目次
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第8ステージ ジャングル
▲ 1 ▼
うっそうと木の茂る、昼でも薄暗いジャングルの奥地。
その中でぽっかりと開けて日が射すステージのような場所で、ルファはたたずんでいた。
たった一人で、しかしスルメイカの気配はぐるりと周りを取り囲み。
彼は感じていた。
愛しきミドリの香りを、そして魔王を討たんとする者の香りを。
ルファは目を閉じて、祈りを捧ぐようにつぶやいた。
「いい……香りですね」
ルファはゆっくりと両腕を上げて、香りを全身で受け止めた。
細い指の間から、日光がこぼれて。
不意に、ルファの眉毛がぴくりと動いた。
「なんですか……この美しくない匂いは」
煙の匂いだった。
かすかだが、しかし確実に何かが燃えていて、しかも近づいていた。
ルファは正面を見据えて、その存在を察知しようとした。
「ジャングルが燃えている……由々しき事態です……
しかも火元がこちらへ接近している、早急に取り除かねば!」
ルファは氷の書を構えた。
そして火事の原因であるそれが木々をへし折り姿を現した途端、氷の魔法を発射した。
「ブロントく〜ぶふぁっ!?」
氷の魔法はマグマテミの顔面に直撃した。
魔法はマグマテミからマグマの力を奪い取り、元のテミへと戻した。
「ああ〜、やっと戻ったよ〜」
「やれやれ、これでようやく近寄ることができるよ」
茂みからブロントとミドリが顔を出した。
ミドリはルファの姿を確認した途端、大声で叫んだ。
「ルファ!!」
ルファはミドリに向かって微笑んだ。
「ミドリ、久しぶりですね。よく来てくれました」
ルファの笑顔を見て、ミドリも笑い返した。
「ルファ! ミドリ、ブロントテミ、ルファ助ける、するのに来た!
大丈夫、ブロントテミ魔王倒す、ミドリルファ暮らす、一緒に!」
ルファは笑顔を崩さなかった。
だが、その色に陰りが見えた。
「間違っていますよ、ミドリ」
風が吹いた。
木々の葉が、揺すられて騒いだ。
「ブロントとテミが魔王を倒すことなどあり得ません。絶対に」
それを聞いて、ブロントが眉をひそめ、微笑みを含んで言った。
「どういうことかなルファ」
ルファはブロントを見つめた。
その顔はもう笑っていなく、氷のような冷ややかな視線を送っていた。
「簡単なことです。
あなたたちはここで殺されるからです。この私にね」
▲ 2 ▼
風は吹き続けた。
四方で騒ぐ木々の音が、共鳴して胸の奥で響いた。
ブロントが口を開いた。
「理由を説明してくれないか、ルファ。
どうして君が、僕たちを殺す必要があるんだい?」
「がぅっ! ブロントテミ、敵ない!
ルファ、魔王味方、する、がぅ!?」
ルファの視線がミドリに流れた。
笑っていた。
「魔王に味方? まさか! なぜ私が魔王に味方するのですか?
確かに私は魔王軍にやられましたが……あれはブロントたちをおびき寄せる狂言です。
私は魔王も殺せますし、殺しますよ。
二人を殺した後にね」
ルファはブロントに視線を戻した。
風になびく水色の髪は、あくまで美しい。
「あなたたちは邪魔なんです、私にとって。
なぜだか分かりますか? あなたが主人公だからですよ」
ルファの顔に、不意に憎しみの色が浮かんだ。
凍てつく威圧が空気を駆けて、ブロントの肌があわ立った。
威圧のベクトルをブロントに保ったまま、ルファはまくし立てた。
「美しさでは私の方があなたより断然上なのに、主人公はあなただ!
なぜ!? なぜ美しい私が主人公ではないのですか!?
おかしい! 狂っている! 美しい私が単なる脇役の一人に過ぎないなんて!
狂っているから正しい姿に正す……! そう、すなわち……
ここから、私がこの物語の主人公になるのです」
風が止んで、空気が止まった。
ルファに対峙するブロントが、静かに口を開いた。
「要約すると、美しい自分が主人公に一番ふさわしいと」
ルファは微笑んだ。
「その通りです。物分かりがいいところだけは好きですよ」
沈黙の風が流れた。
ブロントはひと呼吸置いて、それからルファにびしっと指差して叫んだ。
「ナルシスト!!(どーん)」
「なっ!?」
ブロントから突然ぶっ放された悪口に、ルファの整った顔立ちが崩れかけた。
ブロントは悪人を追及する探偵のように、怒涛の勢いでまくし立てた。
「何マジメな顔して自分ベタボメしてるのさナルシスト!
おまえなんてしょせん男か女か分からないロング白髪じゃないかもやしっ子!
おまえみたいなひょろひょろオカマ野郎にこの小説の主人公なんか無理なんだよボケ!」
「な、な、な、な、な、な……」
立て続けに繰り出された罵声に、ルファの容姿も理性も自信もどんどん崩れていった。
ブロントの目がぴかーんと輝いた。
「おまえみたいなスカポンタンには……(がしっ)」
「へっ?」
ブロントはテミの足をつかみ、一気にルファへ詰め寄った。
その構えは、テミを使った打撃。
「ハイパートルネードテミハンマーでお仕置きだぁ――!!」
「あぁ――――れぇ――――」
「げふぁおふぉっ」
久々に登場した秒間百回転の必殺技が、ルファの体を的確に捉えた。
竜巻と共にルファはジャングルを抜けて天空高く舞い上がり、そしてお星様になった。
▲ 3 ▼
「よし、これで一件落着だね」
「がぅ〜、ルファ……」
ブロントは真上に輝く太陽を見て笑い、ミドリは複雑そうな面持ちでそばにいた。
そしてテミは血まみれで目を回していた。
テミはそのままブロントに文句を言った。
「ぶ、ブロント君〜っ、ひどいよひどいよ、私を武器にするなんて〜っ」
ブロントは笑顔のまま、ふらつくテミの方に視線をやった。
そしてテミを抱きしめて、甘い声でささやいた。
「ははは、何言ってるのさテミ。
僕にとって、愛するテミという存在がいることは何よりも強い武器なんだよ」
「ブロント君っvvv」
緑のジャングルのど真ん中で、輝く桃色ワールドが展開された。
愛の光は二人を包み、テミの傷は一瞬で癒えた。
テミはブロントの胸の中でほうけていた。
だがブロントは、腑に落ちないことがあって厳しい表情をしていた。
「今の攻撃ではルファを殴っただけなのに、どうしてテミが出血したんだ……?」
ブロントが誰ともなしに尋ねたとき、背後の茂みががさりと鳴った。
ブロントはすぐに振り返って戦闘態勢になった。
茂みの向こうから星になったはずの彼が現れ、先のブロントの問いに答えた。
「簡単なことです。
硬いものでガードした、ただそれだけのことです」
ルファは盾を持っていた。
巨大で、それでいて美しい、氷の盾。
ルファはブロントに優しく微笑んだ。そして言った。
「弱いですね、あなたの攻撃」
その瞬間、ブロントは全身の肌が一気にあわ立つのを感じた。
百戦錬磨の彼であるからこそ、ルファの実力を見抜いてしまった。
強い。
ブロントは笑った。
それは畏れをごまかすための虚勢。
氷の魔法によって辺りは冷ややかになりながら、彼の額に汗がにじんだ。
「弱いかどうかは、僕を倒してから決めなよ」
ブロントは語った。
そこに自信などはない、まやかしの虚勢。
挑発的な文句を思わずこぼしてしまうほど、彼は追い詰められていた。
ルファは穏やかに微笑んだ。
「そうですね、あなたを倒すまでは私が敵役ですからね。
手早く倒して、私が真の主人公にふさわしいことを証明しましょうか」
ルファは右手を上げて合図した。
辺りの木々から、スルメイカが一斉に空中に飛び出した。
ルファは呪文を唱えた。
「氷結せよ、スルメイカたち……降り注げ、氷の刃(やいば)となって。
スキルHコード、ヘイルストーンウィズスクイド!」
空中のスルメイカが、ルファの魔力を浴びて一瞬で氷の塊となった。
そして巨大な雹 (ひょう)となって、ブロントに鋭く襲い掛かった。
▲ 4 ▼
ブロントは素早く剣を抜いた。
クロウから譲り受けたミスリルの剣が、ブロントを突き刺さんと輝く氷のスルメイカたちを迎えた。
スルメイカは剣の表面を滑走し、軌道をわずかに狂わされてブロントの横をすり抜けた。
そうして落ちたスルメイカは、もしくは初めから的外れの場所に降り注ぐスルメイカは、
大地に弾かれて粉々に砕け散った。
「くっ……!」
ブロントは剣を切り返し、一気にルファへ詰め寄った。
ルファは余裕の表情で、新たな魔法を発動した。
「スキルRコード、レールアイス」
ルファの足元から氷のレールが形成され、それに乗ってルファの体は剣のはるか射程外に移動した。
ブロントの剣はむなしくレールを砕いただけに終わった。
「スキルJコード、ジャベリンズオブアイスドスクイド!」
ルファの手元からスルメイカが連なり、瞬時に凍り付いて巨大な槍になった。
鋭く突き出されるスルメイカの槍、それをブロントはギリギリで横にかわした。
スルメイカの槍は後方の木を突き崩し、自身も崩れて塵と化した。
ブロントは地に手をついて、だが隙を与えず顔を上げてルファをにらみつけた。
地を強く蹴り飛ばして右手の剣で攻撃する、と見せかけて左手から投槍が鋭く飛び出した。
「とろいですよ」
先ほど見せた氷の盾が、ブロントの投槍を軽く弾き飛ばした。
「スキルBコード、ブロッカーブロックアイス」
ルファは冷たく微笑んだ。
ブロントはルファの魔力による冷気を受けながら、額に汗を浮かべて鋭くルファをにらみ上げた。
「本気を出したらどうですか、ブロント」
ルファはブロントを冷たく見下して言った。
「あなたの行動は無駄が多すぎるんですよ。
ヘイルストーンもジャベリンズも、剣で叩き落とせばもっと効率よく動けたでしょう。
曲がりなりにも名の知れた剣士であるあなたが、そうしなかったのが不可解です」
ブロントの瞳には赤い炎がきらめいていた。
怒りの炎だった。ブロントは吐き捨てた。
「このスルメイカたち……
君には、仲間を大切にするという考えがないのか」
一瞬、いや数刻、ルファはブロントが何を言っているのか分からなかった。
ルファはしばらく停止した。
そして突然、吹き出した。
何を言っているか理解したルファは、腹を抱えて高らかに笑い出した。
「あ、あなたは……そのスルメイカを、まさか私の仲間だと思ってるんですか!?
仲間? それが!?
そんなモノ……ただの道具に決まってるじゃないですか!?」
ルファは笑い続けた。
ブロントの非効率的な動き、それはスルメイカを殺すまいとした動きだったのだ。
嘲笑と言うにふさわしい笑いを続けるルファに、不意に威圧が襲い掛かった。
ルファは笑うのをやめてそれを見つめた。
ブロントの怒りの炎が、真っ白く燃え盛っていた。
「できることなら穏便に済ませたかったけど、もう駄目だ……
仲間を仲間と思わないおまえは、僕の一番嫌いな人種だ!!」
▲ 5 ▼
冷や汗が、今度はルファの額を流れた。
ブロントは威圧を噴き出しながら、力強く叫んだ。
「見せてやるよルファ、仲間の力を。
来たれ僕の仲間よ! 最愛の女性、テミ!!」
「ぴゅ〜だらだらだら」
「赤い噴水ぴゅるるるるー!?」
「言ってることとやってることが矛盾してますが!?」
テミは血まみれになっていた。
氷のスルメイカやジャベリンズが砕いた木、さらには氷の盾に弾かれた投槍を食らって、
テミは流血少女テミ・ザ・ブリーディンに変身していた。
「何カッコよさげな名前をつけてるんですか」
「はははははルファ! おまえに輸血する血液はないっ!」
「むしろ輸血、テミいるがぅ!」
「はははテミ、何当たり前なことを言ってるんだよ」
ブロントはテミを抱えて、甘い声でささやいた。
「だって僕らは心も血液も幸せも何もかもを、
誰にも侵害されることなく共有する愛の運命共同体だろ?」
「ブロント君っvvv」
ブロントとテミの周りに甘く輝く運命共同領域桃色ワールドが展開された。
桃色ワールドは二人の能力を再分配し、黄金比率を作り出した。
「元気いっぱいスッキリしゃきーん!」
「しおしお〜」
「分配バランスおかしいがぅ!」
「どうだルファ、これが仲間の結束の力だ!!」
「思いっきり仲間のパワー吸い取ってますが!?」
ブロントは自信をみなぎらせて笑い、構えた。
再分配された強大な魔力が、ブロントの真の力を覚醒させようとしていた。
「見せてやるルファ……僕の本当の力を……
激・変身! エターナルエミュルシフィケーション・マヨネーズ!!」
ブロントの魔力が渦巻き、新しい姿を形成した。
それは鎧になり、兜になり、威風堂々たる騎士の体裁を整えていった。
その姿はカスタード色に輝き。
伝説の騎士が、今ここに光臨した。
「コレステロール値なんのその! 野菜嫌いを撲滅しろと!
乳化という名の魔法を使い! マジカルスパイス効かせるぜ!
B級グルメ界の救世主、マヨネーズの騎士ブロマヨーネ、これより調理開始!!」
ブロントは今、ブロマヨーネとして覚醒した。
ゴージャスな鎧に包まれて、マヨネーズを無視すればめちゃめちゃかっこいい。
その向かいで、ルファがあ然と口を開けていた。
「な、な、な、な、な、なんですかそのわけわかめな変身は!?
認めない! 私は認めませんよ、そんな主人公らしからぬ変な名前は!!」
ブロマヨーネはそれを聞いて、にやりと笑った。
「ああ、認めなくて結構だよ。
僕はこれから、君を倒すんだから」
▲ 6 ▼
ブロマヨーネはミスリルの剣を構えた。
その剣に、ブロマヨーネのドロドロした魔力が集まった。
「さあ、ここからが本番だ。
集まれスルメイカたちよ! 僕に力を貸してくれ!!」
ブロントの魔力にスルメイカが引き寄せられた。
スルメイカはミスリルの剣にまとわりつき、全体で巨大な剣を形作った。
「食らえ必殺! コレステロール・クラッシュ!!」
スルメイカの剣がルファを襲った。
ルファは氷の盾で防御したが、スルメイカは分散し防御の隙間を縫って攻撃した。
「くはっ……!
なぜだ……なぜ今まで私に協力していたはずのスルメイカが私を攻撃する!?」
「分からないのかルファ。
スルメイカに一番合う調味料は、マヨネーズなんだよ!
見ろルファ、マヨネーズに包まれたスルメイカは攻撃に使っても無傷だ!!」
ブロマヨーネは左腕を広げてスルメイカたちを指し示した。
スルメイカはマヨネーズをクッションにして衝撃を受け流し、ルファを取り囲んでいた。
「さあルファ、君は今まで道具として扱ってきた彼らに対して、どれだけ持ちこたえられるかな?」
ブロマヨーネが指をぱちりと鳴らした。
それを合図に、マヨネーズをまとったスルメイカは八方からルファに襲い掛かった。
ルファは素早く魔法を発動した。
「スキルFコード、フラワーオブスノー!」
ルファを中心にして、巨大な雪の結晶が形成された。
それは瞬く間に成長し、六方に向かって鋭い花弁を突きたてた。
だがスルメイカはマヨネーズを使っていとも簡単に受け流し、ルファに打撃を与えた。
ルファは一瞬ひるんだが、すぐに新しい魔法を発動した。
「まだです……まだこの程度で私は……!
スキルNコード、ノーザンロマンスファーラウェイ!!」
集められた魔力がルファの口から放出された。
魔力を含んだブレスは極寒の風となり、スルメイカたちを凍らせんと追い立てた。
だが、油脂成分を大量に含んだマヨネーズはデブの皮下脂肪のように断熱材の役割を果たした。
スルメイカは凍ることなく飛び交い、攻撃の手は止まなかった。
ルファは舌打ちした。
「これでもダメなのか……!
しかし……私が氷の魔法しか使えないと思ったら大間違いですよ!」
ルファの魔力が拡散して、細かな氷の粒子を作り出した。
粒子は霧のように空気中に立ち込めて、互いに衝突した。
衝突による摩擦力は電子の移動を引き起こし、霧の中に大きな電位変化が作られた。
そしてそれが臨界点を迎えた瞬間、炸裂した。
「スキルCコード、クー・デ・フードル(ひと目惚れのような突然の雷撃)!!」
轟音とともに、電撃はスルメイカを瞬間的に襲った。
強力な光とエネルギー、しかし油分たっぷりのマヨネーズは電気を通さずにさえぎった。
スルメイカはルファに攻撃を与え続けた。
ルファはそれを防ぎきれない。
「くっ……こんな食材ごときにこの私が……
う、うわあっ!?」
スルメイカの攻撃によって一瞬よろけたルファは、落ちていたマヨネーズに足を取られた。
ルファは足を滑らせて、豪快に転倒した。
「うう……畜生……っ!」
ルファは今までにない屈辱を感じた。
スルメイカの攻撃と、何よりマヨネーズのせいで、美しかったルファの肌も髪も、
見るも無残な汚らしい状態になっていた。
その姿を見ていたブロマヨーネは、はたと気付いた。
ルファの内に眠る魔力が、強大な魔力が表に現れようとしていることに。
「悔しい……悔しい……悔しい……!
よくも美しい私をここまで侮辱して……!
許さない……許さないぞブロントぉ……!!」
ルファの瞳が、さっきまでとはまったく違うものになっていた。
憎悪の波動をたぎらせて、ルファは最大奥義を発動した。
「スキルAコード! アブソリュート・ゼロ!!」
▲ 7 ▼
「みんな逃げろぉ――――!!」
その危険性にいち早く気づいたブロマヨーネが、大声で全員に呼びかけた。
だがルファの強大な魔力は、すでにスルメイカの数匹を飲み込んでいた。
魔力に触れたスルメイカも、周りの木々も、その刹那に氷結した。
魔力の中央で、ルファが狂気の笑みを浮かべて喋った。
「はは……は……!
アブソリュート・ゼロ……すなわち、絶対零度……
絶対零度は……いかなる温度も存在し得ない世界……
温度というのは……原子の……微細な振動による運動エネルギー……!
分かりますかブロント……! 絶対零度に踏み込んだ物体は、一切の『動き』を奪われるんですよ!
無抵抗のまま凍りついて死ね!! はははははははは!!」
絶対零度領域がゆっくりと、しかし確実に広がっていった。
ブロマヨーネはミドリたちを連れてじりじりと後退した。
うかつに踏み込めば、ルファの言葉通り無抵抗でやられるのは明白だった。
ミドリがブロマヨーネに呼びかけた。
「がぅ! ある、手段、勝つ、がぅ!?」
「ないことはない……!
絶対零度はすべての物体を止めるが、その中心にいるルファはなぜ凍らない?」
ミドリは魔力の中心にいるルファを見た。
ルファの身体を保護するそれを、ミドリは知っていた。
「がぅ! 魔法防御!
ルファ、着る、『精霊の法衣』、している、がぅ!」
精霊の法衣は、魔法具の一種。
着る者の魔力を吸収し増幅させ、魔法に対する抵抗力を高める装飾品である。
ブロマヨーネはうなずいた。
「魔法防御を固めれば、絶対零度でも凍りつくことを防げる……!
もしくは魔法攻撃力を強化して、強力な魔法で絶対零度領域をぶち抜いてもいい……!
だがそれらをやるには、ブロマヨーネの魔力でもまだ足りない……!!」
「がぅ! 桃色ワールド、がぅ!?」
「テミが凍って使いものにならない」
「かちーんこちーん」
「うぁー……」
ミドリは何か方法がないか考えた。
そして、はたと思い出した。
「がぅ! ミドリ、持つ、『知力の髪飾り』!」
ミドリは服の中から知力の髪飾りを取り出した。
これは精霊の法衣と対になる魔法具であり、魔法攻撃力を増幅させる効果を持つ。
それを見て、ブロマヨーネが声を上げた。
「ナイスだミドリ!
よし、僕がそれを使ってルファを倒そう、貸してくれ!」
だが、ミドリは首を横に振った。
「ミドリする、ルファ倒す、がぅ!」
ブロマヨーネは何か言いかけた。
だがそれより早く、ミドリは髪飾りを装備した。
それから絶対零度領域の中心にいるルファをにらみつけて、き然と言い放った。
「ルファ! ミドリします、ルファ倒す、がぅーです!!」
「髪飾りの効果で知的なですます口調に!?
でも文法はめちゃくちゃなままだぁ――!!」
▲ 8 ▼
ミドリは自身の魔力を増幅させて、斧を含む全身をコーティングした。
そして次の瞬間には、絶対零度領域の中へと駆け出していた。
「駄目だミドリ――!!」
ブロマヨーネの制止は、絶対零度領域に阻まれて届かなかった。
ミドリは魔力を込めた斧で絶対零度領域をこじ開けつつ、ルファを目がけて走った。
ルファは自身の強大な魔力によって、精神が半ば暴走していた。
それをミドリと認識しないまま、絶対零度領域に侵入した異物を凍らせんと魔力を放出した。
「うぅ……がぁ……!」
ミドリは元来、魔法攻撃を主とするキャラクターではない。
そのためいくら装備効果で魔力を強化しようとも、ルファの魔力を上回りはしない。
ミドリの体は氷結を始め、鉛のように重くなっていった。
ミドリは腹の底から大声を出した。
「ガァ――――ッ!!」
音の振動が空気を揺さぶり、絶対零度領域をほんのわずかだけ打ち破った。
そのとき、ルファがミドリをミドリと認識した。
狂ったルファの目と、まっすぐなミドリの目が向かい合った。
ミドリは凍りかけた体を強引に動かして割り溶かし、走り続けた。
だが、ミドリの体力は予想を超えたスピードで消耗していた。
ルファまでの距離を確実に詰めながら、しかしミドリはこらえきれずに転んだ。
動きを止めたミドリの体を、絶対零度領域は容赦なく凍らせにかかった。
髪の毛はたなびくことをやめ、まぶたは羽ばたくことを忘れ、
肺はその伸縮をあきらめ、果ては心臓の脈動までも止まろうとして、
それでもミドリはわずかに動くその体をありったけの力でルファへ向けて押し出した。
ルファは狂った口調で、ミドリに向かって怒鳴った。
「ミドリィ――――!! あなたアホですかァ――――ッ!?
むざむざ絶対零度領域に飛び込みやがって、魔法も使えねえくそザコのくせによォ――――ッ!!
何がしたい!? あなたの目的は!? ただ単に死にたいだけですか!?
そんなに死にたいなら私が今すぐ殺して……」
ルファは沈黙した。
ミドリは、すでに氷結していた。
その体に動く部分はもはや微塵もなく。
ただ、光を失った瞳だけは、まっすぐにルファを見つめていた。
「ミド……リ……?」
ルファは、ミドリに近寄った。
近寄って、手で触れた。
冷たかった。
沈黙が、静寂が、ただ無音が、そこにあった。
ルファの目から何かがこぼれ落ちかけて、氷結して、砕けて散った。
ルファの口から、言葉がこぼれた。
「私……は……なぜ……主人公……に……なりたかったの……でしょうか……
私……は……なぜ……美しさ……に……こだわったの……でしょうか……」
ルファの両手が、闇にさまようようにミドリをなでた。
「私は……私は……ただ……
ミドリ……ただ……あなたに……ただ……!
あなたにただ……私だけを……見つめて欲しかった……!」
ルファの目から、涙がこぼれ落ちた。
▲ 9 ▼
ルファはミドリの体を抱きしめた。
ミドリはただ、無言でルファの胸にいた。
ルファののどから、鎖のようにずるずると切れ間ない言葉が流れ出た。
「私はあなたが好きだった!
あなたが私に好意を持っていたのも知っていた!
ただ、あなたは一度も『好き』とは言ってくれなかった!
あなたの好意は単なる家族愛! 隣人愛! 友人愛!
私はあなたと愛を語らいたかった!
でも私から『好き』と言うのは私のプライドが許さなかった!
傲慢なプライド! それが私を邪魔した!
私はただあなたの目を私だけに向けさせようと美しさを求め……主人公の座を求め……!」
ルファの目から、口から、とめどない涙と言葉があふれ出て、動かないミドリの体に降り注いだ。
「でも……私は間違っていました……
あなたはいつも……本当にいつも……私だけを見てくれていた……
私が魔王の手に落ちてからも、ブロントたちの前に立ちはだかっても、
あなたはこうやって……私を見ていた……
なのに私は! どんどん磨きのかかる私自身の美しさと強さに溺れ!
たかが過程に過ぎないものをあたかも目的であるように振る舞って!
その結果が、これですか……!
私は……私は本当に、バカだ……っ!」
ルファは声を上げて泣いた。
その胸に強くミドリを抱きしめて、ただひたすらに泣いた。
そのとき、かすかに鼓動が響いた。
ルファははたと泣くのをやめて、ミドリを見つめてその音に耳を澄ませた。
間違いはなかった。
ミドリの心臓が、確かに鼓動を再開していた。
「ミドリ……!」
ルファはミドリに呼びかけた。
それは単に、強化されたミドリの魔力が引き起こしたことかもしれなかった。
あるいは、ルファの強大な魔力に当てられて起こったことかもしれなかった。
だがルファにはもっと別の、もっと単純な理由が見えていた。
単純で、幼稚で、不確かで、だが誰もが求めてやまないそれが、
二人分のそれが、あたたかな力を持って奇跡を起こしたのに違いなかった。
ミドリの顔がほどけた。
「ル……ファ……?」
ルファは、笑って答えた。
「ここにいますよ、ミドリ……」
ミドリは寝起きのようにまどろんだ目をルファに向けて、寝言のように喋った。
「ミドリ……大好き……ルファ……」
ルファは、目を丸くした。
それから目を細めて、微笑んで、ささやいた。
「私も……大好きですよ、ミドリ……」
「ルファぁ……何……?
聞こえない……ミドリ……がぅ……」
ルファはミドリに笑いかけて、はっきりと喋った。
「大好きです、と言ったんです。
もう一度言いますよ。大好きです。
何度でも言いますよ。大好きです。
あなたが理解しても、まだ言い続けますよ。大好きです。
大好きです。ミドリ。私はあなたが、大好きです」
ルファはミドリを、もう一度強く抱きしめた。
ミドリは無防備な顔をルファの腕に預けて、つぶやいた。
「ルファぁ……分からない、がぅー……
来る、して……近く、もっと。がぅ」
ルファはため息混じりに苦笑して、それからミドリの頭を支え直して言った。
「そうですね。口で言うだけでは、分かりませんね。
この想いを伝えるもっと簡単な方法が、ありましたね」
ルファはミドリに顔を近づけた。
そして二人の唇が、重なった。
ルファの心の奥にあったわだかまりが、絶対零度領域とともに、ゆっくりと溶けていった。
その向こうでブロントが、かき氷鼻血シロップを食べていた。
▲ 10 ▼
「何なんですか、前のページの最後」
ひと段落ついたジャングルで、ルファがブロントに言い寄った。
ブロントはへらへらと笑って答えた。
「いやいや、あんまり色っぽい展開だったから鼻血をね。
それに一ページ丸々ギャグなしというのはギャグ小説としてどうかと思ったんだ」
「だからってあの場面であの描写はないでしょう!?
流れを考えてくださいよ流れを!
読者だって余韻を楽しみたいでしょうにあんな予想外の描写を出されたらテンションダウンですよ!」
「甘いなルファ! 『読者の予想の斜め下を行く』のが意外性のある小説と言うんだぞ!」
「下に行ってどうするんですかぁ――――!!」
ルファの叫びが、だだっ広い地形に広がった。
そこでルファは、はたと気がついた。
「ジャングルはどこへ行ったんですか!?」
あたりにはただ、荒野が広がっていた。
うっそうと茂るジャングルであったはずのそこには、生命の気配が一切なくなっていた。
ブロントがポリポリとほっぺをかいて言った。
「あーそれねえ、まずここら一帯は絶対零度領域にやられて……」
「それ以外は!?
絶対零度領域の範囲はジャングル全体を破壊するほど広くなかったはずですよ!?」
ブロントは苦笑して、言いにくそうに言った。
「いやあ、実はねえ……
最初にマグマテミのつけた火が消えてなくて、戦ってる間に燃え広がったみたいなんだよね……」
ルファはあ然として硬直した。
その横で、ミドリも同じくあ然として硬直した。
二人の肩を、氷結から開放されたテミが叩いた。
「気を落とすな! たまにはこういうこともあるさ!」
「「誰が原因だと思ってるんですか――――!!」「がぅ――――!!」
二人の叫びも軽く受け流すかのように、テミはくるくると回転した。
「二人ともイライラしてるよー。
植物は人の心を癒すっていうから、それがなくなってイライラしてるんだねー」
「何を言ってるんだテミ、ここに花が一輪咲いているじゃないか」
ブロントは回転するテミを受け止めて、甘い声でささやいた。
「そう、テミという名の一輪の花がね」
「ブロント君っvvv」
二人の周りに桃色ワールドが展開された。
桃色ワールドは花開くように広がって、荒れた大地に染み渡った。
そしてそれが、胎動となって地面を伝わった。
「なんだ……?」
ルファは足元から湧き上がる高揚感を感じて、辺りを見回した。
すると次の瞬間、ひょこりと植物の芽が顔を出した。
それもひとつだけではない。幾百、幾千、幾万、いやもっと。
それはくるぶしの高さにも満たなかったが、確かに地に根を下ろし、そして小さな花をつけた。
荒野は、花畑になった。
明るい生命に満ちあふれた。
ひだまりを浴びて、ブロントはルファたちに笑いかけた。
「これからどう生きるかは、君たち自身が決めることだ。
僕たちはもう行くよ。やるべきことがあるからね」
「ばいばーい」
ブロントとテミは東を向いて歩き出して、小さくなって、そして見えなくなった。
見えなくなるまで短い時間ではなかったが、ルファもミドリも黙って見ていた。
完全に二人の姿が見えなくなってから、ルファは口を開いた。
「ミドリ。
これからずっと、この場所で、一緒にいてくれますか?」
「がぅっ、オフコース!」
ミドリはルファの顔を見つめて、そしてにっかと笑った。
ルファも優しく笑いかけた。
風が吹いて、花畑をかき鳴らした。
辺りに漂う香りは、新しい芽吹きを告げる香り。
ルファはひざをついて、花に顔を近づけた。
そしてはたと気づいた。
ルファの脳内で、ブロントの声がリピートされた。
“テミという名の一輪の花がね――”
一帯の花々が、いっせいに口を開いた。
「テミテミ〜」
「「テミテミ〜」」
「「「テミテミ〜」」」
「「「「テミテミ〜」」」」
「「「「「テミテミ〜」」」」」
「うわああああああああああ!!」
ルファは絶叫した。
そしてミドリの方に向き直り、鬼気迫る表情で言った。
「ミドリ、前言撤回です!
ここではない場所で一緒に暮らしましょう!」
「がぅ! 同感、がぅ!」
ルファとミドリは走り出した。
テミフラワーが踏まれて潰れたり蹴られて吹き飛んだりしているが気にしない。
二人はがむしゃらに走った。ブロントたちへの怒りを覚えながら。
なんにせよ、二人には新しい始まりが待っていた。
想いのパズルは、今つながった。
〜ジャングルClear!〜
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第9ステージ 雪原
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