青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第一七話 親しき仲

封妖石の照明を点灯させつつ、宙々は奥まったところにある横穴を進んでいった。
この穴には、種々の妖にかかわる物品が保管されていた。
穴の奥には、石像やら巻物やら、物によって濃く薄く妖力をたたえた物品が雑多に置かれていた。
宙々は手近な棚の引き出しを開けて、空の場所に今回の外回りで得た骨を収めた。
そうして外に向かおうとしたとき、宙々は何か気配を感じた。
宙々は振り返った。
きちんと巻かれていたはずの巻物が開いていて、そこに描かれたナメクジと、宙々は目が合った。

入り口の方から、声が反響した。

「宙々さーん、まだいますかあー。
お夕飯の用意ができてますよー」

声の主は、寧火だった。
寧火は栗色の髪と乳房とを揺らしながら、穴の奥へひょこりと顔を出した。
宙々は、倒れていた。
あお向けに白目をむいて、白紙の巻物が腹にかぶさっていた。
寧火は声を上げて、宙々を揺り起こそうとした。
宙々はそのとき、突然身をしならせた。
寧火は背後の壁にぶつかった。
側頭部に、じわりと血がにじんだ。
立ち上がった宙々は、こん棒をぶら下げて寧火に殺意を向けていた。
宙々の顔を見て、寧火は喋った。

「宙々さん、何を」

こん棒が寧火を打ちつけた。
寧火は倒れた。
ひたいに血のしずくを流して、寧火は尋ねた。

「あなた、宙々さんじゃ、ないですね」

こん棒は何度も寧火に打ちつけられた。
寧火の体に、あざがどんどん増えていった。
身を押さえながら、寧火は言葉を吐いた。

「宙々さんでないなら」

寧火の身が跳ね上がった。
鎌首のように曲げられた右脚が、宙々の首をつかんだ。
宙々は、頭から床に叩きつけられた。
寧火はすくりと直立して、髪の毛をひとつにくくった。
封妖符を右手に握りしめて、寧火は言葉をつらねた。

「容赦はしません。
甲の国の筆頭術師寧火、断罪します」

封妖酒を吸った封妖符が、妖力の大剣を形成した。
血の流れた跡の下で、栗色の瞳が薄い色合いでまたたいた。



だいだいに揺れる照明の下で、白納仁と洋國は杯を交わした。
酒をくいっとあおってから、白納仁は言葉を吐いた。

「まさかもう、洋國様が引退しているとは思いませんでしたよ。
私ですら今なお現役で頑張っているのに、ずるいお方だ」

洋國は揚々と笑った。
それから二人はかわるがわるに言葉を交わして、酒を減らしていった。

洋國は、噛みしめるように言った。

「オレには都合五人の子をもうけたが、上の四人はすぐに死んじまった。
そのせいだろうかね、達國はものすごく、優秀だよ。
性格はあんなだが、あれで頭は切れるし、何より妖力がずば抜けてる。
あいつの『目』は、オレをもしのぐ力がある。
しかも、二色共存だ」

洋國は指で、右目の眼帯をなぞった。
茶色く光る左目を白納仁に向けて、洋國は問いかけた。

「大妖怪の周期の件といい、今この時代、何かが変わろうとしている。
そっちはどうだ、ハクさん。
前に朱顎(シュガク)君に聞いたときは、息子の朱狼君は自分を超える存在だと言っていた。
あなたのチームでは、やはり朱狼君が一番将来に期待が持てるか」

白納仁は、酒をひと口飲んだ。
揺れる酒の水面を見つめながら、白納仁はぼそりと言った。

「一番は、蒼鱗じゃの」



美智姫たちを客室へ送り終えた達國は、焼酎のひょうたんを腰に提げてぶらぶらと歩いていた。
がけから張り出した廊下は壁も天井もなく、冷やっこい空気だけが夜のとばりに張りついていた。
達國は茶髪頭をぼりぼりとかいて、大きくあくびをした。
そのとき達國の耳に、声が届いた。

「達、國、さん」

達國は顔色を変えた。
曲線を描く廊下を、達國は大股で駆け行った。

傷だらけの寧火が、壁に寄りかかってくずおれていた。
達國は寧火の両肩を持って問いただした。

「なんだ、寧火、何があった。
この傷はいったい?」

寧火は血のりのついた顔を上げた。
途切れ途切れに息を吐き出して、寧火はあったことを伝えた。

「宙々さんが、妖に取り憑かれていたんです。
倉庫の妖が、動き出してて。
宙々さんに憑いた妖は、倒せたんですけど、他の妖がまだ。
達國さん、倉庫の妖は、美智姫様たちを狙ってます。
急いで、美智姫様たちのところへ戻って、助けに行かないと」

立ち上がろうとする寧火を、達國は制した。

「分かった、オレは美っちゃんたちのところへ向かうから。
おまえは無理せずに医務室に行け、いいな」

達國は寧火に背を向けて、駆け出そうとした。
その達國の足が、くっと力をためた。

「って言うと思ったかよ」

達國は高く跳んで後ろ宙返りをした。
空中に浮いた達國の真下を、妖力の大剣が駆け抜けていった。

スキのない動きで着地した達國は、手ぐしで髪を直しながら鋭い視線を飛ばした。

「寧火、てめえが憑かれてやがんな。
見破れねえわけねえだろう、何年一緒にいると思ってんだ」

大剣を持った寧火は、攻撃的な視線で振り向いた。
その寧火のみぞおちに、達國のつま先が突き刺さった。
寧火は目を見開いて、胃液を吐いた。
くずおれた寧火の姿を、達國は見下ろしながら言葉を降らせた。

「他の妖がいるかどうかは知らねえが、美っちゃんたちがそうそうやられるわけがねえ。
オレはてめえをつぶすぜ。
オレのかわいい妹分に取り憑いてそんだけ傷をつけてくれた、クソッタレ妖のてめえをだ」

寧火は大剣を振った。
達國は寧火を飛び越して、後ろに回った。
達國は眼帯に手を当てていた。
寧火が次に動くより早く、達國の眼帯が引きはがされた。



一方の美智姫たちは、違う次元で戦闘を繰り広げていた。

「くらえーっ、必殺二刀流枕投げ乱舞ー!」

美智姫の両手から、ふたつの枕が投げられた。
李乃はにやりと笑って、妖術を唱えた。

「封護電燦浮遊燐(フウゴデンサンフユウリン)」

李乃の周りを電気の粉が取り巻いて、飛んできた枕を空中で止めた。
美智姫はむきーっとなってわめいた。

「ちょっと李乃、枕投げに妖力使うの禁止!
遊びの決闘に全力出すとか大人げないわよ!」

李乃は本気の笑みで言い放った。

「ふっふっふ甘いわよ美智姫様、遊びだからこそゆずれない戦いというものもあるのよ。
遊びゆえにルール無用、ゆえに使える手を出し切って何が悪いのかしら。
過程や方法なんてどうでもよし、勝てばよかろうなのだー!」

電気をまとった枕が、振られた李乃の腕に合わせてまっすぐに美智姫へと飛んだ。
美智姫は布団を蹴り上げた。
立ち上がった布団に当たった枕は、まるで石の壁にぶつかったようにはね返された。
事実、布団は石と化していた。

美智姫は勝ちほこった笑顔で言い放った。

「ほーっほっほっ、青玉の血の力、なめるでなくてよ。
青玉の血に流れる封印の力で、布団を石に変えてやったわ」

李乃はむきーっと歯ぎしりした。

朱狼は終始イライラしていた。
甲の国の客室に来てまで勃発したこのらんちき騒ぎに、朱狼の堪忍袋はもう限界だった。
とうとう朱狼は立ち上がって、声を上げた。

「おまえら」

言いかけた朱狼の顔面に、一夜の回転膝蹴りがめり込んだ。
朱狼はぶっ倒れた。
顔面を押さえてふるえながらにらむ朱狼に、一夜は無表情のままひょうひょうとのたまった。

「膝枕という名の枕を投げつけてみました」

「『みました』じゃねえー!」

朱狼の横に、すっと千夜が正座をしてうながした。

「朱狼様、こちらに正しい膝枕が用意できました。
この膝枕でゆっくりとお休みになれば、その荒ぶる気持ちを鎮めることができるでしょう」

「できるか!
膝枕なんて一生使わん!」

千夜は一切無表情のまま、朱狼に顔を接近させてつらつらつらつらと言葉を吐いた。

「あのアバズレ巨乳女の乳枕は受け入れられて私の膝枕は受け入れられないと申しますか。
朱狼様はそんなに巨乳がよろしいですか薄い胸は嫌いと申しますか女性は胸がすべてだと
申しますか私の存在価値など皆無と申しますか私の好意が受け入れられないと申しますか」

「千夜、寄るな、怖い、怖い。
その右手に持った小刀をしまいなさい」

その場にさっそうと蒼鱗が現れて、輝く笑顔でのたまった。

「千夜さん一夜さん、膝枕ならこの私が使わせていただきましょう。
胸がなくたってなんの問題がありますか、さあ二人とも私の胸の中へ飛び込んできなさーい!」

千夜と一夜の回転膝蹴りが、蒼鱗の頭部をはさみ打ちした。
蒼鱗は目を回しながら、満足そうな笑みでぶっ倒れた。

阿牙鳴はおろおろしながら、部屋の隅で様子を見守っていた。
岩砲は窓のそばで、クマのはく製よろしく黙って仁王立ちしていた。

その岩砲が、ふと窓の外を見て声を上げた。

「何かあったみたいだ」

部屋の中にいた全員が、岩砲の方に顔を向けた。
そちらに駆け寄ろうとした朱狼が、くらりとめまいを起こした。
ひたいを押さえて、朱狼はつぶやいた。

「なんだ、この妖力」

バタバタという足音が響いて、部屋の扉が開いた。
白納仁だった。
炎の蝶を従えた白納仁は、部屋の全員に命令した。

「すぐに戦闘準備をしろ。
達國様が、妖に憑依された」

下弦の月が、甲の国を見下ろしていた。









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