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Ib[アイビー]
天使ノ身体切リ売リ候‐1

手術室。

その場にはそぐわないほどの幼い少年が、メスを握っていた。
付き添っている医師が、少年にやり方を教えた。
少年は言われるまま、手術台に横たわる体に傷をつけていった。
手術台にいるのは、少年と変わらないくらいの幼い少女だった。
仮死状態にされた体は、ひんやりと冷たかった。

少女の心臓が露出した。
その続きは医師が代わり、少年は別の医師のもとに寄り添った。
別の医師は、同じ少女の顔を処置していた。
少女の顔は右目の肉が切り広げられ、眼球がむき出しになっていた。
少年は医師に指示を受け、器具を受け取った。
少年の器具が、視神経を切断し、血管を取り払った。
ころりとした眼球が少年の手につまみ上げられ、眼球はそのまま保存液に沈められた。

少年が腹の方の手術をうかがうと、そちらも摘出が終わっていた。
少女の小さな心臓が、医師の手の中に収まって持ち上げられていた。
その後腎臓や肝臓も取り出し、摘出すべきものをすべて摘出すると、
医師は開いた箇所を縫い合わせ、手術を終えた。



その後少女は、無菌室で目を覚ました。

少女は手を、胸に当てた。
真新しい手術痕の下に、心臓の脈動が感じられた。
それは手術で『取られなかった方』の心臓だった。
右目には眼帯が当てられていたが、数か月もすると、新しい眼球が再生した。

少女の背中は、奇妙に服が盛り上がっていた。
まるでそこに、天使の羽でもあるかのように。


   *


慈月村(いつくつきむら)は山奥にひっそりと存在する、地図にも載っていないような村だった。
一部の限られた人間が、秘密裏にその存在を知っていた。
その村は、『天使』の住む村といわれていた。
そしてそこは、臓器移植に使う内臓が流出してくる場所であった。


   *


湿り気を帯びた風が、少年の髪をなぜた。
少年は分厚い本を閉じて、石段から腰を上げた。
見上げた空には、梅雨の接近を告げる暗澹(あんたん)とした雲があった。
自分の背後にある建物の上端が、真上を向いた視界にかかっていた。

敷地の外から、声がかかった。

「陽彦(あきひこ)くーん、一緒に遊ぼーう」

少年はそちらに視界をやった。
大きな門構えの向こうで、村の少女が手を振っていた。
少年はいいよと答えると、少女はきょとんとして首をかしげた。

「『天使』さんも、一緒に来るの?」

少年は後ろを振り向いた。
玄関扉が開いて、隙間から少年たちと同じ年頃の少女が様子をうかがっていた。
右目の周囲に、手術痕があった。
それは半年前に、少年が眼球を摘出した少女だった。

少年はしばらく考えて、行こうと手を差し伸べた。
少女は少しびっくりした顔をして、しばらく悩んでから、おずおずと手を差し出した。
その手が届く寸前で、不意に声がかかった。

「ダメだ、陽彦」

少年はびくりとして、振り返った。
門のところに、眼鏡にスーツ姿の男性がいた。
少年の父、高峰旭臣(あきおみ)だった。

旭臣は遊びに誘った少女に何か話すと、少女は残念そうにその場を去って行った。
旭臣は門をくぐり、少年に歩み寄って静かに忠告した。

「天使を部屋の外に出してはいけないと教えたはずだろう。
天使は免疫力が弱いから、外の環境ではすぐに病気になってしまう。
分かったら小望(こもち)を連れて中に入るんだ、陽彦」

旭臣は扉を引き開けて、中へと入って行った。
少年も少女の手をとって、少しだけ沈黙してから、旭臣に続いて中に入った。

少女の名は小望。
半年前に心臓や眼球を摘出された、『天使』の少女だった。

少年の名は高峰陽彦。
半年前に小望から眼球を摘出し、それから誕生日をひとつ過ぎて、八歳になっていた。
その半年の間にも、陽彦は何度か手術を体験していた。


   *


山奥のその村に似合わぬ、西洋建築の巨大な建物。
それは慈月村唯一の病院であり、天使たちの居住の場であった。

赤じゅうたんを敷いた病院の廊下を、旭臣は歩いていった。
陽彦も小望の手を引いて、立ち並ぶ窓から見える曇り空をながめつつ、早足で旭臣についていった。
歩きながら、旭臣は背後の陽彦に指示をした。

「注文が入った。
臓器は腎臓、患者の年齢は五二歳。
受け渡しは明日一〇時、そのため摘出手術は明朝五時から開始とする。
献体は天使の中で最年長の卯月(うづき)を使う。
成人した天使の取り扱いは初めてだな、陽彦。
小児の手術との違いを学び後学に活かすためにも、今日は早くに睡眠をとり、明日に備えろ。
分かったら、小望を天使たちの部屋に連れて帰るんだ。
消毒をおこたるなよ」

旭臣は突き当たりを左に曲がった。
旭臣ら医師たちの居住する部屋の方向だった。
陽彦は立ち止まって旭臣を見送り、旭臣は振り返ることもせず次の曲がり角を曲がっていった。

陽彦は小望の手を握ったまま、沈黙した。
分かれ道を右に向かえば、天使たちの居住区域があった。
陽彦は行きしぶり、壁に背中をついた。
大理石の壁はわずかに冷感を帯びて、服越しに陽彦の背中に感じられた。
窓の外は、いよいよ雨が降り出しそうな気配だった。

小望はぽつりとつぶやいた。

「あたしも、みんなと外で遊びたいなあ」

陽彦は口をつぐんだ。
それから少し間があって、言った。

「今は、ダメだけど。
きっとボクが、小望を外で遊べるようにしてあげるよ」

「ほんと?」

小望はつないでいる陽彦の手にもう片方の手を重ねた。
陽彦も残った手を重ねて、誓いを述べた。

「お父さんよりすごい医者になるために、勉強してるんだ。
小望もきっと、外で遊べるようにしてみせるよ」

小望は笑顔を見せた。
窓の外では、雨が降り出していた。



数ヶ月後、小望は死んだ。
両目がそろっている状態で新しい眼球が成熟を始め、
それが脳の中であったために気づかないまま脳をどんどん圧迫したことが原因だった。
小望の体は解体され、臓器移植のルートに乗った。
陽彦のそばに残ったのは、臓器も眼球も何もかも抜かれた、からっぽの小望だけだった。
薄っぺらになった小望の背中に、『天使の羽』、肥大化した肩甲骨が痛々しく浮かんでいた。






第2話

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