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地元の公立大学に落ちた日、雷牙は花澄をさんざんバカにした。
八重歯を見せてけらけらと、それはもう楽しそうに。
その後雷牙は殴られた。
受験前に花澄がハマったゲームは、それから雷牙の元に返された。


   *


日はとっぷりと暮れて、夜になった。
理依渡以外は誰もいない畳部屋で、花澄はくるくる歩き回りながら息まいた。

「さあ、夕飯も済ませた、お風呂も入ってきた、洗濯もした。
思いっきり気合い入れて、今日一日でレポート全部終わらせるわよ。
そしたら京都で」

花澄は立ち止まった。
雷牙が最後に言った言葉が、花澄の口先でリピートされた。

「君のど真ん中を、最高級八つ橋で埋めてあげる」

花澄の体が、ゆっくりゆっくりと傾きだした。
畳との角度が九十度から小さくなっていくにつれて、蛍光灯が作る花澄の影は濃くなった。
そしてその影の中に、理依渡がいた。
理依渡は慌てて逃げようともがいた。
間に合うスピードではなかった。
理依渡が潰される寸前、花澄はギリギリ受け身をとった。

「あ、危なかった。
思い出しただけでまた昇天するとこだった」

花澄は理依渡に謝って、すっくと立ち上がった。
それから部屋の隅に置いたカバンから、レポート用紙と資料を取り出した。
それを部屋の外にあるダイニングテーブルまで運びながら、花澄は続けた。

「課題レポートみっつは楽な量じゃないけど、やってやれない量じゃないのよ。
それこそ徹夜でもすれば、ひと晩で終わるわ」

テーブルの上に運び終えると、花澄は冷蔵庫を開けた。
スカスカの冷蔵庫の中に、いつ買ったか覚えていない栄養ドリンクが転がっていた。
花澄はフタをねじろうとして、思い直して後ろを振り向いた。
部屋の入り口で、理依渡が黄金の視線を向けていた。
花澄は少し考えた。
それから、理依渡に尋ねた。

「あんたもしかして、あたしが寝るまで寝ないつもりじゃないでしょうね」

理依渡は答えずに、黄金の視線を向け続けていた。
花澄は右手でひたいを押さえて、左手で栄養ドリンクを元の場所に戻した。
それから花澄は席について、ため息混じりに理依渡に声をかけた。

「無理しない程度に頑張るわ」

花澄はそれから、レポートに取りかかった。

静かな部屋に、テーブルの隅の秒針は途切れることなく響き続けた。
一方で花澄の持つペンの音は、少し響いてはすぐに止まるを繰り返していた。
文字はなかなか増えなかった。
ただ、花澄のみけんにしわが増えていた。
理依渡はずっとその様子を見ていた。
やがて花澄は本日何度目かのあくびをすると、がたりと音を立てて立ち上がった。

「ダメ、全然はかどらない。
構造式とか意味不明だし、昼間に調子乗ってバレーではしゃぎすぎた」

花澄はそれから理依渡に目を向けた。
理依渡は同じ場所で、花澄に同じ視線を向けていた。
花澄はしょぼくれたように口をすぼめて、それから冷蔵庫に手をかけながら言った。

「理依渡には悪いけど、もう少し頑張らせてもらうからね」

花澄の右手に、ペットボトルのコーヒーが収まった。
花澄はそれをぐびぐび飲んでから続けた。

「ゴールデンウィークは水曜日、あさってから始まるんだもの。
今日中にせめてひとつは終わらせないと、間違いなく休みに食い込む」

花澄は再び、ペンを取った。

時間はどんどん過ぎていった。
花澄はひたすらレポートを前にしていた。
時計の長針が一回転するたびに、あくびの頻度は増えていった。
それとは逆に、ペンが走る頻度は減る一方だった。
コーヒーはいつの間にか飲みきった。
花澄のまぶたが、じわりじわりと重みを増した。
あらがうことはできなかった。
花澄の意識は、徐々に引っ張られた。
ペンは完全に沈黙した。
そして花澄も、同様に沈黙した。

その一部始終を、理依渡は見ていた。



窓から射した斜めの日差しが、花澄の後頭部を照らした。
自身の腕の中に沈んでいた顔が動いて、眼鏡が取り残された。
花澄の意識が、戻ってきた。

花澄は頭を上げた。
朝日がまぶしく飛び込んで、花澄は開けかけた目を細めた。
花澄はしばらくぼう然とした。
それから、取り残された眼鏡をつかんでかけ直した。
秒針は変わらず規則的に鳴っていた。
花澄は左手で頭を押さえて、右手で時計をつかんだ。
時計は六時半を指していた。
花澄は視線を落とした。
腕の下だったやりかけのレポートは、変わらずやりかけだった。
花澄はゆるゆると立ち上がった。

そのとき、花澄の背中から何かがふさりと落ちた。
花澄は振り返って確認した。
かけ布団だった。

花澄は一瞬、畳部屋の入り口を見た。
そこに理依渡はいなかった。
花澄は思い直して、玄関の方を見た。
それから、床に落ちた布団を拾った。

そのとき、花澄は気づいた。
布団の端が、へこんで穴が開いてボロボロになっていた。
それは歯形だった。
人間よりも、小さくて鋭い歯形だった。
歯形はたくさんあった。
そしてその中に、黒ずんだ赤い跡が少なからず混じっていた。

花澄は布団を取り落とした。
そしてそれには気も向かず、花澄は畳部屋へ飛び込んだ。
部屋には、物がほとんどなかった。
四隅の方にちょっと固めてあるだけだった。
理依渡は入り口から最も遠い隅にいた。
背中を向けていた。

「理依渡」

花澄は理依渡に駆け寄った。
花澄が抱き上げようとすると、理依渡は身をよじらせて抵抗した。
花澄は構わず抱き上げて、顔をこちら側に向けさせた。
理依渡は口をつぐんで、うとむような目つきを見せた。
花澄は理依渡の口に指を当てて呼びかけた。

「理依渡、口開けなさい」

理依渡は顔をそむけてこばんだ。
花澄は無理やりに理依渡の口をこじ開けた。

その口は、血にまみれていた。

花澄は思わず息をのんで、そして叫んだ。

「バカ理依渡っ」









第10話

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