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Ib[アイビー]
天使ノ身体切リ売リ候‐3

東京。

陽彦は、都内のとある病院にいた。

臓器売買の相談や天使の管理に関する用事などで、旭臣はしばしば東京に来ることがあった。
その際には陽彦も一緒に連れられ、東京の病院で、
慈月村にいては学ぶことのできない医療技術や知識を学習させられた。

かなりの大病院だった。
たかだか一三歳の陽彦が、そんな病院で学ぶ機会を得られるのは、
ひとえに旭臣の権力があるからだった。
ほぼ等価に言い換えれば、天使にそれだけの魅力があるからだった。

陽彦は今、医学論文を読みふけっていた。
ここにいる時間の大部分は技術習得の名目でえらい医者に連れ回されることとなるが、
空き時間ができると、こうして慈月村にいては手に入らない論文に目を通していた。

陽彦が読んでいるのは、臓器移植や再生医療に関する論文だった。
天使たちの体が普通の人間とどう違うのか、陽彦は解明するつもりだった。
そのヒントを求めて、論文から知識を得ていた。
陽彦を突き動かすのは、天使たちと交流して積み重ねてきた思い出だった。

みんなと外で遊びたいと願い、それを叶えると約束して、結局叶わぬまま死んでしまった小望。

陽彦に何枚も絵を描いて渡し、その中には本人は実物を見たことがない、
空や、山や、海や、町並みを描いていた居待。

陽彦によくなつき、延々と話をせがみ、自分もまた話し続け、しかし口には出さないが、
外の世界へのあこがれをいだき続ける天使の少年――下弦(かげん)。

その他、陽彦が今まで出会い、ずっと交流してきたすべての天使たち。

彼らを、普通の人間にしたい。
それが陽彦の行動理念だった。

そんな願いを折り取るように、天使は年に二、三人のペースで死亡し、解体された。


   *


慈月村に戻った陽彦は、得られた資料を自室にて整理した。

天使と同じような体質を持つ人間の報告はされていないが、当たりはつけていた。
失った臓器の再生。
近親婚によって発生する特殊体質。

再生医療。

遺伝病。

他者からの移植に頼らずに失った肉体を再生する技術として、再生医療はさかんに研究されている。
利用される技術は組織培養やクローン技術など、そしてもっとも注目される技術として、
ES細胞やiPS細胞といった多能性幹細胞(たのうせいかんさいぼう)がある。
多能性幹細胞とは全身の様々な組織に分化する能力を持った細胞のことで、
ES細胞は受精卵から作成し、iPS細胞は分化済みの体細胞、
つまりすでに成熟して特定器官の細胞として定着した細胞に特別な遺伝子を導入して作成する。
研究段階ではあるが、これらが実用可能なレベルに達すれば、
現在治療法のない様々な病気の治療に使えるのではないかと期待されている。
拒絶反応を抑えた細胞を壊れた組織に植えれば、そこから新しい組織が生えるというのである。

一方の遺伝病とは、遺伝子的に刻まれた異常による、親から伝わる病気の総称である。
遺伝病には優性遺伝病と劣性遺伝病とがあるが、その違いは、
細胞内に二本一組で存在する染色体のうち、一本でも異常だと発症するものが優性遺伝病、
二本ともが異常のときに初めて発症するものが劣性遺伝病、ということである。
染色体は両親から一本ずつ受け継いで組になるため、
優性遺伝病は両親のどちらかが異常遺伝子を有していると発症しうるが、
劣性遺伝病は両親の両方が異常遺伝子を有していない限り発症しない。

陽彦は、資料をひもでつづって本にした。

命にかかわるような重篤な遺伝病は、往々にして劣性遺伝病であることが多い。
それは優性遺伝病の場合、異常遺伝子を有してしまえば必ず発病してしまうため、
次世代の子を残すのに不利となり、遺伝子は滅びていくからである。
しかし劣性遺伝病であれば、遺伝子を片方有するだけなら健常人となんら変わらないため、
自然に次世代の子を残し、遺伝子は脈々と受け継がれていく。
たとえば異常遺伝子の存在確率が数万分の一程度なら、数万人に一人いる異常遺伝子のキャリアが、
同じく数万人に一人のキャリアと出会って子を作らない限り、病気はその姿を表さない。
自然交配の環境では、まず起こりえない確率である。

陽彦は、つづった資料を積み上げた。

自然交配ではまず起こりえないが、そうでない環境なら、
劣性遺伝病の発症確率は飛躍的に跳ね上がる場合もある。
近親婚である。

数万分の一の確率だろうと、遺伝病である以上は子が異常遺伝子を持っていれば、
両親の少なくともどちらかはその遺伝子を持っていることになる。
当然そうなれば、兄弟などの親戚も異常遺伝子を有している可能性は高く、
それら親戚と子を作れば、高い確率で遺伝病が発症することになる。
そうして発症した者だけを集め、その中で近親婚を繰り返せば、
できる子できる子すべてが遺伝病を発症する、異常遺伝子のみの家系ができあがるのである。

陽彦は立ち上がって、服を着替えた。

天使たちが遺伝病であることは、状況からみてほぼ間違いない。
問題なのは、失った組織を再生する機構そのものである。
天使たちの交配をやめさせれば新しい天使が生まれることはなくなるが、
組織再生の機構を突き止めなければ、今存在する天使たちを普通の人間にすることはできない。
ES細胞やiPS細胞は人工的に作らなければ生じないため、遺伝病で生じるとは考えにくい。
もっといろいろな可能性を探し、天使たちの体を調べ、治療法を探らなければならない。

陽彦は部屋を出た。

今日もまた、天使の体から臓器を抜き取る作業をする。
手術台で横たわる天使は、下弦だった。


   *


ひとつの疑問があった。
陽彦は旭臣に、その疑問をぶつけた。

「お父さん。
天使の臓器は切り出されて人に提供されるのに、
天使の血液だけは人に提供されないのはなぜですか」

天使の手術の際、輸血が必要な場合は事前にその天使から血を採取し、
それを術中術後に輸血する自己輸血の方法が採られていた。
それで不足する場合は他の天使からの血液を使用することはあるが、
通常の人間の血液を入れたり、また天使の血液を通常の人間に提供することはなかった。

旭臣は陽彦を一瞥して、ごく当たり前の答えを返した。

「輸血血液は、わざわざ天使のものを使わなくても充足しているだろう」

実際には血液もやや不足の傾向にあるのが現状だが、
移植臓器のそれと比べれば瑣末な問題とされるものだろう。
特に体の小さな子供への臓器移植については、
脳死時に臓器移植のドナーとなれるのが一五歳以上の者に限られる※状況のため、
臓器の提供を受けるのが極めて困難であった。

陽彦は重ねて質問した。
もし人間に天使の血を輸血したらどうなるのか。
あるいは人間の血を天使に輸血したらどうなるのか。

旭臣は陽彦の目を見た。
目つきから、その質問が一番聞きたい内容だと察せられた。
なぜそんなことを聞くと、旭臣は返した。
天使の管理をする身として、天使に関する疑問を尋ねるのは当然でしょうと、陽彦は答えた。

旭臣は少し警戒したが、背を向けながら、簡単に答えた。

「天使の血と人間の血は性質が違うために、輸血をしても互いの体になじまないからだ」

向けた背中は、追加の質問をさえぎる態度だった。
この態度ゆえに、旭臣は陽彦の表情を見てはいなかった。
陽彦に追加の質問の意思はなかった。
それだけ聞ければ充分、そう陽彦の表情は言っていた。



陽彦は天使の血液を成分解析した。

とある文献を得ていた。
天使の特徴と照らし合わせて、ひとつの可能性が見えていた。

移植。
臓器再生。
多能性幹細胞。
骨変形。
外出も禁止されるほどの免疫能力の低さ。
「天使の薬」。
そして人間にはなじまない、血液。

解析結果が出た。
赤血球・白血球・血小板といった各種血球成分の値が、一般的なヒトの基準値を大幅に下回っていた。
免疫能力の低さと、それは合致した。

少ない血球成分の代わりに、容積を埋めるものがあった。
健常な人間の血液には見られない、異常細胞だった。
陽彦はその種類と比率を丁寧に解析した。
陽彦が推測したものが、その中にあった。

天使の正体を、陽彦は理解した。
陽彦一五歳の、夏だった。



※二〇〇九年の法改正により、現在は一五歳未満の者からの脳死下での臓器提供も可能となっている。






第4話

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