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Ib[アイビー]
呪術師・瑠架‐4

赤髪の女は逃げながら、手錠をいじった。
発信機は溶接されていて、とても外れそうになかった。
女は壁に手錠をぶつけた。
発信機は、壊れる様子もなかった。

瑠架は追いかけながら、言葉をこぼした。

「死ね」

女はどきりとした。
大丈夫だと、女は自分に言い聞かせた。
乙部が瑠架から聞いた話によれば、そしてドクロピアスの男が想定した内容を信じれば、
呪いは至近距離でかけなければ効果がないはずだった。

瑠架は早足で女を追いながら、まき散らすように言葉を吐き出した。

「このごろ呪いをかけるペースが早くなってるのは自覚してた。
死ね。
呪いをかけて人が死ぬことに快感を感じてるのも自覚してた。
死ね。
多分、中毒なのよ。
死ね。
死なすのが気持ちよくて、気持ちよくて、病みつきになってるの。
死ね。
呪いをかける理由なんて、あたしにとっては二次的なものに過ぎないみたい。
死ね。
要するに、誰でもいいの。
死ね。
あなたを呪って、死ね、そして死んで、死ね、それがあたしのエクスタシーになる」

女は逃げながら考えた。
発信機は簡単な作りのものだから、電波を遮蔽するのは難しいことではなかった。
だから今は、ひとまず瑠架を引き離し、それから発信機を処理してしまえば問題ないはずだった。
そのため女は、分かれ道を裏路地へ裏路地へと選んだ。
表通りに出ると人混みで足止めを食うかもしれないし、
何より手錠をつけた今の姿を見られて変に騒ぎになるとまずかった。
乙部のような協力者もいるとはいえ、警察と関わりを持つのは避けたかった。
だから女は、裏路地へ進んだ。

先に説明しておけば、この区域は不良の溜まり場だった。
工場や工事資材や廃屋が多く存在し、彼らが「遊ぶ」には絶好の場所だった。
そのためこの場所には、彼らが遊んで片づけ残したものがたくさんあった。
具体的には、その場に来た人間を引っかける罠のようなものがあった。

女は道に張られたロープに足を引っかけた。
女がつまずいて倒れると同時に、ロープに引かれて工事資材が崩れた。
鉄骨が女の足に落ちて、女は痛みに顔をしかめた。
工事資材に埋もれて、女は動けなくなった。

ゆっくりとした足音とともに、瑠架の声が近づいてきた。

「この場所に誘い込んだのは成功だったわ。
そこらの悪ガキのしょぼい罠で、そんなにも簡単にあなたをはめられるなんて。
うらむんなら自分自身をうらむのね、おろかな赤ネズミさん。
一ヵ月後にはあなた死ぬのよ、あたしの呪いでね」

女の携帯が震えた。
身をよじらせて、女は携帯を取った。
電話口の向こうから、ドクロピアスの男の声が聞こえた。

『よう、何してる』

女は携帯に怒鳴った。

「何してるじゃないわよ、罠にかかって捕まってるわよ。
ねえ助けに来てよ、このままじゃあたし水野瑠架に殺されるわ」

『そうだな、見れば分かる』

女はえっと目を見開いた。

「見れば分かるって。
あんた、あたしが見える位置にいるの。
だったら助けなさいよ、ほんとに殺されるじゃない」

電話の向こうで、男はもぞもぞしながら返した。

『今、感染防護服を着てるところだ。
すぐ行くから、おまえはマスクつけて待ってろ』

女は電話の向こうに尋ねた。

「感染防護服って、じゃあ呪いの正体は」

『ああ、予想した通りだ。
正体は、完全に見破った』

瑠架は女のいる路地へ曲がってきた。
そして立ち止まって、表情からふっと高揚の色が消えた。
女の向こう側を見て、瑠架は声をこぼした。

「何よ、それ」

瑠架の逆側へ、女は顔を向けた。
白い感染防護服に身を包んだ人間が、そこにいた。
防護服の人間は、ゴーグル越しに瑠架に目を向けた。
ライオンをイメージさせる目だった。
ライオンの目の男は、女に歩み寄りながらマスク越しに瑠架に喋った。

「水野瑠架。
おまえの行う『呪い』について、科学的知見が得られた。
これからおまえは一般人に被害が及ばないよう、我々の指示に従い隔離施設に入ってもらう。
拒否は賢明な判断ではない」

瑠架は来た道を振り返った。
後方にも防護服を着た人間たちが立ちふさがって、瑠架の退路を断った。
瑠架は前後を見渡して、男たちにわめいた。

「何よ。
なんなのよ、あんたたち。
あたしの呪いがどうしたってのよ。
あたしの呪いで、人が死ぬって証拠でもあるっていうの?」

ライオンの目の男は、女に乗った資材をどかしながら喋った。

「最初オレは、おまえが呪いの際にミスト状の違法ドラッグを吐き出しているんだと予測した。
おまえの遺伝子に違法ドラッグを合成する遺伝子があって、生合成して吐き出しているとな。
だがその方法では、様々な問題があって乙部刑事が聞いたような呪いを行うには無理があった。
特に問題なのは一ヶ月のタイムラグ、これを解決するにはどうすればいいかを考えたわけだが」

男は女を引っ張り出した。
女にその場から離れさせてから、男は話を続けた。

「ところでウイルスの一科として、レトロウイルスという種類のウイルスがある。
レトロウイルスはその性質として、自身の遺伝情報を記したDNAを、
感染した宿主細胞のDNAに組み込んでしまう性質がある。
この性質を利用すれば、おまえの遺伝子に違法ドラッグの遺伝子を書き込むことも可能だ。
そしてまた、『殺したい相手の遺伝子に違法ドラッグの遺伝子を書き込む』ことも」

男は、瑠架へ一歩足を運んだ。
ぞくり、という感覚が、瑠架の背中に走った。
男は淡々と、言葉を並べた。

「笹原俊彦の遺体を詳しく調べたところ、気管の細胞の遺伝子に変異が見つかった。
変異した遺伝子の中には、自然界の生物がくだんの違法ドラッグを生成する遺伝子と
まったく同じ塩基配列が含まれていた。
その塩基配列を含む変異遺伝子全体を実験室的に発現させたところ、
遺伝子はこれまで発見されていない新種のウイルスを作り出した。
そしてそれらの遺伝子は、水野瑠架、おまえから採取した咽頭細胞からも見つかった。
これらの結果から、笹原俊彦は水野瑠架からこのウイルスの感染を受け、
一ヶ月の潜伏期間を経てドラッグが体内に蓄積し死に至ったと我々は結論づけた」

瑠架の心臓が、吐き気を感じるほど早い律動で拡縮した。
ライオンの瞳を射向けたまま、男は殺す言葉を吐き出した。

「ウイルスキャリア。
それが呪術師の正体だ」

ぐぎりと、瑠架の心臓が痛んだ。






第5話

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