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青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第二話 霧は裂かれて

山肌の斜面に沿って生えた松林は、霧にすっぽりと覆われていた。
月の光は拡散して、視界をむしろ白くおぼろげにしていた。
少年はいらついていた。
紫の衣とひとつにまとめた赤い長髪とを揺らしながら、少年はせわしなく歩き回っていた。
腰にたずさえた刀がカチカチと鳴って、それがまた少年の神経をなでた。
やがて少年は、ガマンできずに怒鳴った。

「白納仁(ハクノウジン)っ、一夜(ヒトヨ)っ」

怒鳴り声に呼ばれて、霧の向こうから二人の人間が姿を見せた。
一人は大柄な老人で、白いひげと白い髪の下は少年と同じ格好だった。
もう一人は白い着物の娘で、千夜とうりふたつの外見だった。
ただ髪に混じる色は、金ではなく銀だった。

少年は二人に怒鳴りつけた。

「おまえら、オレの目が届く範囲にいろと言っただろ。
李乃たちもはぐれたのに、その上おまえらまで迷子になる気かっ」

老人はひげをなでながらはっはっはと笑った。
それから片方のまゆを吊り上げて、少年に言った。

「迷子になるのは朱狼(シュロウ)の方じゃないのかのう。
通信係の一夜がいなくては美智姫様と連絡が取れんし、子供じゃしな」

「白納仁、オレを子供扱いするなと言ったはずだ」

朱狼の手が刀を握った。
三角になったその赤い瞳を見ながら、白納仁ははっはっはと笑った。
そのとき一夜が、ゆるゆると口を開いた。

「朱狼様、白納仁様。
千夜から返信が来ました」

朱狼はそちらを向いて、刀から手を離して尋ねた。

「内容は」

一夜は顔を落として、目を細めてから一切表情を変えずに伝えた。

「ナマ言ってんじゃねえアホウども、てめえらには発見の一手しかねえんだよ大マヌケ。
はぐれたヤツらは容赦なく切り捨て御免だざまあみろ。
見つからなかったら言葉にもできねえようなとんでもねえ生き地獄見んぞおバカども」

朱狼と白納仁が同時にびくっとした。
朱狼は一夜の顔をのぞいて、それから恐る恐る尋ねた。

「そ、それは美智姫様の言葉か?」

一夜は朱狼の顔を見つめた。
それから首をわずかに左にかしげて、変わらず無表情のまま答えた。

「千夜から送られた原文には千夜の判断で改変された形跡が認められます。
そのため不遜ながら、私の判断にて美智姫様がおっしゃられたであろうお言葉を再現いたしました。
もし美智姫様の言動とは相違があるとお感じでしたら、もう一度言葉を熟考しますが」

「い、いや、一夜はもう黙っててくれ」

朱狼は右手でひたいを押さえた。
白納仁はひげをなでながら、とび色の瞳を上に向けてぼやいた。

「しかし参ったのお、手ぶらで帰るわけにはいかんようじゃ。
かといって見つける手立てもなし、やはり李乃たちを見つけた方が」

そのとき霧の向こうで轟音が響いた。
朱狼たちはそちらに振り向いた。
それは雷だった。
三人からやや離れた場所で、雷が立て続けに打ち下ろされていた。
朱狼はおののきながらうめいた。

「り、李乃だ。
アイツ、ヤケを起こして雷を落としまくってんだ」

白納仁も、それにつられてぼやいた。

「最悪の状況じゃのお」

一夜は首をひねった。
それから朱狼と白納仁に提言した。

「恐れ入りますが、私には現状況を最悪と表現されますことに疑問を感じえる所存でございます。
この雷の音により李乃様のおおよその位置が推測されますれば、
この音をたどられますことによって李乃様と合流なされますことは容易なことであると理解いたしますが」

この提案が終わるより早く、朱狼は戦慄の顔で一夜を怒鳴りつけた。

「バカヤロウ、よく考えてみろ。
李乃がああやって暴れてるのは、オレたちの位置が分からないからだろ。
そんな状態で不用意に近づいたら、どうなる?
李乃に気づかれる間もなく、一瞬で消し炭にされるぞ」

一夜の顔に、分かる人には分かる納得の表情が浮かんだ。
朱狼は視線を地面に向けて、うろうろと歩き回りながら思案した。

「なんとか李乃にオレたちの場所を知らせることはできないか、雷の射程の外から。
アイツと合流できれば、きっと岩砲と阿牙鳴もいるはず」

そこで朱狼は、はたと足を止めた。
その表情は何か、とてもよくないものに思い当たっていた。
朱狼はつぶやいた。

「ちょっと待て。
いるのか、あの現場に?
岩砲はまだいい、李乃がかわいがってるから配慮はしてもらえるだろう。
だが、阿牙鳴は。
アイツは李乃と別段親しいわけじゃないし、本当にヤケを起こした李乃のそばにいたら」

三人全員が沈黙した。
雷の音は、今もなお鳴り続けていた。
それ以外には、かすかな物音さえしなかった。
ややあって、一夜が口を開いた。

「経文については暗記いたしておりますが」

「待て待て一夜、勝手に殺すな」

朱狼が顔を上げてツッコんだ。
そのときにはすでに、すぐそばの一夜の顔すらかすむくらいに霧が濃くなっていた。
朱狼は頭をかきむしってぼやいた。

「ああくそっ、こんなんじゃ探し物もままならないぞ。
なんとかならないのか」

そう言って朱狼は、そばの松に手を置いた。

そこで朱狼は、初めて気づいた。
その松の幹には、カエルの面そっくりの形をしたくぼみがあった。
そしてその口の部分が、キューッとつり上がった。

瞬間的に、朱狼は叫んだ。

「各員戦闘態勢!」

カエルの口から、白い液体が鋭く吐き出された。
朱狼はそれを腹に食らった。
反動で後ずさった朱狼の体を、抜刀の体勢をした白納仁が受け止めた。
とび色の瞳を走らせながら、白納仁は尋ねた。

「大丈夫か、朱狼」

朱狼はそで口で液をぬぐいながら答えた。

「問題ない、防御は働いている」

朱狼がそでを振ると、白い液体は地面に落ちた。
液は煙を上げて地面を腐食した。
妖術除けがほどこされた紫の衣は、ひとつの傷もついていなかった。
カエルの面はグルグルと声をうならせた。
朱狼は鼻を鳴らした。

「はん」

それから刀に手を置いて、気を研ぎ澄ませながら噛みしだいた。

「オレとしたことが、薄すぎて気づかなかった。
この霧、妖で呼び寄せられていたんだ」

朱狼は刀を抜いた。
その刃が冴えると同時に、朱狼は刀の名を唱えた。

「紫桜丸(シオウマル)」

刀はひらめいた。
そして霧は、引き裂かれた。
その裂け目は真上に駆け上がって、妖による接続をことごとくなぎ落とした。

空は、黒く晴れた。
久方ぶりに届いた上弦の月の光のもとで、その刀身は紫色に輝いた。









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