青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第二五話 集う彼ら書を繰り

鉛色の空を一度見上げてから、達國は肩を縮こませて横穴に入っていった。

四日前から降り始めた初雪は、そのまま強く弱くなりながら今日まで続いていた。
山は完全に白模様になって、遠くかすむ玖陀山脈は雲との境目がおぼろになっていた。
美智姫たちが発ってから、すでにひと月が経過していた。

穴の奥に入って、達國は声をかけた。

「よう、起きてっか」

封妖石の暖房具に照らされて、朱狼は無言のまま顔を上げた。
その顔には、取り替えられたばかりの新鮮な包帯が巻かれていた。
隣の李乃がにっこりと達國を見上げて、おはようございますとこうべを垂れた。
石像のように鎮座している岩砲の隣に腰を下ろして、達國は四人で暖と朝食を囲んだ。

花坐隊を辞めた三人は、達國の厚意で甲の国に滞在することとなった。
戦闘による肉体損傷とそれに併発する感染症に苦しんでいた朱狼は、
昨日ようやく熱が下がって動けるようになったところだった。
動けるようになっても、衣の下はいまだ包帯に覆われていた。

食事をしながら、達國は雪に対してぐちをこぼした。
降り続く雪のせいで、甲の国には封妖石を買いに来る他国の使者や商人が来なくなっていた。
不便なところですものねと、李乃はひとこと枕を当ててから言った。
そこで達國は何か思案するように沈黙すると、箸を突き出しながら李乃たちに尋ねた。

「なあ、おまえら。
甲の国がどうしてこんな山に張りついた奇妙な形をしてるか、知ってるか」

李乃は素直に知らないと答えた。
朱狼も無言のまま、首を横に振った。
達國は箸を上げて説明した。
この山は上質の封妖石が大量に採れるから、昔は盗賊や他国の侵略攻撃が絶えなかった。
それにこの周りの土地は起伏が激しい上にやせていて、開拓しても快適な国にはできなかった。
それならいっそ山自体を国にして、国全体を防衛基地にしようと考えた。
そうしてできたのが、今の甲の国である、と。

それから達國は、皮の上着から封妖石をふたつ取り出して、これを見てどう思うと意見を求めた。
朱狼がそれを見て、率先して意見を述べた。
こっちの石は最高級品、術の精度も妖力の有効活用率も高そうだ。
もうひとつの石は二級品、高度な術は練れそうにないし、
妖力も与えたうちのいくらかはロスしてしまいそうだ。

達國はふっと笑って、種明かしした。

「こっちの最高級品はうちで採れたもの、二級品は他国で作られた人工の封妖石だ」

朱狼たちはしげしげと、二級品の石を見つめた。
存在を知ってはいたが、人工の封妖石を実際に見るのは初めてだった。
達國は苦々しげに、商売敵だと言った。
商売敵になるには質が違いすぎると朱狼が言うと、達國は隻眼を鋭くした。

「この二級品が、オレたちの商品の一〇分の一の価格で取り引きされてるとしてもか」

朱狼は口をつぐんだ。
達國は石を手の中に転がしながら続けた。

「オレやおまえらみたいに、公費で買えるヤツはいいさ。
一級の技を使うために、一級の装備をそろえればいい。
だが一介の旅人や、ちょっとした護身が欲しい小金持ちあたりだと話が変わる。
ただぶっ放せりゃいいんだからな、そういうヤツらは」

茶で口を一度湿らせて、達國はまた続けた。

「さいわい市場は、まだまだうちの最高級品を求めている。
だがこっちは天然物、品質改良もできねえし、掘り続ければいつかはなくなる。
その点相手は、いまだ発展途上だ。
質はどんどん上がり続けるだろうし、大量生産ができれば値段だって今以上に下がる。
そんなのを相手にどう商売を成り立たせていくかが、今のこの国の課題だ」

達國は、噛み潰すように吐いた。

「クソ重てえ課題だぜ」

暖房の橙色が、ゆらゆらと揺れた。
達國が押し黙って、部屋は沈黙した。
それから達國は視線を朱狼たちに戻して、謝った。

「悪かったな、つまんねえ話聞かせちまって。
国家元首として、こういうのグチれる相手がいねえんだわ。
おまえらには関係ない話だから、忘れてくれていいぞ」

そして達國は、残った山菜がゆをかき込んだ。
朱狼たちもそれにつられて、朝食を終わらせた。
今食べた米も、他国から買ったものだった。

食器を片づけて、達國は喋った。

「さて、本題に入るが」

達國が書籍を床に並べて、朱狼は赤い目を引き締めた。

大妖怪封印の周期がずれた理由を探るため、朱狼は達國に資料を求めていた。
達國としても美智姫をみすみす死なせるのは心苦しく、朱狼らへの協力を約束してくれた。

書籍を繰りながら、達國は調べた内容を述べた。

「おまえらが気になってた、血統に由来しない妖力自己供給型の妖術使いだがな。
大妖怪が封印された八四〇年前から、記録に残っている血統非由来は全部で一九人。
そのうち四人が、大妖怪を宿した人間と同じ年に産まれている。
前後五年まで範囲を広げれば、実に一三人が大妖怪と同時期に出生してるんだ。
大妖怪が血統非由来の出現にかかわってるのは、どうやら間違いなさそうだぜ。
で、美っちゃんが産まれた年の前後五年間はどうだったかってえと」

達國は朱狼に目を向けて言った。

「六人だ。
やっぱ異常だぜ、血統非由来がたった一〇年間で六人も産まれるなんて。
もちろんこの六人の中には李乃や、
おまえらが道中出会った蒲公英(タンポポ)って女の子も入ってるが」

朱狼は書籍に目を落として、じっと考えていた。
達國は李乃に話題を振った。

「つーか李乃、おまえ美っちゃんと五つも年が違わねえのな。
オレより年下なんじゃねえか、ビックリしたぜ」

「あらあら、失礼しちゃうわ。
こう見えてもピチピチの一九歳よ、花坐隊の男性陣で隊長さんの次に年少だったのよ」

二人はしばらくその話題で話した。
それから達國は気を取り直して、話を戻した。

「一応、六人の所在も調べたがな。
はっきりしてるのは李乃だけで、蒲公英はおまえらと会って以降は行方知れず、
一人は幼少期に死亡したらしく、一人は目撃情報こそあれその範囲は広く居住国は不明、
二人は国の内乱にまぎれて生死不明ってことだ。
生死不明の二人がいたのは最近内乱でつぶれた煉瓦(レンガ)の国ってとこだが」

岩砲がぎくりと反応した。
びっくりして話を止めた達國に岩砲は顔を向け、それから李乃の表情をうかがった。
李乃は整然と背筋を伸ばして、紅を引いたくちびるを開いた。

「あたしが昔いた国ね」

煉瓦の国は、放浪していた李乃を捕らえて戦闘兵器とした国だった。
面識はなかったが、自分と同じ境遇の妖術使いが他にもいることは当時から知っていた。

達國は彼らの顔をうかがいながら、話を続けた。

「煉瓦の国は新興国で、侵略戦争で領地を広げるために妖術使いをかっさらってたらしいな。
この戦争ってのも安価で大量に手に入る人工封妖石を活気づかせる一因だが、今はどうでもいい。
さしあたって重要なのは、この血統非由来の大量発生が、大妖怪とどんな関係があるのか。
この辺を調べれば、周期がずれた原因も分かりそうな気がするぜ」

朱狼は資料を見ながら考え込んでいた。
達國は視線を李乃に向けて、意見を求めた。

「血統非由来の一人として、李乃、この因果関係をどう思う。
特に、大妖怪の周期がずれたから血統非由来が大量発生したのか、
それとも血統非由来が大量発生したから大妖怪の周期がずれたのか、
あるいはその両方が別のひとつの原因で起こったのか、そういう時間的因果関係についてだが」

李乃は少し考えて、自分たちの出現が大妖怪に影響を与えたように思うと答えた。
なぜそう思うと達國が問うと、李乃は一度朱狼を見てから、達國に告げた。

「美智姫様の最初の暴走のきっかけが、あたしのふたつめの妖力を見たことだったからです」

達國は顔に手を当てて、マジかよとつぶやいた。
壁に背をもたせかけて、朱狼は言葉を吐いた。

「二度目の暴走も、李乃と蒲公英が接触したときだった。
今にして思えば、あの暴走こそ美智姫様の中に大妖怪がいる証拠だったんだろうな。
ともかくそれが李乃なり蒲公英なりと関係しているなら、それを糸口に」

朱狼の言葉が途切れた。
全員が朱狼に顔を向けて、達國が思わず叫んだ。

「なに!?」

朱狼は目を見開いて、自身の胸を押さえた。
押さえた胸から、真っ黒い人間の腕が突き出していた。









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