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青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第一一話 生に迷い

血に濡れぼそった腹を、白納仁は手早く応急処置した。
とび色の瞳は、ずっと目の前の少女に向けられていた。
少女は横に伸ばした右手を、何かをなでるように動かした。
その真下の氷が、ぐねぐねと盛り上がった。
氷はオオカミに変わって、少女の手のひらに頭を収めた。

作り物のような緑の瞳を向けて、少女は白納仁に語りかけた。

「妖術で、妖怪を作るの、できるでしょう、おじいさんも。
知ってるよ、見てたから、火の妖術からちょうちょを作るの。
おじいさんの妖術、あたしの妖術とすごく似てる。
だから他の二人は他のところに落っことして、おじいさんだけこっちの洞窟に落っことしたの」

少女がポンと頭を叩いた瞬間、オオカミの妖怪が躍り出た。
先ほど腹を切られたのと同じ爪が、白納仁に迫った。
白納仁は倒れるようにかわした。
獲物を捉えそこねた爪は、代わりに白納仁によってまかれた封妖酒に引っかかった。
封妖酒は炎の妖術となり、続いて蝶となってオオカミの体にまとわりついた。
オオカミは悲鳴を上げながら蒸発した。
少女は、手元でまた妖怪を作りながら言った。

「おじいさんの妖術は、炎の妖術と、魂を操る妖術。
あたしの妖術は、氷の妖術と、おじいさんと同じ、魂を操る妖術。
ね、似てるでしょ。
だからおじいさんの血が分かれば、あたしのことが分かるかもしれないの」

白納仁は立てひざに起き上がると、手のひらに封妖酒を流しながら返した。

「ワシの妖術は、妖術に魂を込めて妖怪を作るだけじゃ。
ぬしのように生きた人間の魂にまで干渉はできんわい」

二匹のオオカミが少女の手から解き放たれた。
白納仁の手からこぼれた封妖酒は、こぼれるそばから炎に変わった。
オオカミに対してその手を振ると、炎は竜に変わった。
少女の金の髪が、たなびいた。
目を見開いた少女の後ろで、竜に押されたオオカミが叩き割られていた。

少女はぼそりとつぶやいた。

「火を使うの、気をつけた方がいいよ」

床一面の氷が音を立てて砕けた。
その下に、地面はなかった。
白納仁は空いた穴に吸い込まれて、出っ張った氷につかまってあやうく留まった。
つかまった手はとがった氷で引っかいて、血が出ていた。
その手の上に、新たな氷が凍結した。
白納仁は、中空に固定された。

白い息を吐きながら、白納仁は少女を見上げた。
少女は氷を操って、足場を確保していた。
片手一本でぶら下がる白納仁を見下ろしながら、少女は喋った。

「この氷の洞窟は、あたしの妖術で作った胃袋みたいなものだから。
自然の洞窟と違って丈夫じゃないから、あんまり変な動きはしない方がいいよ。
そこ、人の骨、見えるでしょ」

白納仁はちらりと氷の壁を見やった。
氷の中に、太い骨が何本か確認できた。
そうして目を戻したとき、少女は音もなく鼻先が触れるほど近寄っていた。
物をねだる子供のような顔をして、少女は瞳に白納仁を映しながら求めた。

「教えて、あなたの血の名前。
あたしがどうして生まれたか、分かるかもしれないから」

白納仁はしばらく、少女の顔を見つめていた。
それから白い息を吐き出して、猛禽のような目を向けて答えた。

「ワシの血に名前はない。
代々妖術使いの家系ではあるが、取り立てて特別な能力が使えるわけではないからの。
魂を扱う妖術も、単に訓練で習得した」

少女はがっかりしたような、悲しそうな目をした。

「そう、なんだ。
じゃあ、あたしがどうして妖力を使えるか、分からないんだ。
あたしの仲間でも、ないんだ」

少女はしばらく顔を伏せた。
そうして顔を上げると、カミソリのような冷たい瞳でささやいた。

「じゃあエサになって」

氷の剣が、少女の右手に伸びた。

猛禽の瞳が光ったのはそのときだった。

「断る」

氷の割れる音が、距離感をつかめないまま耳に届いた。
激痛が、少女の神経を突いた。

「あ」

少女の肩に、炎をまとった白納仁のこぶしが叩き落とされていた。
それは氷で固定されていた方のこぶしだった。
少女と白納仁は、縦穴をまっすぐに落下していった。
少女は顔をしかめ体を縮めながら、氷を身にからめて落下を止めた。
少女の少し下方で、白納仁はなんの支えもなく空中で停止した。

少女はぶるりと身震いした。
緑の瞳を見開きながら、少女はかすれた声で問いかけた。

「何を、したの、あなた?」

白納仁は空中に浮かびながら、ひょうひょうと答えた。

「おぬしが近づいたとき、こっそり腹の傷から封妖酒の妖力を取り込んだのじゃ。
妖力は血をつたって全身を流れるから、手の傷口で妖術に変えることもできる。
そうして炎を作って、手を縛った氷を破ったのじゃ」

少女はかぶりを振った。

「違う。
その飛んでるの、それが何をしたか知りたいの。
それ、妖術なの?
あなたの、みっつめの妖術?」

白納仁はふーっと息を吐いて、けだるそうに答えた。

「すまんが、傷口から妖力を取り込むなんて無茶をして少々疲れたわい。
それでなくてもこの傷じゃし、氷だらけで寒いし、手元の封妖酒もちいとばかり使い過ぎた。
ワシが相手するのは、ここまでじゃ」

少女はまたかぶりを振った。
少女の全身の皮膚に、針で刺すようなぴりぴりとした感覚があった。
少女は声を吐き出した。

「教えて。
あなた、今、封妖酒を使ってない。
妖術なら、妖力はどこから?」

とび色の瞳が、少女をゆるくとらえていた。

「ワシは少し休ませてもらう。
聞きたいことがあれば、そっちのやつに聞けばいい。
おぬしの源泉はどうか知らんが、少なくとも、おぬしの同類じゃ」

少女は、びくりと戦慄した。
少女の髪は、反発するように浮かび上がってパチパチと音を立てていた。
少女は、おそるおそる上を見上げた。

視界に入る前から、雲のイメージは少女の意識にあった。
少女の頭上にあったのは、真っ黒い雷雲だった。
その雷雲に、人が乗っていた。
女性と見まがうような、黒い髪を長く伸ばした男性だった。

金と緑の髪飾りをきらりと揺らして、男は紅のくちびるを開いた。

「ちょっとおイタが過ぎるかしら、お嬢ちゃん」

紙を裂くような音がした。
少女は無声を吐き出した。
放たれた雷撃が、氷の壁を紙でも破るように引き裂いていた。
無音のような轟音の中で、少女はかろうじて叫んだ。

「あなたは、何者?」

男はそのとき、少女より下にいた。
電気の力により浮かべられていた白納仁は、男とともに降下した。
穴の底に、一夜が待機していた。
一夜が手当てをする間、白納仁は男と言葉を交わした。

「遅いぞ、李乃」

「ごめんなさあい。
ここ迷路みたいに入り組んでるから、電気を使って場所を探るのに苦労しちゃってえ。
やっぱり探索能力は、おじいさんのちょうちょの方が便利だわあ」

少女は、氷の網を作って空中に留まっていた。
冷や汗が流れていた。
周囲の氷の壁は、電撃にえぐられてボロボロになっていた。
静電気ではねた髪の毛も意に介さずに、少女は声をかすらせた。

「あなた、妖術、妖力を、封妖酒なしで使った。
あたしと、同じ?
あなたも、妖力、自分で、作れる、仲間?」

男は、少女に顔を向けた。
紅のくちびるがなまめかしく動いて、言葉をつらねた。

「あたしの仲間は、この人たちだけよ」

その言葉は背後から聞こえてきた。
少女の背骨に、氷に触れる感触よりもずっと冷たい感覚がつらぬいた。
眼下にいたはずの男は、少女の真上にいた。
振り向かす間も与えず、男はささやいた。

「あなたも血縁に由来せずに妖力を生み出せるみたいだけど、あたしには関係ない。
あたしの仲間は美智姫様と花坐隊のみんなだけで、あなたはそれを傷つけた。
おだやかに話ができるほど、あたしは血の気が薄くないわよ」

光がほとばしった。
少女の左腕に、確実に焼かれた感触が残った。
少女は氷の制御を失って落下した。
落下しながら、半回転した少女は男と顔を合わせた。
紅に飾られた男の声が、少女を追った。

「あたしの名前は李乃(リノ)。
花坐隊の中で、最も怒らせてはいけない人間」

李乃の雷撃が、少女に放たれた。









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