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青輪異界国伝聞 美智姫奇譚
第三四話 ナニモデキナクテ、

白納仁に指示を受けた面々が、それぞれに作業をしていた。

美智姫は手持ち無沙汰に、原生林を見渡した。
不思議な風景だった。
大地も木々も、奇妙にうねっていた。
地形は白納仁の背よりも高い段差が平気であったし、木の幹は真上に伸びずに宙をのたうち回り、
ひとつの木が太鼓橋のように上ぶくれの弧を描けば、 別の木がその下をくぐり抜けて下ぶくれの弧を描いたりしていた。

そして一番奇妙に思っていたことを、美智姫は口にした。

「不思議な色。
どの木の葉も、変に紫がかってる」

白納仁が歩み寄って、炎の蝶を舞わせながら説明した。

「この山脈に生きる植物の、生き抜くための工夫ですな。
紫の葉には光合成を行う葉緑素が少なく、
代わりに空気中の妖力を吸収する吸妖素(キュウヨウソ)が含まれております」

白納仁は、地面から土をひとつかみ拾った。
振り向いた美智姫にそれを手渡しながら、白納仁は続けた。

「玖陀の土地は金属が多く有機物がほとんどない、植物の生育には適さない土地。
その土地で生きるには、光と水を糧にするよりも大気に満ちる妖力を使った方が理にかなっておる。
光を求める必要がないゆえ真上に伸びる必要はなく、
大気の妖を効率よく吸収するために空間をくまなく伸びて隙間を埋める。
吸収した妖力は大地の金属すら加工し、その身に取り込んで宙をうねる幹の骨格とし、
巨大な妖怪から身を守る外殻とする」

美智姫は手に乗せられた土を、指でなでた。
金属質の、特有の触り心地と光沢とがあった。
美智姫はそれから、木の幹に白い手を触れた。
幹の曲面は黒くつやめき、どこか作り物のような、生物的でない感触があった。

白納仁が、美智姫から顔を上げた。
封妖石の回収を終えた寧火が、こちらへ歩いてきていた。
軽く息を上げる寧火に、白納仁は何か気づいたことはないかと尋ねた。

「なんか、あったかいです。
炎の封妖石なんですけど、ずっと熱を持ってて、
封印されてる妖がだだ漏れになってるみたいな感じがします」

白納仁はうなずいた。

「それもこの山脈の特徴。
ここで採れる封妖石は純度は高いが、質はあまりよくない。
大気に満ちる濃い妖力に当てられて、自然と妖を発してしまう。
それによって山の空気は常に炎の妖が供給され、
高地にもかかわらず比較的温暖な気候を有するわけじゃな」

言われて、美智姫は気づいた。
今年の冬は崎の国にいたころから息がこごるほど寒かったのに、この山脈に入ってから、
白い息を吐いた覚えがなかった。

美智姫は、はあっと息を吐いた。
湿度を含んだ呼気は、やはり白くはならなかった。
もう一度試してみようとして、それは白納仁に止められた。

「ご注意を。
空気は冷えていなくとも、高地にふさわしく空気は薄い。
息を切らさぬよう余剰な動きは控え、
必要ならば風の封妖石で空気を補充することも必要となりましょう」

美智姫は口をつぐんだ。
少し強く息を吐いただけで、なんとなくめまいが起きたような気がした。
それを感じたとき、ふと白納仁が戦闘中面々に指示を飛ばしながらも平然としていたのを思い出し、
白納仁は高地に慣れているのかと疑問が生じた。
その疑問を口にする前に、千夜と一夜が歩み寄って手当てが終わったことを報告した。

白納仁は、阿牙鳴と蒼鱗の元へ向かった。
二人とも負傷はしたが、特に問題ないというように立ち上がってみせた。
蒼鱗は折れた左腕を押さえながらも、つとめて笑顔で白納仁と言葉を交わし、
それから寧火に話しかけた。

「寧火さん、続けて仕事を頼んでしまって申し訳ないんですが、
倒した妖の解体を手伝っていただけませんか」

寧火は了承して、妖の死骸の方へ向かった。

資金面で潤沢な花坐隊が普段利用することは少ないが、
倒した妖の死骸は長距離の旅において重要な資材となる。
妖力を抽出して妖力源とするほか、肉を食料としたり、加工次第で武器や日用品など、
様々な物資を作ることもできる。

解体作業をしながら、寧火は漏らした。

「あたし、妖のお肉を食べるの、いまだに慣れないです。
妖力を抜かないと変な臭みがありますし酔いが出ますし、かといって妖力を抜いたら、
食べやすくなるけどしぼんでスカスカになっちゃいますし。
せめて妖力酔いをなんとかできれば、いいんですけどねえ」

隣で部位の選別をしながら、蒼鱗が答えた。

「妖力酔いの一番の予防は、妖術を使うことで体内の妖力を消費することと言いますね。
ただ妖力の代謝を早める薬もあるんですよ、料理に配合するのは味の保障ができませんが。
前に寧火さんにあげた薬も妖由来ですが、妖力を抜くと効果が落ちるので、
その代謝を早める薬を配合しました」

「え、あの薬、妖由来だったんですか?」

「ええ、巨大カマキリの妖の内臓をすり潰して調合しています」

「えええ」

寧火は鳥肌を立てた。

「あ、あ、あの薬、カマキリから作ったんですかあ?
あああたしカマキリダメなんですよう大嫌いなんですよう。
あのすり傷に使った塗り薬ですかあ?」

「そうです、あの薬です」

「白くてどろんとしてねばねばした、あの薬ですかあ?」

「そうです、あの薬です」

「傷口にちゃんと行き渡るようにって、
わざわざ蒼鱗さんが全身くまなく塗りこんでくれたあの薬ですかあ?」

「そうです、あの薬です」

「傷がないのにわざわざおっぱいまで念入りに塗りこんでた、あの薬ですかあ?」

「そうです、あの薬で」

美智姫と千夜と一夜が、同時に蒼鱗を殴り飛ばした。

妖の解体と選別を終え、荷物が完成した。
荷物のひとつを率先して持ち上げながら、白納仁は気を入れた。

「さて、次の宿泊地点まであと少しじゃぞ。
次の洞穴は水が湧いているはずじゃし、炎の封妖石も大量に手に入ったし、
しばらくぶりに風呂を沸かせるはずじゃ」

「やった」

美智姫が反射的に高揚した。

面々がそれぞれ荷物を持ち、旅支度を整えた。
阿牙鳴も出発の準備をするため、立ち上がった。
その踏み出した足が、地面の妙な柔らかさを感じた。
阿牙鳴は足元を見た。
足元は奇妙にぬかるみ、こぽこぽと泡立っていた。

その泡立ちの向こうに、何者かの目が見えた。

阿牙鳴は叫んだ。

「て、敵襲!」

全員が振り向いた。
それと同時に、阿牙鳴の足元が破裂した。
水柱が立ち上がり、阿牙鳴はそれに飲み込まれた。
水柱は次の瞬間にはくるりと向きを変え、あっという間に地面の中に潜ってしまった。

一瞬見えた水柱の頭は、ヘビの形をしていた。









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