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青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第二七話 深い緑の底へ誘う

雪と風はまだらに強く、そばに寄らなければ会話を満足にするのは難しかった。
達國は周辺の妖にだけは充分気を配りながら、朱狼と李乃の方へ歩み寄った。
李乃は濡れた瞳を持ち上げて、それが第二の妖力かと尋ねる達國に是を返した。
ひたいの裂け目はゆるやかに閉じて消滅して、あふれていた妖力もその気配を消した。

朱狼が振り返って、李乃に尋ねた。

「李乃、妖力の様子がおかしいぞ。
電撃の力も弱まっている、何があったんだ」

李乃は朱狼を見上げて答えた。

「蒲公英ちゃんに会ってからなの。
あのときから、電気の力が弱まって、代わりにもうひとつの妖力が強くなってる気がする。
お姫様が二度目の暴走をしたときだって、あたしあのとき、
無意識にもうひとつの妖力を使おうとしてた。
隊長さん、岩ちゃん、あたし怖い。
あたしの中に何か別の意識があって、それがどんどん大きくなってる気がするの」

岩砲が李乃の体を立ち上げて、後ろから太い腕で抱きかかえた。
達國が肩の雪を払いながら呼びかけた。

「とりあえず、上に戻ろうぜ。
中途半端な格好で降りてきちまったから、この雪の中にいたら風邪を引いちまう」

「待った、達國さん、もう少しだけ」

朱狼は数歩進んで、指をさした。

「ここ。
雪の荒れ方が妙だ」

達國は朱狼が示した場所を見た。
がけの壁面に沿った八畳ほどの範囲で積雪がくぼみ、表面が水で濡れていた。
その位置はちょうどイノシシが二度目の炎を吹いたあたりだったので、
達國は炎で溶かされたんだろうと述べた。
朱狼はかぶりを振った。

「炎の大きさに比べて広すぎる。
それに、そこ、一か所だけ雪がふわふわのまま盛り上がってる。
残った足跡から推察するに、イノシシが立ち止まって火を吹いたその足元だ。
そのイノシシの足元から、まるで横から光を当てて影が伸びるみたいに雪が溶け残ってる。
この影の、光源の位置をたどると」

朱狼の赤い視線が、その方向へ動いた。
視線を追わずとも、達國はその場所が分かった。
炎を消すため、達國が紫の水晶眼を使った場所だった。

達國はかがんで雪玉を作り、紫の水晶眼で見た。
雪玉はぼそぼそと崩れて、水へと溶けて変わった。
水晶眼は雪から妖力を吸い取っていた。
それは雪が妖力を含んでいることを示し、
さらにいえば今降っているこの雪が、妖術によって作られていることをも示唆していた。

かがんだ達國の耳に、朱狼の声が落ちてきた。

「これだけの現象でオレたちの事情と関連づけるのは、いささかかたよったものの見方だろうか。
だが事実オレたちは、雪を操る妖術使いを知っている」

達國は顔を上げた。
李乃も岩砲も、同じ名前を思い浮かべて朱狼を見ていた。
朱狼は顔の包帯をはずした。
白い肌と炎のような眼光を雪風にさらして、朱狼は祈るように言葉を吐いた。

「近くにいるのか、蒲公英」

回廊の上から、宙々が達國に呼びかけた。
妖の群れの様子を調べるため遠見を行う装置をのぞいたところ、
妖たちが向かう先に落葉樹林にもかかわらず青々と葉がしげる森が見えたということだった。
距離にして、この天気で歩きなら二日ほど野営が必要な距離だった。

朱狼は妖の向かう方向を見た。
そこに李乃が寄り添って、肩に両手を置きながらすがった。

「行くのなら、あたしも岩ちゃんもついていく。
でもせめて、行くのは明日を過ぎてからにして。
明日は隊長さん、誕生日でしょう」

朱狼は思い出したように目を張って、そうか、もう一四歳かとつぶやいた。
それから李乃を振り返って、わずかに苦笑するようにささやいた。

「花坐隊を辞めたから、もう隊長じゃあないんだがな」

李乃は朱狼を抱きすくめて、それでもあなたは隊長よと訴えた。
とにかく上に戻ろうぜと達國は声をかけて、昇降機の方へ歩き出した。
朱狼も李乃の腕をほどいて、それに続いた。
腕をほどくとき、朱狼は李乃へ言葉をつむいだ。

「ずっと、似てると思ってたんだ、おまえの瞳。
美智姫様に似てるんだ。
青玉の血を発現する前の、黒い瞳の美智姫様に」

李乃は泣くように微笑んで、朱狼たちの後を追った。
朱狼たちは昇降機に乗って、甲の国の中へと帰っていった。
妖たちは彼らと無関係に、ずっとゆるやかな列をなしていた。



さらに七日が過ぎて、雪はいまだやまずに続いていた。
朱狼、李乃、岩砲の三人は、くだんの森へと到着した。
吹雪にあおられても、なお木々は新鮮な濃緑をたたえていた。

朱狼は生成り衣の上に、羽毛の外套(がいとう)を羽織っていた。
甲の国で倒した巨大鳥から作られた、赤黒い羽の外套だった。
その上に朱狼は、群青色の毛で編んだ、帽子と襟巻きとを身に着けていた。
誕生日祝いに、李乃が編んだものだった。
李乃と岩砲もおそろいの襟巻きを巻いていて、李乃は茜色(あかねいろ)の、
岩砲は萌黄色(もえぎいろ)の襟巻きだった。
国務を空けられなかった達國は、同行する代わりに封妖酒や封妖石や封妖符をしこたま渡してくれた。

朱狼は頭を押さえて舌打ちした。
集まっている妖たちのものか、あるいはこの場所自体が発しているのか、
大量かつ混沌とした妖力が環境に渦巻いて朱狼の神経を逆なでしていた。
雪雲はこの森から発生しているようだったが、それが蒲公英の妖術かどうかは、
妖力を探っても目の前の森に目を凝らしても現時点では判別できなかった。
森の状況を確かめるべく、朱狼たちは固まって森の中へと入っていった。

森は薄暗く、吹雪の音も枝葉にさえぎられてどこか遠く聞こえた。
三人は警戒しながら進んでいたが、ある程度奥まで来て朱狼は違和感を指摘した。
進めど進めど、あれだけ列をなして来ていたはずの妖たちの姿がまったく見えなかった。
妖力の気配は確かにあるのに、である。

そのとき李乃が地面にかがんで、朱狼に声をかけた。

「見て隊長さん。
これ、妖の死骸のかけらじゃないかしら。
まるで、何かに食い散らかされたような」

朱狼は振り返った。
地面にある妖の残骸を確認する前に、李乃の姿が目に入った。
うつむいた李乃の頭に、金の髪飾りと緑の髪飾りがゆれていた。
髪飾りは鏡のようにみがかれて、光を映り込ませていた。

その髪飾りの表面に、妖の姿が映り込んでいた。

朱狼はとっさに李乃を押した。
見えない物体が朱狼の肩をかすめ、外套に傷が走った。
朱狼が振り返ると、そこには平坦な地面だけで何の姿もなかった。
朱狼は李乃の髪飾りを確認した。
そこにいまだ妖の姿があり、顔を戻して眼前の地面に足跡がついているのを確認すると、
朱狼は封妖石を発動した。

「凛水輪(リンスイリン)」

水属性の封妖石から水流が吐き出され、地面をえぐりながら渦巻いた。
水は土と混じって泥となり、その場にいた透明な存在に降りかかった。
泥をまとって姿を現したそれは、巨大なカニの妖怪だった。

朱狼は紫桜丸を抜いた。
それと同時に、カニのはさみが振られた。
速かった。
朱狼は回避できずに紫桜丸で防御し、
そのまま虫を払うようにはじき飛ばされて離れた位置の木の幹にぶつかった。
鈍く鳴った音は、朱狼の骨が折れた音だった。
だらりと、朱狼の体から力が抜けた。

李乃の視線が朱狼を追っていた。
カニはすでに攻撃態勢に入り、人間の胴体くらいあるはさみを李乃に向けて振り落とした。
間に岩砲が割り込み、はさみを止めた。
いやな音がした。
岩砲の腕が、はさみにはさまれて骨折した音だった。
カニは岩砲ごとはさみを振り上げて、岩砲は投げ飛ばされてカニの背中側に落下した。

李乃は座り込んだまま、正面を見ていた。
カニは李乃に視線を向けて、攻撃態勢を取った。
切れた岩砲の右腕が、はさみに残っていた。









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