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段ボール箱から抱き上げられた猫は、抱き上げた主を見た。
くせ毛の男だった。
その後ろに、金髪にサングラスの外国人が立っていた。
くせ毛の男は理依渡を見て、にこりと八重歯を見せた。

「怖がらなくていいよ、猫ちゃん。
ボクらは君の仲間だ」


   *


いつの間にか、花澄の意識が途切れていた。
花澄はうっすらと目を開けると、古びた天井がぼんやり見えた。
鈍った感覚の中で、花澄の額に何かが当たっていた。

理依渡がなめていた。

冷や汗を噴き出した花澄の額を、理依渡はなめ続けていた。
理依渡は花澄が目を開けたのに気づいて、なめるのをやめて花澄と目を合わせた。
枕に前足を乗せて、心配そうにくっつきそうなほど顔を寄せた。
花澄は口をちょっとだけ開けてかすれ声をひり出した。

「理依渡」

理依渡は頭を下げて、花澄のあごの方へ移動した。
湿ったのど元へ身を滑らせて、理依渡の毛が汗をぬぐった。
理依渡はあごの上から花澄の目へ黄金の視線を送った。
花澄は布団の中から手を引き上げて、理依渡に置いてなでた。
理依渡は顔を上げて目を閉じた。
手のほてりが、理依渡の背中に伝わった。

「ずっとなめててくれてたの」

花澄は理依渡に問いかけた。
理依渡は顔を下ろして花澄を見つめ、それからこくりとうなずいた。
花澄はさみしそうに微笑んで、両手で理依渡を優しく抱きしめた。
そのままごろりと寝返りを打って、理依渡とまっすぐ向き合った。
花澄は理依渡に顔を寄せてつぶやいた。

「ありがとう、理依渡」

理依渡は黄金の瞳で花澄を見つめた。
花澄は微笑んで、指先で理依渡の顔をちょこちょことなでた。
理依渡はその指を前足でつかんで、ちろちろとなめた。
花澄の口から声が漏れた。

「やーだ、理依渡」

花澄は理依渡を引っぺがした。
理依渡は枕の横に置かれて、花澄を見つめた。
花澄も理依渡を見つめた。
花澄は理依渡の背中をなでながら、心なしか沈んだ声で理依渡に喋った。

「疲れたでしょ。
あたしが寝てる間、ずっと世話してくれて。
朝からなんにも食べてないのに。
ごめんね、理依渡」

花澄が喋っている間、理依渡はずっと花澄を見つめていた。
花澄が最後の言葉を言い終えると、理依渡は顔を上げてにゃあと鳴き声を上げた。
花澄は微笑んだ。

玄関の鍵が開く音が聞こえた。
理依渡はその方向に振り返った。
扉の開く音が聞こえて、外気の流れと共に誰かが入ってきた。
手にビニール袋を持っているらしい音も聞こえた。
理依渡は玄関の方へひょこひょこと歩いていった。
その理依渡が玄関へ着く間もなく、花澄の視界に来訪者が現れた。
ジーパンの上の長袖の上の八重歯が笑いかけた。
雷牙だった。

雷牙は布団の横に腰を下ろして、手にさげていたビニール袋をほっぽりだした。
花澄は上半身を起こして、むすっとした顔で雷牙をにらみつけた。
雷牙はにんやりと八重歯を見せて言った。

「具合はどう、花澄」

雷牙の顔面に花澄のグーがめり込んだ。
雷牙は鼻を押さえて倒れ込んだ。
花澄は怒りの炎をたぎらせて、視線と共に雷牙に言葉を降りかけた。

「いつの間に合い鍵つくりやがった、このボケカス」

雷牙は片手で鼻を押さえたまま、もう片方の手を広げて堪忍してくれの意を表した。
花澄は布団の中から足を引っ張り出すと、その手を思い切り踏んづけた。

「ふぎゃ」

雷牙は短くうめいて足をばたつかせた。
花澄は素早く雷牙の背中に乗った。
それから雷牙の首に腕を回すと、思い切り引っ張ってエビ反らせた。
プロレス技でいうところのキャメルクラッチである。
雷牙ののどから本当にヤバそうなうめき声があふれた。

「がっ、花澄、ギブギブ、ぐあー」

雷牙の両手がむなしく宙を舞った。
少し離れた場所で、理依渡がその様子を見つめたまま固まっていた。
雷牙の声が聞こえなくなったところで、花澄はようやく腕をゆるめた。
雷牙の頭は畳の上に落っこちて、ぜえぜえと荒い息をした。

「死ぬかと思った、マジで」

花澄は構わず雷牙のポケットを探って、自身の部屋の合い鍵を奪った。
理依渡が恐る恐る近づいて、死にかけの雷牙の顔をのぞき込んだ。
生気のうせた雷牙の口から、かすかに「理依渡ー」と声が漏れた。
花澄は雷牙が持ってきた袋の中身を確認した。
腹痛止めの薬が入っていた。

「薬持ってきてくれたのね、助かるわ」
「花澄、もうなんか元気そうだけど」
「とんでもない」

花澄は布団の中に戻った。

「あんたのせいでまた一段とひどくなったわよ」

雷牙はのろのろと体を起こして花澄の顔を見た。
花澄は雷牙から顔を反らし気味だったが、それでもつらそうなのが見てとれた。
冗談ではないようだ。
雷牙はため息をつくように鼻で笑った。
それから立ち上がって、台所へ行きかけた。
そこで花澄が雷牙の方を向いて呼び止めた。

「雷牙。
あたしはいいからさ、理依渡にご飯食べさせてあげて。
朝から何も食べてないの」

雷牙は振り返って花澄を見て、それから理依渡に視線を向けた。
理依渡は黄金の瞳で雷牙を見ていた。
雷牙は腰を下ろして理依渡をなでた。
それから口を開いた。

「理依渡は食べないよ」

雷牙は花澄に目をやって、八重歯を見せて喋った。
理依渡は目を閉じて背すじを伸ばして、雷牙の手を受け入れていた。

「誰かと一緒じゃないと食べないとかじゃないんだ。
理依渡は花澄を心配してる。
だから食べないよ。
花澄が治るまで、理依渡は絶対に食べない」

花澄はぽかんとした顔で雷牙を見つめた。
それからいぶかしげに言った。

「なんで分かるのよ」
「似たもの同士だから」

雷牙はにっと八重歯を見せて言った。
花澄ははーあと長いため息をついた。
雷牙は理依渡から手を放して立ち上がった。
それから再び台所に行きかけたところで、花澄に呼び止められた。

「雷牙」

振り向いた雷牙の額に、何かが当たった。
雷牙は驚いて、両手でそれを押さえた。
合い鍵だった。
花澄の声がかかった。

「持ってなさいよ。
あたしに何かあると、理依渡が困るから」

雷牙は花澄を見つめて、それからにっと八重歯を見せて了解と言った。
それから台所の方へ向き直ると、花澄の怒声が飛んだ。

「言っとくけど、今回の元凶は全部あんたなんだからね」

理依渡は雷牙の様子を見つめていた。
雷牙が台所に消えると、両手の上に頭を置いて丸まった。
それからあくびをひとつすると、理依渡は目を閉じてまどろんだ。









第8話

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