅううう…… !?」」
そう、その構図は紛れもなく「マウストゥマウス」であったのだ。
驚いて二人は離れるが、時すでに遅し。起こってしまった事実は消えない。
「う……う……うわあああ――――!!!
なんてこった、俺のファーストキス……ファーストキスが、よりによってクロウなんかに……!
う……うおえええ――――」
「悪夢だ……そうだ悪夢だ、これは夢に違いない……夢であってくれ……
う……うおえええ――――」
ジルバは叫び、クロウはうめいて、各々口から消化物を吐き出した。
願わくば、この消化物と共にさっき起こった事実が流れ出してもらいたく思い。
そしてその一部始終を、ブロントのハンディカメラが鮮明に捉えていた。
「うーんいい映像が取れたよ、これなら賞金確実だね」

「「貴様やっぱり狙ってやりやがったな――!!!」」
二人のツッコミがぴったりそろったのは新たに芽生えた愛の証か。
「さあクロウ、このビデオを公開されたくなければテミを返せ」
「くっ、交換条件とは卑怯なマネを……」
「あれ、俺に選択権なし?」
「っていうか、テミ姉勝手に降りてきてここにいるっすよ」

「「えっ?」」
ティンクの方を見やると、そこには椅子に縛られたまま赤い噴水を全身に作ったテミがいた。
「ぴゅ〜だらだらだらどぴゅーっぶしゃーっ」
「ぎゃああああこえーよ!! 一体どんな降り方をしたんだーっ!?」
(……落ちたね)
(落ちたんだな、普通に)
(最上階からそのまんま落ちたんっすね)
ジルバは絶叫し、ブロントは平然とし、クロウは頭を抱えた。
そしてティンクは三個目のおにぎりをほおばっていた。
「テミが帰ってきたなら交渉自体が無意味だね、帰ろうっと」
「待て、ビデオは置いていけ!」
「つーかその前にテミの止血しろって! 見てるこっちが痛々しい!」
真剣勝負の雰囲気はすでになく、まるで子供のケンカのように騒いでいた。
だがその瞬間、コロシアム全体に破砕音が響き渡った。

「「っ!?」」
気付いた時にはすでに遅し、コロシアムの天井全体に亀の甲のようなヒビが走っていた。
そして避ける間もなく、石塊と化した天井が雨のように降り注いだ。
*
「ギャラック様、コロシアムの爆破、予定通り完了しました」
コロシアムから少し離れた宿営塔から、彼らはコロシアムの様子を眺めていた。
「わらわが一度は見込んだ者どもじゃ、この程度で死ぬわけはなかろう。
されども充分な手傷を負わせたはず。
軍すべての兵力を使って奇襲をかけよ、一人残らず殺すのじゃ」
娼婦のような絡んだ声で、モンスター軍リーダー・ギャラックは指示した。
そして自身も翼を広げ、コロシアムの残骸に向かって飛び立った。
緋の双眸(そうぼう)に映されたそれは、わななくように破壊の余韻を残していた。
▲ 5 ▼
とっさの判断でテミと共に瓦礫の隙間へ潜り込んだブロントは、奇跡的に無傷であった。
テミの方は……読者のご想像にお任せしたい。
ちなみに、テミが縛られていた椅子は粉々に砕けてしまっている。
二人は死にこそしなかったものの、四方を瓦礫にふさがれ出ることができなかった。
「明かりがない……真っ暗……暗いよ怖いよブロント君〜〜」
「はっはっは、何言ってんだテミ」
ブロントはテミを優しく抱き寄せて、甘い声でそっとささやいた。
「僕たちの胸の中には激しく愛の炎が燃えているじゃないか」
「ブロント君っvvv」
二人の周りを桃色ビジョンが取り巻き、テミの傷は見る見るうちに癒された。
さらに愛の炎が辺りを照らし、二人の周りはネオン街のように明るくなった。
「さて、これからどうしようかな。
そういえばクロウとティンク、無事なのかなあ?」
*
天井の落下にいち早く気付いたクロウは、地下への階段へと滑り込んでいた。
たいまつに火をつけるクロウの背中には、なぜかティンクがくっついていた。
「誰かにくっついてれば助かると思ったんすけど、なんでよりによって白髪野郎なんっすか?」
「ガタガタ言うな、虫ケラドチビ」
悪態をついたクロウの脳天に、メテオの書のカドが炸裂した。
「ってえ……。何するんだチビ!」
「チビって言うな! 人の悪口言う人はサイテーっす!」
「悪口なら貴様の方が先に白髪と言っただろう!?
助けられた分際ででかい口を叩くな!!」
「へーんだ! あたちは自分の力で勝手に助かったっす!
白髪のネクラ野郎なんかに助けてもらった覚えはないっす!」
「はんっ! 俺がいなければ貴様は確実に死んでただろう!?
言うなれば俺は貴様の命の恩人なのだから感謝されたっていいはずだぞ!!」
「よく言うっす! 恩着せがましくて嫌なヤツっすね!
そんなに恩を着せたいなら命懸けてでもあたちを守るくらいしないと駄目っす!」
「誰が命懸けてまで貴様なんか守るかチビクソアマ――――!!」
「陰険白髪ネギ野郎――――――!!!」

「「ガァ――――――――――――!!!!」」
口ゲンカがヒートアップして最終的には謎の叫びへとなっていた。
二人は疲れて座り込んだ。
「フン……情けないな……
相思相愛だと思っていたテミに裏切られ、グレた俺はエリート社会から弾かれ、
錆び付いた自尊心は平民たちから敬遠され、最後に信じた魔物たちも俺を裏切り……
結局、俺の居場所はどこにもなかったわけだ」
クロウの口から細いため息が漏れた。
たいまつの火がゆらめき、クロウの長い影をふるわせた。
「それは……違うと思うっす」
ティンクがおずおずと口を開いた。
「クロ兄は、逃げてるだけっす……
自分のことしか考えなくて、人を思いやることを忘れてたんだと思うっす……
あたちも……これでけっこうみんなから嫌われた身っすから、なんとなく分かるっす……」
クロウが再びため息をついた。
「言うな。分かってるさ、そんなこと。
テミが降りてきてブロントが帰ろうと言った時、俺はビデオのことを真っ先に言った。
ジルバズーカですら、テミのケガの心配をしたっていうのにな……
愚かだな俺は……相手の心配もしないで、何が愛するテミだ……」
クロウはそれっきり黙ってうつむいた。
たいまつの炎だけがちらちらと揺らぎ、クロウもティンクもただ物憂げに顔を伏せていた。
その時、二人のいる空間に何者かが侵入する気配を感じた。
▲ 6 ▼
「っ!!」
とっさに抜いたミスリルの剣が鉄の斧を受け止めて火花を散らした。
クロウの眼前で切り結ぶふたつの武器、その向こう側にオーガーのいかつい顔面があった。
「ご苦労なことだ……わざわざ殺しに来てくれるとはな。
いや……それとも殺されに来たか?」
クロウの体がふわりとオーガーの死角をくぐり抜けると、オーガーの腹は大きく裂けた。
血を吸ったミスリルを構えなおすと、クロウの眼光はそこにある全ての気配をなぞった。
「軍全体の約半分が集まっているな……とすると残りの半分はブロントの方か?
まあいい、かかってくるものは全て殺すだけだ。
おいチビ、貴様は戦えるのか?」
「メテオの書をブロ兄に封印されてるっす。
それとチビって言うなっす!」
言いながらもティンクは、書を閉じたまま構えてクロウの横に並んだ。
恐らくは直接打撃で戦おうという腹づもりなのだろう。
「フン、とりあえずは自分の身さえ守っておけばいい。
流れ矢に当たっていつの間にか死んでいた、なんてオチのないようにするんだな!」
言い終わるが早いか、クロウは気配のど真ん中へと突っ込んでいった。
暗がりに潜んでいたモンスターたちが、一斉に四方から襲い掛かった。
そして気付いた時には、再び四方へ鮮血と共に飛び散っていた。
「あれは……ブロ兄と同じ技っす!」
それは古代遺跡でブロントが見せた、キラースネークを一掃した技そのものであった。
クロウは一分の隙も見せず、散った敵に追い討ちをかけていった。
オーガーの腹が裂け、ゴブリンの首が飛び、スライムは粉々に砕け散り、
ジャガイモは八等分、ニンジンは乱切り、タマネギをスライスしてよーく炒め、
「ナベに入れてルーを入れて煮込んだらおいしいカレーの出来上がり……
って何をやらすんだボケがーっ!!」
「大変っす! ご飯を炊くのを忘れてたっす!」
「何やってるんだ、カレーは一日寝かせてから食べる方が何倍もうまいんだぞ!
ああっ違う違う違う! 一体どうした俺の思考回路ーっ!!」
「クロ兄落ち着くっす! そういう時はヒッヒッフーっす!」
「それは妊婦のやるラマーズ法だろうが!!
違う、どうした俺、いつもの冷静な俺に戻れこんちくしょう!!」
思わず剣を投げ捨ててクロウは頭を抱え込んだ。
恐らくはブロントの持つ強大なギャグ思念に感染したのだろう、いやそう思いたい。
「くっ……!?」
不意に放たれた矢に対して、クロウはパラディンとしての直感で難なく身をひるがえした。
「ちく……しょう!!」
かわしてから気付いた。
「バカチビ助がっ!!」
▲ 7 ▼
かわしたトルソーに取り残された右腕が、ティンクまでのそれの通り道をふさいだ。
「クロ兄……!」
クロウはくっ、と小さく呻いて、そのまま矢の放たれた方向へ向き直った。
そこには未だ三体のゴブリンがいた。
「クロ兄……手……ああ、そんな……!」
回復の杖は無意味、クロウの右手はもはや回復というレベルでは意味を成さない。
「剣士の命懸けてまでして守ってやったぞ、チビ助。
これで貴様は俺に恩ができた、よってひとつ言うことを聞け。
まっすぐ逃げて、ブロントと合流しろ、以上だ」
「そんなの!!」
ゴブリンから二本目の矢が放たれた。
無価値となった右腕が盾となり、より見るに耐えない姿になった。
「俺が囮になってやる。貴様はただ逃げれば良い。
少々名残惜しいがな……ここでお別れだ、ティンク」
クロウが雄たけびを上げ残った拳を振り上げ、ゴブリンに突進していった。
三匹のゴブリンから弓矢の集中砲火が放たれた。
「また……逃げるなんて、逃がしはしないっすよ!!」
メテオの書に貼られたテープが、勢いよく引きちぎられた。
*
「下々の者がわらわにたてつくなど、本来なら無礼不躾極まりないものぞ」
瓦礫の上でギャラックとブロントは数度の切り合いを行い、現在間を取って硬直している。
全力が拮抗しているのではない、互いに本気を出していない。
彼らは待っているのだ。
「やる気がないのなら、二人仲良く天国へ行けばよいものを」
「悪いね、僕とテミは一緒に天国へは行けない」
「えっ? えっ? 一体どうして?」
ブロントはテミを抱き寄せると、甘い声でささやいた。
「僕たちが天国にいると、平和な天国がジェラシーにあふれてしまうだろ?」
「ブロント君っvvv」
展開される桃色ワールド、その光が辺りに広がり、瓦礫の奥まで届いていった。
そしてその光に導かれ、地の底から真打ちが登ってきた。
「遅かったじゃん、クロウ」
「すまなかったな、新しい右腕を使いこなすのに手間取ってしまった」
そう言ってクロウは、『新しい右腕』を見せた。
メテオの書を抱えたティンクが、ギャラックに向けてまっすぐに厳しい視線を当てていた。
▲ 8 ▼
ギャラックはクロウの姿を見て一瞬呆然とし、それから早口に冷ややかな嘲笑を浴びせた。
「おおおクロウ、あなた、なんという姿をしていらっしゃるの?
あなたはわらわが砕くつもりだったものを、よもや剣まで握れなくなっていようとは、
あああなんということ、あまりわらわに恥をかかせないでおくれ?
わらわがあなたの力を見込んだというのに、ああそれなのにあなたが……」
「下品な声で騒ぐな、腐ったヒキガエル」
クロウの研ぎ澄まされた言の刃(コトノハ)が、ギャラックの言葉を一閃した。
人間からすれば表情の分かりにくいギャラックの碧の顔が、見る見る表情を変えていった。
「げ、ひん、だと……? ひ、ひき、ひきがえる、だと……!?
きさ、あ、な、た、このわわわわらわをぐ、ぐ、愚弄するつもりか?
あなた、か、片腕の分際で、よ、よ、よくもわらわを愚弄できる……」
「ああ、悪いが俺は片腕じゃない、こいつが俺の右腕だ」
クロウがぽんと頭を叩くと、ティンクはメテオの呪文を詠唱を始めた。
見る間に空中に巨大なメテオが飛来し、そしてギャラックめがけて轟音うならせ落下した。
そしてそれはギャラックに届く前に、ふたつに割れて消え去った。
「笑止! このわらわが、このような子供だましの技に倒れるとでも?
片腹痛い、あまりわらわを失望させてくれるな!」
「ふん、これは確かに失礼したな。次は本気で行く」
ティンクがうなずいて再びメテオの詠唱を行い、新しいメテオを召喚した。
そしてクロウは左手に、美しい彫刻の施された真っ白い杖を握った。
それは優れた効果適用範囲を持ちながら、自身を回復できないという致命的な欠点により
欠陥品と呼ばれる聖なる魔杖、遠回復の杖。
「パラディン、すなわち聖騎士とは、
鍛え抜かれた優れた剣術と身体能力に加え、魔力による自然治癒力の強化、
さらには筋組織の増強、一時的変化をももたらす力を持つものの称号。
俺は遠回復の杖を媒体にし、パラディンの力をメテオに付加する!」
遠回復の杖から白い光が発せられ、それが真上のメテオに当たった。
真っ黒かったメテオはパラディンの力を吸収し、白く輝く神々しい姿へと変貌を遂げた。
「あたちもクロ兄も、一人では弱くて頼りない存在っす。
でも、こうやって力を合わせれば、あたちたちは誰にも負けないっす!」
クロウとティンクが同時に指をさすと、白いメテオは美しい余韻を引いて急降下した。

「「ホワイトメテオ!!」」
メテオが地上に触れる寸前、一瞬無音のプレリュードが流れた。
その後は白い衝撃波のリングが広がり、一面に轟音のヴェールが覆いかぶさった。
ギャラックは一旦堪えたが、すぐにコロシアムの残骸と共に砂と散った。
ホワイトメテオはあくまで美しく、鈴の音のような余韻を残して溶けるように広がり消え、
後には青空が広がっていた。
「ハンバーグに黒いデミグラスソースでなく白いマヨネーズを。
これこそが、真のマヨネーズ好きの証……」
クロウとテミの側刀ツッコミが、同時にブロントの顔面にヒットした。
▲ 9 ▼
「で、ごれがら"二人はどうずる"づもりな"んだい?」
鼻に大量のティッシュを詰めたブロントが、クロウとティンクにたずねた。
「さあな。俺にも分からん。
ただ貴様とは違う方向だということは、確かであろう?」
クロウがフンと鼻で笑うと、ブロントもフンと鼻栓を飛ばした。
「あたちは、クロ兄についていくっす」
そう言ってティンクは、クロウのマントをきゅっと握った。
「ブロント、こいつを貴様に預けておく」
クロウはミスリルの剣を差し出した。
「いいのかい?」
「構わん。どうせ今の俺には使えぬのだ。
それに、俺にはこいつがいるしな」
クロウが微笑みかけると、ティンクはにっと笑顔を見せた。
「分かった。大事に使わせてもらうよ」
ブロントはミスリルの剣を受け取って、腰に携えた。
「それじゃあ、僕たちもう行くよ。またね」
「クロウ君、ティンクちゃん、元気でね」
ブロントとテミは北の方へ去っていった。
後にはクロウとティンクと、爽やかな青空だけが残った。
「これから、ずっと、一緒にいられるっすか?」
クロウのマントの間から、ティンクが上目遣いに訪ねた。
「ずっと一緒にいてもらわねば困る」
クロウは左腕でティンクを抱え上げた。
「おまえには俺の右手代わりになってもらわねばならないし、
それに、口がふたつなければキスはできまい」
クロウの唇がティンクの唇に重なった。
ティンクは耳まで真っ赤になってすねた。
「……ばかっ」
そっぽを向いたティンクにクロウはもう一度口づけをすると、
雲の消えた絶え間ない青空を眺め、しっかりとした足取りで歩み出した。
〜コロシアムClear!〜
▲ 10 ▼
(わらわは……死ぬのか……このまま……)
ホワイトメテオをまともに喰らったギャラックの体は砂と化し、今まさに意識が消えようとしていた。
『死んじゃうのかい? だらしないなあギャラック……』
ふわふわと空虚の中を漂っていたギャラックの意識に、ひとつの声が届いた。
「……魔王……様……?」
ギャラックのおぼろげな視界の中に、無垢な顔で笑う魔王の姿が捉えられた。
『死んじゃあダメだよギャラック、残される僕はどうなるのさ?』
優しく笑う魔王の影が、ギャラックの頬をそっとなでた。
「魔王様……魔王様は、わらわを……」
『うん、好きだよ、ギャラック』
魔王の唇がギャラックの唇に重なった。
肉体の消え失せたギャラックのシナップスに、それはとても甘く切なく広がった。
「魔王様……わらわは、あなたのためにこの命を捧げます……」
『うん……ありがとう、ギャラック……
君は生きなきゃダメだ……僕と一緒に……僕のために……
生きて、生き残って、僕の大事な道具となるんだ』
魔王がギャラックの額をなでると、うつろとなったギャラックに新しい肉体がまとわれた。
魔王はにこりと微笑んで、とろんとした目のギャラックを抱きしめた。
『愛してるよギャラック……愛してる……
だから僕のモノになれギャラック……ブロントたちから僕を守る、丈夫な盾に……
▲1
▲2
▲3
▲4
▲5
▲6
▲7
▲8
▲9
▲10
第6ステージ 峡谷
目次
小説一覧
トップ