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Ib[アイビー]
ナチュラルキメラ‐3

「これはテレビ番組にも取り上げられた逸話なんだがな」

人気のない裏路地まで来たところで、ドクロピアスの男は口を開いた。
恭介は、男の背中を見ながら聞いた。
大輝に対してついて来るなと自分から言った恭介に、男は振り返ることもなく続けた。

「産まれたばかりの赤ん坊がな、親子関係が出なかったそうだ。
父親じゃなく、腹を痛めて産んだはずの実の母親とな。
いったい何が起こったのか、真相を究明するべく検査したところ驚くべき事実が分かった。
その母親は、『卵巣だけが他の組織と異なる遺伝子を保有』していた」

男はそこで振り返った。
ぴくりと口を結ぶ恭介に、男は隠れた瞳を向けながら述べた。

「ひとつの体に、異なる遺伝子を保有する細胞が混在する個体。
そういう存在が生物学において、キメラと呼ばれる」

二人はそれから、沈黙した。

イチョウの葉が一枚、風に乗って裏路地の中に紛れ込んだ。
ややあって、恭介が口を開いた。

「ボクがあなたについて来たのは、あなたがボクの行為について知っているような口ぶりをしたからです。
キメラと言いましたか。
その話が、ボクとどう関係があるんですか」

男は、野球帽のひさし越しに恭介の体をながめた。
恭介の右手が、小刻みに震えていた。
男は頭の動きでひさしを下げると、話を続けた。

「ヒトキメラは通常、妊娠の過程で発生する。
二卵性双生児の血液幹細胞が、これは血球を生成する細胞だが、
これが胎盤を通じて交換された血液キメラが、観測数は最も多い。
その他、胎児と母体、胎児と胎児で細胞の交換や部分的な融合があれば、キメラになるな。
その中で受精卵の完全融合、すなわち二卵性双生児が完全にひとつの個体として混ざり合うのが、
真のヒトキメラと呼ばれる」

そして男は、顔を上げた。

「おまえは真のヒトキメラだ、藤代恭介」

風が流れた。
恭介は男をにらんだ。
右手はずっと震えていて、背中に嫌な汗が流れた。
恭介は、それから渇いた口を開いた。

「それが、自傷癖と何か関係があるんですか」

男は瞳を恭介に見せた。
その目は、ライオンのような印象を与えた。
それから男は、視線を外しながら返した。

「普通は関係ないだろうな。
ただ、おまえは普通じゃない」

男は、あごに手を当ててみせた。
それから、独り言のように続けた。

「勝手に調べて悪いんだが、おまえの両親、五年前に離婚してるよな」

恭介はびくりと震えた。
男は、それに反応を見せずに続けた。

「三日前におまえと接触した際、オレはおまえから頭髪と血液を採取した。
ひとつはおまえが、間違いなくキメラであるという確証を得るため。
事実頭髪と血液は、異なる遺伝子型を持っていた」

それから男は、あごにあった手を腰に置いた。
視線だけは恭介に合わせない振りをしながら、男は喋った。

「ただな、それだけじゃないんだ。
オレはある疑念があって、おまえの父親との親子関係を調べてみた。
結果は、半分だ。
採取したサンプルのうち、おまえの父親と親子関係が出たのは半分、片方だけだった」

「もういい」

恭介がつぶやいた。
男は、ちらりと視線をやった。
恭介はうつむき加減で、その右手はがくがくと震えていた。
男は、そして喋るのはやめなかった。

「話は戻るが、両親の離婚は母親の浮気が原因だよな。
なんでも十年以上、おまえが産まれる前からの付き合いだったそうじゃないか」

「やめろ」

さっきより強く、恭介は言った。
右手は狂ったように震え続けた。
男は、喋り続けた。

「オレはその浮気相手と接触した。
サンプルを採取して、おまえとの親子関係を調べた。
オレの疑念は当たった。
藤代恭介、すなわちおまえは」

「やめろおおお!」

震えていた右手が、ポケットから凶器をつかみ出した。
滑り出したカッターの刃は、大きく振り上げられて攻撃対象に向かった。
男でなく、右手が攻撃対象とするその最も致命的な箇所。
恭介の心臓に向かって、カッターは振り下ろされた。

その刃が胸を突く前に、男がその手を押さえた。
恭介の視線が、男の視線とぶつかった。
凍てつくような男の視線が、恭介の視線を殺した。
二人の間で、カッターナイフは揺れ動いた。
その手をがっちりと固定しながら、男は言葉を結んだ。

「おまえは実の父親の子と、浮気相手の子とのキメラだ。
そして攻撃対象の塗り分けは、そのままモザイク状に散らばった双子の塗り分けに一致する」

空気が、止まった。
見開かれた恭介の目は、絶望のような色を帯びていった。

恭介はわめいた。
獣のような声を発しながら、体を上下に揺さぶって男を振りほどこうともがいた。
男は食らいついた。
その男に、恭介は乾いた瞳から涙をまき散らして怒鳴った。

「なんで気づかせた?
無意識だけが知っていた事実なら、ボクは耐えられたかもしれないのに。
意識すらがそれを知ってしまったら、この汚れた体を誰が肯定する?
いったい誰が、ボクの存在を許してくれるというんだ!」

舌打ちをひとつ残して、男の拳が恭介のほおを殴った。
恭介は壁に背を打った。
くずおれる恭介の胸ぐらをつかみ上げて、男は息を荒げながら言った。

「そうじゃねえだろ。
てめえが本当に許してえのは、てめえの存在じゃねえ。
ごまかすな。
思い出せ。
てめえが本当に許さなきゃいけねえのはなんなのか、はっきりと意識に登らせろ!」

男は、そこで息をひとつついた。
恭介はほうけた。
それから、その目からぽろぽろと涙が流れた。

「知ってたんだ。
母さんが浮気してたこと、離婚するずっと前から。
知ってて、何も言わなかった。
そうしていざ離婚となって、ボクは父さんの側についた。
知ってたボクも同罪なのに、ボクは母さんを悪にした。
浮気をした母さんが悪なら、それを知ってて黙ってたボクも悪なのに。
そうさ、ボクは悪だ。
浮気によって形成されたこの体も、同様に悪だ。
悪なら、罰を受けなければいけない。
その気持ちが、そうか、自傷癖を生んだんだ」

恭介は、そこで言葉を途切らせた。
言葉は途絶えても、涙はずっと流れていた。
男は手を放した。
恭介の体は、するすると壁に沿って落ちた。

恭介に背を向けて、男は裏路地を歩き出した。
数歩進んで、それから恭介から声が届いた。

「ボクは、許されるんだろうか」

男は足を止めた。
そうして、振り向かずに答えた。

「罪に関してなら、オレには何も言えない。
だが存在については、おまえは許されていい。
おまえはおまえが思う以上に、人に影響を与えている」

男は紙を取り出して、壁に貼りつけた。
それから続けた。

「オレへの連絡先だ。
必要は、ないと思うがな」

男はそうして、裏路地から消えてしまった。



しばらく経ってから、恭介は表通りに出た。
西日に目を細めた恭介は、その目で大輝の姿を見つけた。

大輝は恭介を見た途端、競争馬のように走り寄って飛びついた。

「恭介!
大丈夫か、ケガはないか。
あの男に何かヘンなことされてないか?」

恭介はぐらぐらと揺さぶられながら、大丈夫だと答えた。
大輝は胸をなで下ろした。

「よかったぜー、心配したんだぜー。
おまえに何かあったらと思うと、ガラスのハードがギシギシ悲鳴を上げるんだぜー」

大輝はそれから、にこりと笑って言った。

「帰ろうぜ。
自転車貸せよ、今日はオレがこぐから」

「大輝」

自転車に手をかける大輝に、恭介は声をかけた。
大輝は間延びした返事で振り返った。
恭介は大輝の顔を見上げながら、尋ねた。

「大輝は、ボクのこと好き?」

大輝はぽかんとした顔で恭介を見た。
それから、特に表情を変えずに言った。

「何を当たり前のこと聞いてんだよ。
オレほどおまえが大好きな人間、他にいてたまるかー」

大輝は自転車にまたがった。
恭介も、大輝の後ろに乗った。
そうしてから、恭介ははにかみながらつぶやいた。

「ボクも、大輝のこと好きだよ」

自転車は走り出した。



二人の背中を、ドクロピアスの男と赤髪の女は見送った。
女は男に尋ねた。

「あの二人の関係、どうなのかしら」

男はタバコに火をともした。
それを一服吸ってから、興味なさげに答えた。

「キメラは融合さえうまくいけば、どんな二卵性双生児でも成立するんだ。
たとえその双子が、構造上決定的な違いを有していたとしてもな」

男は歩き出した。
女も、それに続いた。
イチョウはやわらかに、それぞれの進む道に降り積もっていった。



―Natural chimera―






出典・参考資料
[ EP: 科学に佇む心と身体 ]あなたは実は二人です:本人も知らないキメラ
Wikipedia「キメラ」




Next case:「呪術師・瑠架」

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