青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第一六話 綾(あや)はもつれて

一行は山道を歩いていった。
先頭に小男と栗色髪の女性が立って、その後ろを達國が歩いた。
達國は歩きながら、二人のことを紹介した。

「こっちの小さいのが、宙々(チュウチュウ)。
そっちのおっぱいたゆんたゆんなのが、寧火(ネイカ)だ」

「お、おっぱいたゆんたゆんって、どんな紹介の仕方ですかあっ」

寧火は顔を真っ赤にして、大きな瞳をくりくりさせた。
達國はそれから、美智姫に向き直ってこそっと耳打ちした。

「さっきはすまなかったな、美っちゃん。
美っちゃんだと気づかずに、気に障るようなこと言っちまった。
美っちゃんにとって、何年も先の話ってのは」

「もういいの、達國様」

美智姫は達國の言葉をさえぎった。
青い瞳で達國の顔を見つめながら、美智姫は続けた。

「あたしは、なんにも気にしてないから。
この話はもう、終わりにしましょう、ね?」

達國は言いよどんで、それからそうだなと言葉をにごした。
朱狼は二人の後ろで、いぶかしむような視線を向けた。
その後ろで蒼鱗が、単純なる嫉妬の気持ちによって痛い視線を向けていた。

道を進みきって、小さなほら穴の開いたがけに突き当たった。
ここが入り口だぜと達國が言って、甲の国の三人は中に入っていった。
朱狼たちはけげんな様子で、三人の後に続いた。
ほら穴は、すぐに行き止まった。
その足元や壁や天井に木材が組まれていることに朱狼が気づいたとき、
達國は壁に伸びた金属の筒に声を張った。

「達國だ、上げろ!」

木枠が揺れた。
朱狼は足がぐらついて、床に手をついた。
ギチギチと音がした。
彼らの乗った木枠は、まっすぐに上昇していた。
阿牙鳴が、上気した声を上げた。

「カラクリの昇降機ですぜ!
あっしらの乗ってる木の箱が、縦のほら穴を移動していやす。
こんな人間を一〇人以上も上昇させる昇降機は、あっしも見たことがありやせんでしたが」

達國が振り返って、にやりと笑みを見せた。

「封妖石のエネルギーは、カラクリの動力にも応用できんだ。
甲の国が妖術だけの国だと思ったら、大間違いだぜ」

登りきった昇降機は、がくんとひとつ大きく揺れてから停止した。
達國に押されて、朱狼たちは外に出た。

外に出た朱狼の体に、下から冷たい風が吹き上げた。

下を見た朱狼は、思わず足がすくんだ。
今いる足場は、がけの壁面から板材が垂直に飛び出した格好をしていた。
その板材ががけに沿って回廊のように並び、あるいははしごをはさんで段違いになりながら、
がけの壁面にアリの巣の断面図のような地形を作っていた。
板材から下を見下ろせば、家屋にして六階分ほど下にさっきの道が見えた。
手すりはなかった。

美智姫はひゃんと声を上げて、思わず朱狼の背中にひっついた。
達國は昇降機番の男に声をかけてから、笑いながら美智姫の背中を叩いた。

「なんだ美っちゃん、高いところは苦手か。
甲の国の人間は生まれたときからこの高さだぜー」

「ちょっとお達國様、押さないでくださいよっ」

ほんの軽く押す達國に対して、美智姫は必死で踏ん張った。
とばっちりを食らって、朱狼が一番きもを冷やした。
周囲の様子を見渡しながら、李乃が尋ねた。

「達國様、この地形、居住区はどこにあるんですか」

「ん、居住区ならそこらじゅうにあるぜ、ほら」

達國は右上を指さした。
板材に接して開いたほら穴からもくもくと湯気が上がり、そこから老婆が出てきた。
老婆は手すりのない回廊をひょこひょこ歩き、はしごを軽く上がっていった。
その途中で達國たちに気づいて、あいさつした。

「あら達國さん、おかえりなさい。
そちらお客さんですか」

達國は近の国からの客だと伝えた。
反対側の上方から、声がかかった。

「おーい達國さん、ちょっと来てくれー。
炉の調子が悪いんだ、見てくれねえかなー」

達國はそちらを見上げた。
黒い煙を出すほら穴から、男が顔を出していた。
達國はおうと答えて、板材を走りはしごを駆け上がってそこに向かった。
達國はほら穴に入って、そこにある機械をいろいろといじった。

「ここ、詰まってるぜ。
ちゃんと整備しねえから、こういうことになんだよ」

達國がその場所をいじると、黒いすすがぶわっと吐き出された。
達國はせき込んだ。
達國に遅れて、朱狼たちもそのほら穴に来た。
朱狼は達國の様子を見て、あ然としたように口を開いた。

「ここの国は、領主でもそんな仕事をするんですか」

達國の顔はすすで真っ黒になっていた。
へらりと笑って、達國はのたまった。

「人口の少ない国だからな、領主が領主らしい仕事だけしてちゃ成り立たねえって。
メシも採るし山も掘るし封妖石の精製もするし、ナンパだってするさ」

朱狼は頭を押さえた。
穴から出ながら、達國は説明した。

「ここは封妖石の精製をする場所だ。
ちなみに採掘場はあっちにあるし、封妖符を作ってる場所もあっちにある」

達國はあっちこっちを指さした。
蒼鱗がそれを目で追いながら考察した。

「居住区と採掘場と加工場がごっちゃになってるんですね。
まるで鉱山をそのまま国にしたような形です。
しかしこんな造りじゃ、自然災害にはめっぽう弱そうなんですが」

達國が憤慨した。

「失礼な、ここの回廊は妖術で精錬した鉄材で裏打ちされてるんだぜ。
地震が来ても台風が来てもびくともしねえよ。
それとも顔だけのヤサ男は、足元がおぼつかないんじゃ怖くて女も口説けねえか?」

蒼鱗は笑顔のままピキッと青筋を立てた。
そんな蒼鱗を軽く流して、達國は説明を続けた。

「まあ、もう少し上に上がればさすがに手すりはつくし、もっと上がれば屋根と壁もある。
傾斜がゆるい場所なら、普通の家屋もねえことはねえしな。
ちなみに客人用の部屋は、上層の屋根のある場所にある。
風呂を沸かして、とびっきりのキノコ料理をごちそうするよ」

「やった」

美智姫がよだれをはたはたとこぼした。
朱狼は頭を押さえながら、千夜と一夜は無表情で、よだれをふかせた。
達國はすすを払うと、髪と眼帯とを整えながら指示を出した。

「んじゃ宙々、寧火。
オレはさっきの外回り中に仕留めた妖怪について記録をまとめてくるから。
寧火は美っちゃんたちの案内、宙々は妖怪の骨を保管庫に置いてきてくれ」

「ういっす」

「分かりました」

白納仁が前に出て、達國に尋ねた。

「ワシは洋國(ヒロクニ)様に会ってきてもいいかの」

「ああ、構わねえぜ。
白納仁さんは何度かこの国に来たことあったよな、親父の部屋は前と変わってねえから」

「ありがとう」

白納仁は洋國の部屋へ歩いていった。
達國は寧火に向き直った。

「じゃあ寧火、後は任せるぜ。
またその無駄にでかいおっぱいで誰かを押し潰すなよ」

「お、押し潰しませんよおっ。
そんな何度も何度もあんな事故、起こしませんったらあっ」

達國は笑って、さっさと自分の仕事場に向かってしまった。
寧火はため息をついて、へろへろと愚痴をこぼした。

「まったく達國様、いつもいつも無駄にでかいおっぱいって。
好きで大きくなったんじゃないですよう、人にあげれるものならあげちゃいたいくらいですよう」

千夜と一夜がイラッとしたのを、朱狼は背中で感じた。
美智姫はきょろきょろと辺りを見回して、口を開いた。

「ねえ、岩砲がついてきてないみたいだけど。
あと李乃も」

蒼鱗はしばらく考えて、答えた。

「岩砲さん、はさまってましたよ、昇降機の出口に」

「……あのデカブツ」

朱狼の頭痛は、しばらく治まりそうになかった。



天井と壁のある回廊に、すだれのかかった横穴が開いていた。
白納仁は、そのすだれをくぐった。
すだれについた鈴がしゃらしゃらと鳴って、中の人間に来客を告げた。
横穴は弧を描いて、壁面に並べられた封妖石の装飾がだいだい色の照明具となっていた。
白納仁は弧に沿って進んだ。
穴の奥から、声が届いた。

「誰だ」

「白納仁です、洋國様」

こつりと、筆を置く音が聞こえた。
白納仁は奥へ進んだ。

穴の最奥で、前領主・洋國は背を向けて書机に向かっていた。
机上の照明が、洋國の白い衣と短く切った白髪頭の輪郭を強めていた。
白納仁はあいさつをした。

「お久しぶりです、洋國様」

洋國は振り返りながら、口を開いた。

「五年ぶりか、それとも四〇年ぶりと言うべきかな、ハクさん」

洋國は茶色い左目を白納仁に向けた。
右目には、眼帯をしていた。









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