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青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第八話 飲むは酒盛

近の国と同盟国にある崎(サキ)の国に、美智姫と花坐隊の一行は立ち寄っていた。
彼女らからしてみれば、そこは普段立ち寄る宿所と違って「安心できる」場所といえた。
領主との形式的なあいさつを済ませた後、彼女らが始めたのは、酒盛りだった。



「一番、李乃、歌いまあーすっ」

朱狼はいらついていた。
食膳の前に正座しながら、朱狼はぷるぷると打ち震えていた。
他の面々はバカ騒いでいた。

「二番、白納仁、踊ります」

酒はガンガン減っていった。
部屋には笑い声が響いて、ときには物が舞った。
果ては美智姫までもが、陽気にはしゃいで立ち上がった。

「あははははっ、三番、美智、脱ぎまーすっ」

「ちょっと待てー!」

朱狼が鬼神の勢いで美智姫の腕をつかんだ。
美智姫は口をとがらせてぶーたれた。

「なによう、朱狼。
せっかく楽しんでんのに興ざめなことしないでよう」

朱狼は美智姫の両肩をつかんだ。
そうして真っ赤な目を血走らせながら、怒鳴る一歩手前で説教した。

「美智姫様、少しは遠慮とかつつしみとか、そういうものを覚えてください。
ここは同盟国であって、近の国じゃない。
美智姫様の行動は、そのままお父上様の品格にも直結するのです。
こちらの領主様のご機嫌を損ねたら、それこそ同盟に支障がっ」

「ええよ、ええよ」

上気した朱狼を止めに入ったのは、他ならぬ領主様ご当人だった。
領主は恰幅のいい体を揺らして、分厚いくちびるを動かして朱狼をなだめた。

「私も楽しんでるから、そんな目くじら立てんでもええよ。
近の領主の智久(トモヒサ)様には本当にお世話になってるし、宴はええものだよ。
こんなときに身分だのなんだの言われたら、私も窮屈だもん。
今夜は無礼講だから、朱狼君も楽しんでおくれよ」

朱狼は豆鉄砲を食らったように言葉が出なかった。
美智姫が勝ちほこったように、朱狼を流し目でせせら笑った。

「ほうら、領主様もこうおっしゃってるじゃない。
朱狼だって、仲良くしたい相手に身分がどうのこうの言われたらつまんないでしょ」

朱狼は返す言葉がなかった。
酒宿での件もあるので、朱狼はこれに関して否定することはできなかった。
朱狼はぷるぷると震えた。
それから苦虫を噛みつぶすかのように、やっとの思いで言葉を吐き出した。

「分かり、ました。
どうぞ、ご自由に、なさって、ください」

美智姫はにっかと笑った。

「いよっしゃーっ、そんじゃ脱ごーう」

「それはダメだー!」

本気で脱ごうとする美智姫を、朱狼はやっきになって止めた。
李乃や白納仁は笑って見ていた。
そうしてふと、李乃は座敷を見渡しながら一人ごちた。

「蒼(ソウ)ちゃんの姿が見えないわねえ」

白納仁は酒を注ぎながらそれに答えた。

「あいつはこういう場を避けたがるからのう。
なに、放っておけばいいわい」

なみなみと注いだ酒を、白納仁は一気に飲み干した。

みんながバカ騒ぎするのを傍観しながら、阿牙鳴(アガナル)はおとなしく食事をしていた。
そうしていると突然、李乃が阿牙鳴のひじに飛びついてきた。
びっくりしてむせる阿牙鳴の坊主頭をなでながら、李乃は顔を寄せて誘惑した。

「阿牙ちゃーん、あなたも楽しまなきゃダメよおー。
何かやって見せてよお、お得意のカラクリで何か芸とかやってみせてよお」

阿牙鳴は目を白黒させながら返した。

「や、あっしは、皆さんの前で芸をするとか、そんな大それたことをできる人間じゃねえです」

「あん、いけずぅ」

李乃は阿牙鳴にしなだれかかった。
爪を紅に染めた指で阿牙鳴のあごをなでながら、くちびるが触れ合いそうな距離で
上目遣いをして言葉をつむいだ。

「あたし、阿牙ちゃんのかっこいいところを見たいわあ。
ねえ阿牙ちゃあん、ちょっとくらいいいじゃないのお、やってよお」

「や、や、や」

阿牙鳴は頭の先まで硬直して、後ろにのけぞった。
そうやって下がれば下がるほど、李乃は体重を預けてきた。
そうすると突然、李乃は後ろにぐいっと引っ張られた。
李乃は後ろを見上げた。
クマのような巨体の岩砲が、李乃の腕をつかんで鬼のような形相で見下ろしていた。
李乃はくすりと笑って話しかけた。

「あら岩ちゃん、ヤキモチやいちゃったのお?
心配しなくて大丈夫よお、あたしが本当に好きな人は、岩ちゃん一人なんだからあ」

岩砲は無言で李乃を引き上げて、自分の胸に抱き寄せた。
李乃はやあんと声を上げて甘えた。
岩砲はそれから、ぽかんと見上げる阿牙鳴を見下ろしながら一歩歩み寄った。
不穏な空気を感じて、李乃の表情が変わった。
李乃は声をかけようとした。

「ちょっと、岩ちゃん」

次の瞬間、岩砲の丸太のような腕が阿牙鳴の体を叩き飛ばした。
阿牙鳴の視界が猛回転した。
声も上げぬまま吹っ飛んだ阿牙鳴は、座敷のど真ん中を転がり飛んだ。
その体は人にぶつかって、ようやく停止した。
阿牙鳴はふらふらと上体を起こした。
それから辺りを見渡して、自分が誰にぶつかったのか確認した。

自身の尻の下でのびているのは、美智姫その人だった。

阿牙鳴の顔から、サーッと血の気が引いた。
阿牙鳴はそろそろと立ち上がって、自分の体を美智姫からどかした。
ふらつく阿牙鳴は、数歩歩いてから床に正座した。
そして次の瞬間、短刀を逆手に抜いて振り上げた。

驚いた朱狼がとっさに止めに入った。

「待て阿牙鳴、早まるなっ」

腕を押さえられた阿牙鳴はばたばたと暴れながらわめいた。

「許してくだせえ隊長様。
あっしは、あっしはこのご無礼、あっしの命をもっておわびいたしやす。
どうか、どうかあっしに腹切りの許可をっ」

白納仁がプーッと吹き出した。
李乃は岩砲をたしなめながら、笑いをこらえるのに必死だった。
千夜と一夜が、黙々と倒れた美智姫の介抱をした。
領主はどうすればいいか分からずに、とりあえず笑っておいた。

大騒ぎの座敷に、下仕えの女が入ってきた。
女は領主までにじり寄ると、要件を告げた。

「湯殿の支度が整いました。
客人の方々にはいつでもお入りいただけます」

それを聞いた瞬間、ついさっきまでのびていた美智姫が途端に起き上がった。
美智姫は手を上げて、下仕えに陽気に喋った。

「はーいっ、美智、お風呂に入りまーすっ」

それから美智姫は、振り返って言った。

「朱狼、あんたも一緒に入りなさい」

「はあっ?」

阿牙鳴をなだめていた朱狼は、びっくりしてすっとんきょうな声を上げた。
美智姫は朱狼にすり寄りながら、青い瞳を半月に笑わせながら言った。

「護衛よ護衛。
崎の国を信用してないわけじゃないけど、やっぱり身内の方が安心でしょ」

それから美智姫は、声のトーンを変えて続けた。

「それにー、お風呂の中でならー、イロイロ楽しいこともできちゃうしい?」

「な」

朱狼が何か言いかけたときに、千夜が美智姫の肩に手を置いた。
振り返る美智姫に、千夜は無表情のまま言葉をつらねた。

「さようなご提言につきましては、私は賛同いたしかねます。
美智姫様と朱狼様が幼少のころより懇意でいらっしゃるとはいえ、相応の年齢である
男女が共に入浴するという行為はきわめて不適切でありもし万一の事態が」

「千夜、あんたも来なさい」

美智姫がぴしゃりと言葉をはさんだ。
それから千夜に顔を寄せると、にやにやと笑ってささやいた。

「千夜もしたいでしょう、朱狼と、こ・ん・よ・く」

無表情の千夜の顔が、無表情のまま一気に赤面した。
表情だけは一切変えないまま、千夜はうつむいて続けた。

「原則としては賛同いたしかねますが、美智姫様の切なる願いならば許容いたします。
万一の事態には、私がこの身を犠牲にして美智姫様をお守りします」

一夜が千夜の両肩を後ろからつかんだ。
千夜の肩にあごを乗せて、一夜は無表情のまま美智姫に告げた。

「私もご同行いたします。
万一の事態に備えるという立て前のもと、単なる興味本位という本音によってです」

美智姫はにんまりと笑った。
そこでようやく、朱狼が声を荒げた。

「ちょっと、何を勝手に話を進めているんですか美智姫様。
私は行きませんよ、姫と一緒に入浴なんて」

「千夜、一夜、拉致れ」

美智姫がパチンと指を鳴らした瞬間、二人は忍者のように素早く立ち回った。
柔術の作法で朱狼の両腕を取ると、朱狼を畳へ叩き落とした。
朱狼は押さえつけられながら、赤い瞳を白黒させて二人を見上げた。
千夜と一夜は朱狼を見下ろしながら、順番に喋った。

「拒否権はございません、朱狼様」

「美智姫様のご命令という立て前のもと、単なる私たちの娯楽という本音によってです」

朱狼は、恐怖を感じた。
その後の抵抗もむなしく、朱狼はずるずると湯殿に連行されていった。

李乃を筆頭とする大爆笑が、座敷の中に響き渡った。









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