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青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第二三話 背負い別れる

誰も彼もが、沈黙していた。
白納仁は目を閉じたまま首を振り、千夜と一夜はうつむいたまま美智姫の元へ歩み寄った。

声を上げたのは、李乃だった。

「ちょっと、待ってよ。
何言ってるのよ、美智姫様。
いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるでしょう。
隊長さんを花坐隊から追放するなんて、そんな」

「李乃」

朱狼が李乃を制した。
朱狼は身を起こして、李乃を振り返らないまま言った。

「オレに異論はない」

美智姫は朱狼の姿を見つめて、それから視線をそらして花坐隊の面々に呼びかけた。

「それじゃあ、あたしたちは明朝にはここを出立するから。
各自支度をして、すぐに出かけられるようにしといて」

「待ってよ、美智姫様!」

李乃の声は悲鳴に近かった。
振った頭から黒髪が乱れて、緑と金の髪飾りがしゃらりと音を立てた。
胸を手で押さえて、李乃は訴えた。

「あたしは納得いかないわ。
隊長さん、こんなに体を張ったのよ。
美智姫様を守るためって、今まですごくがんばって、ずっとずっと仲良くしてきて。
それで隠し事がばれたら、はいさよならって。
そんなの、納得できるわけないじゃない」

「朱狼は納得してくれたわ」

「それは!」

李乃の声が震えた。
吐き出す息が小刻みに揺れて、李乃は指先で目元をぬぐった。
鼻がぐずりと鳴って、それから李乃は鋭い視線を上げて言った。

「なら、あたしも花坐隊やめる。
あたしだって、美智姫様を死なすために護衛なんてしたくないもの。
文句ないでしょう、美智姫様」

美智姫は、青い瞳をまっすぐに李乃に向けた。
その視線をはずさないまま、美智姫は返した。

「そうね、ないわ」

どよめきが上がった。
李乃は後ろを見上げて、岩砲にあなたはどうするのと尋ねた。
岩砲は美智姫に顔を向けたまま、自分も李乃に続くと口を開いた。
冷ややかな視線で、美智姫は構わないわと答えた。

阿牙鳴が慌てて進言した。

「いいんですかい美智姫様。
李乃さんや岩砲さんまで抜けたら、花坐隊の戦闘力ががた落ちしやすよ」

「本人にやる気がないんなら、いてもしょうがないでしょう。
いいのよ阿牙鳴も、やめたかったらやめれば。
あなただって蒼鱗だって、今まで知らなかったわけだし」

「や」

阿牙鳴は言いよどんで、後ろの蒼鱗を振り返った。
蒼鱗は厳しい表情で、視線を李乃たちから美智姫に持っていきながら口を開いた。

「私としては、美智姫様に仕えることになんら異存はありません」

そして蒼鱗は、美智姫の後ろに歩んでいった。
歩く途中、ちらりと一度だけ朱狼に視線を向けた。
阿牙鳴は蒼鱗の様子を見て、それから李乃たちの様子とを交互にうかがって、
自身も蒼鱗の後に続いた。

美智姫の周りに、千夜、一夜、白納仁、阿牙鳴、蒼鱗が並んだ。
美智姫の正面に、朱狼、李乃、岩砲が位置していた。

美智姫は細く息を吐いて、それから順々に声をかけていった。

「それじゃあ達國様、後はよろしくお願いします」

「ああ」

「花坐隊の隊長は、白納仁にお願いするわ」

「うむ」

「千夜、一夜、出立の荷造りはよろしくね」

「はい」

「あとは」

美智姫は不意に口をつぐんだ。
朱狼が立ち上がって、美智姫の目前まで歩み寄っていた。

朱狼の平手が、美智姫のほおを打った。

美智姫はほおを押さえて、目を見開いた。
持っていたひざ掛けが、ぽさりと落ちた。
ぶれた視線をゆり戻して、美智姫は朱狼を見た。

朱狼は、泣いていた。

きびすを返して、朱狼は部屋から出ていった。
李乃と岩砲が一度美智姫をうかがってから、朱狼の後を追った。
ほおに手を当てたまま、美智姫は直立していた。

美智姫の口から、言葉がこぼれた。

「なんで?」

涙が、美智姫の目から流れた。

「なんで、朱狼が泣くのよ。
泣きたいのは、こっちの方なのに」

涙はどんどんあふれた。
一夜が美智姫の肩に手を当てて、様子をうかがった。
その一夜に、美智姫は命令を出した。

「一夜、荷物をまとめて」

「はい?」

「今すぐここを出立するの」

「しかし、今は夜で」

「早くしてよ!」

美智姫は一夜を突き飛ばした。
一夜は白納仁に受け止められて、倒れずに済んだ。
美智姫はひざ掛けを蹴飛ばしてわめき散らした。

「みんなも早く準備してよ。
あたしは一秒とここにいたくないの。
早くしてったら!」

書机のものを、美智姫は両手で払いのけた。
筆や本が散らばって、音が響いた。
そのまま机もひっくり返そうと、手をかけた。
その美智姫の両腕を、白納仁が後ろから押さえた。
美智姫はぎゅっと閉じたまぶたから涙をこぼして、机を蹴った。



回廊のだいだいの照明をくぐって、朱狼は早足で歩いた。
李乃は追いながら、呼びかけた。

「待ってよ、隊長さん。
あのね、美智姫様だって、別にあなたをどうでもいいって思ってるわけじゃなくて」

朱狼は不意に立ち止まって、李乃が止まりきれずにぶつかった。
朱狼は壁に手をついて、振り返らないまま尋ねた。

「李乃。
美智姫様の手、荒れてるのに気づいたか」

李乃はえっと言葉を漏らして、朱狼の背中を見たまま立ちつくした。
朱狼はずっと背中を向けたまま、つらつらと語った。

「ずっとひざ掛けで隠していたが、叩いたほおを押さえたときだけ見ることができた。
冷たい水に何度も手をさらすと、あんな感じになるんだ。
侍女の千夜や一夜もいるのに、
あいつ自身があんなになるまで手を水にさらすなんてどんな状況だろうな。
そういえば、オレの頭によく冷えた湿布が載っていたな。
寝台の横には、冷たい水の入った水盤が置いてあったな」

朱狼はそこで言葉を切って、歯のすき間から息を吐いて、壁についた手がするすると滑った。
くらりと倒れそうになった体を、李乃がつかんで支えた。
触れた朱狼の体は、ひどい高熱だった。

「いつだってそうだ。
あいつはいつだって、オレに隠してばっかりだ」

李乃の腕の中で、朱狼の体がずるずると下がっていった。
李乃は朱狼を抱え直して、朱狼のひたいに手を置いた。
かすみのかかった目を閉じながら、朱狼はつぶやいた。

「『ちくしょう』」

朱狼はそのまま、意識を失った。

山々は深い闇に覆われて、月もまだ姿を見せていなかった。
秋は過ぎ去り、冬がそこに立ち止まっていた。



―第一章『いてつく水の章』 閉幕―









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