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桜の花びらをくぐって、雷牙は大学の入学式にやってきた。
そこで他の新入生と同じように、サークル勧誘のビラにうずもれた。
その中にあった一文に、雷牙の心が奪われた。

「つながりまゆげ研究会は、つながりまゆげを研究する会です」


   *


雷牙は目の痛みを振り払って周りを確認した。
彩乃はキャリーバッグを持って、元いた方向を向いて駆け出した。
雷牙は意識が花澄に残って、行動が一歩浅かった。
彩乃の体は止めようとした雷牙の脇をすり抜けて、素早く左肩にリュックをかけた。
そしてそのまま逃走にかかった。

雷牙は彩乃の背中へ視線を走らせた。
そしてその視線を戻しかけたときに、花澄の声が響いた。

「理依渡を取り返してええ」

雷牙の体が、弓なりに飛び出した。

道は住宅の塀に沿ってゆるやかに左へ曲がり、わずかに下り坂になっていた。
彩乃はインラインスケートを蹴り出して、ぐんぐんと加速していた。
その手に揺れるキャリーバッグを見すえて、雷牙は大きな歩幅で走った。
雷牙の方がわずかに速かった。
塀の模様を順々に行き過ごしながら、二人の距離はどんどん縮まっていった。
そして雷牙のリーチにキャリーバッグが届こうとしたとき、塀が途切れて小道が現れた。

雷牙は手を伸ばした。
それがキャリーバッグに触れるより早く、彩乃のスピードは左に切れていた。
彩乃は左右をコンクリートで挟まれた細い小道に吸い込まれていった。
雷牙は大地を斜めに蹴った。
トップスピードをそのまま方向転換させて、雷牙も小道に入っていった。
そのときにはもう、彩乃の手からビービー弾がまかれていた。
ビービー弾がはねる音が、やけに大きく響いた。

雷牙はスピードを殺し損ねた。
敷き詰められたビービー弾を踏みつけて、雷牙の体は宙に浮いた。
彩乃が振り返って、雷牙と一瞬目が合った。
その雷牙の視界は一気に回転して、そして漆黒の地面が接近した。
雷牙の顔面が、アスファルトに叩きつけられた。

彩乃は一瞬、加速をやめた。
遠ざかる後方に視線を固定して、うつ伏せで動きを止めた雷牙を見つめた。
それから彩乃は前を向いて、再び加速を始めた。

小道を抜けて、コンクリートが途切れた。
小道はやや広い片道一車線の道路に突き当たった。
その正面は、ガードレールをはさんで垂直に切り下げられていた。
真下には巨大な公園の森林が敷き詰めて、視界が青く広がっていた。

彩乃はその道に出た。
道は右に下っていた。
十数秒おきに来る車の行き交いをかわしながら、彩乃は坂道を下っていった。
そのとき後方から、バイクの爆音が接近した。

彩乃はそれを認識して、キャリーバッグを抱え込んだ。
バイクは彩乃をかすめた。
彩乃は素早く反対車線に身をひるがえした。
バイクは彩乃を追い抜いて、進路をふさぐように停止した。
バイクには二人の人間が乗っていた。
フルフェイスの彼らに対して、彩乃は尋ねた。

「あなた、何者」

運転していた側の男が、ヘルメットのシールドを上げた。
西洋系の輪郭をした黒い瞳が、彩乃を見すえて言った。

「ジョナサン・メイプルウッド。
雷牙のダチだ」

後ろに座っていた女が、ヘルメットを外した。
花澄だった。
花澄は彩乃に問いかけた。

「雷牙はどこなのっ」

彩乃はその顔を見つめた。
それから来た道を指さして言った。

「あっちの細い道で転ばせたら、頭打って動かなくなっちゃったよ」

そして彩乃は、一気に踏み切ってスケートを走らせた。
花澄が半分降りかけたまま止まっていて、バイクの発進が遅れた。
ジョナサンは花澄に呼びかけた。

「おまえは雷牙のところへ行け。
ヤツはオレが追うから」

花澄は我に返って、うなずきながらバイクを降りた。
駆け出す花澄をミラーで見ながら、ジョナサンはシールドを下ろしてバイクを発進させた。

道は左右にくねりだした。
徐々にせり上がる林の先端を左側に見ながら、ジョナサンは彩乃を追いかけた。
ヘルメットが切り取る視界は、カーブのたびにぐらぐら揺れた。
ジョナサンは距離を詰めた。
そして手を伸ばそうとすると、都合悪くカーブや対向車が現れた。
これが繰り返されて、なかなかあと一歩が決まらなかった。
そのとき坂道の終わりで、信号が赤に変わった。
前方の車が、順々にブレーキランプを点灯させた。
二人がそれを確認した瞬間、彩乃の体は左へ跳んだ。

ジョナサンはブレーキを切った。
彩乃はすでにガードレールを踏み越えていた。
落下の途中で彩乃が振り返ると、シールドを上げたジョナサンと目が合った。
ジョナサンの舌打ちが、彩乃の耳にも届いた。
彩乃はそのまま落下した。
高低差が、彩乃の体を隠した。

林の周囲には、アスファルトで固められた遊歩道が取り巻いていた。
彩乃はそこに着地した。
ずり落ちたリュックを肩にかけ直して、右手でキャリーバッグをしっかりと握った。
彩乃は、ひとつ大きく息を吐いた。
それから坂道を載せたコンクリートを左手に見て、スケートを走らせ始めた。
赤信号に引っかかったジョナサンは、バイクを捨てない限りすぐにここには来られなかった。
彩乃はくねったコンクリートに沿って、林の中へ伸びる分かれ道はまったく無視して進んだ。
林を透かす太陽光が、道なりに降り注いでいた。
いくばくか進んだところで、コンクリートの壁にぽっかりとトンネルが開いた。
彩乃はそこへ入っていった。

トンネルを抜けた先は、マンションの並ぶ住宅地になっていた。
彩乃は複雑な道すじを、警戒しながら走っていった。
誰かが追ってくる気配は、なかった。
彩乃のスケートが回る音以外は、どこかでボールがはねる音くらいしか聞こえなかった。
彩乃はそのままジグザグに走り続けた。
車の行き交う音が、徐々に近づいた。
彩乃はちらりと辺りを確認した。
それから思い切って、住宅地の外へ足を向けた。

視界が急に開けた。
広い交差点があった。
それに面した歩道に、彩乃は着地した。

そして男が、手を伸ばした。

彩乃はとっさに右腕でキャリーバッグを抱え込んだ。
男の手はそのまま動いてリュックを握った。
彩乃が振りほどくより強く、左腕からリュックが引きはがされた。

彩乃はガードレールを背にして男の姿を見た。
男は額から血を流していた。
その額の上には、黒いくせ毛が載っていた。
そして血の流れた軌跡の先端で、八重歯が笑っていた。

雷牙の声と眼光が、彩乃を突いた。

「鬼ごっこは終わりにしようか、トムボーイ(おてんば娘)」









第13話

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