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魔王の城(後編) ―危哭鋼雷刺―

    

部屋の空気が、吹雪の日の窓のように細かくわなないていた。
それは魔王の威圧だった。
その押しつぶすような威圧の中で、ブロントは平然と突っ立っていた。
魔王はその正面で、髪をくるくると指に巻きつけていた。
それから不意ににいっと不健康な笑顔を作って、口を開いた。
darkspirit「わざわざ遠くまでよく来てくれたね、乙だね、乙。
  あ、乙って分かるかな? 『お疲れ様』の略なんだけどね。
  オフで人と喋るのって久しぶりだからね、あんまり喋るの得意じゃないけどよろしくね」

ブロントはにっこりと微笑んだ。
それからまっすぐに、剣を突き出した。
その切っ先を魔王に向けて、ブロントは朗々と宣言した。
blont「世界を混沌に導く魔王め!
  この勇者ブロントがなんとなく倒しに来たぞ!!」
temi「なんとなくだったの!?」

血まみれで倒れていたテミが、がばりと起き上がった。
ブロントはナチュラルに無視した。
魔王は、その笑顔をさらにつり上げた。
髪を巻いていた指をぺろりとなめてから、魔王はへらへらと喋り続けた。
darkspirit「なかなかにワロスなキャラだね、ブロントは、って言うとワロスの説明からしなきゃいけないかな。
  ワロスっていうのは『笑える』とか『笑った』って意味で、その語源は、って説明するのも面倒だな。
  まあつまりググれってことだけど、あー『ググる』もネット用語か」

魔王はぼりぼりと頭をかいた。
ブロントは目を細めて笑顔で言った。
blont「笑えるキャラか、それは光栄だね。
  でも君の立場から言えば、そうそう笑ってられないんじゃないのかな。
  自分のホームに招き入れたつもりかもしれないけど」

ブロントは目を開いた。
その瞬間、青い眼光とともに鋭い威圧が吹き出した。
笑顔を崩さないまま、ブロントは言った。

blont「君は今、追い詰められてるんだから」

その鋭い威圧を、魔王はまた指を髪に絡ませながら受け止めた。
魔王の顔は不服そうだった。
指に巻いた髪を、頭を動かすことで引き抜いて、魔王はひと言ぼやいた。
darkspirit「身の程をわきまえないのはウザスだよ」

その瞬間、魔王からの威圧が濁流のように暴走した。
テミはその威圧を受けた。
temi「……っ!!」

テミのひざが、がくりと折れ曲がった。
そうして倒れる寸前で、テミは抱き寄せられた。
ブロントは片手でテミを抱きしめて、視線を魔王に置きながらささやいた。
blont「気をしっかり持って。
  半端な気持ちで対峙すると、目を合わせただけで命を抜かれるよ」

二人を見ながら、魔王はけらけらと笑ってみせた。
それからまた髪をいじりつつ、見下げた目で言った。
darkspirit「君たちはねえ、そりゃあ普通の奴らじゃ歯が立たない第一級の戦士だよ。
  でも僕は魔王、ランクが全然違うんだよ。
  たった二人で立ち向かえる相手だとでも?」

  「二人じゃねえぜ」

魔王に返事をしたのは、ブロントではなかった。
ブロントは振り返った。

そこには、仲間たちがいた。
威圧の風を肩に受けて、仲間たちはひょうひょうと部屋に乗り込んできた。
そして口々に喋った。
zilva「うひゃー、なんかピリピリしてんなー」
magenda「本当、ジャグジー代わりに使えるかもしれないわね」
rinn「この威圧をジャグジー代わりに使うのはどうかと思いますけど……」
blues「ううううゾクゾクする……小学校のプールのシャワーとかこんな感じだったよ……」
claw「フン、俺にはぬるいな」
tink「てゆうか論点がおかしいっす」
midori「がぅー、いる、みんなー」
lufa「一番乗りを目指していたのに、ちょっと遊びすぎてしまったようですね。
  これからもっと楽しいことがあるというのに」

そして、全員がブロントとテミの横に並んだ。
十人分の威圧が、魔王の威圧を押し戻した。
すれた威圧は渦を巻いて、たいまつの炎を激しくゆらめかせた。
魔王は髪をいじるのをやめていた。
その姿を見すえながら、ブロントは語った。
blont「魔王。君は確かに、僕ら一人一人と比べれば断トツに強いはずだ。
  でも今君の前に立ちはだかっているのは、なんだ?
  ここにいるのは、単なる十人の戦士じゃない。
  強い絆で結ばれた五組のカップルであり、そしてひとつのチームだ」

クロウが遠回復の杖を振って唱えた。
claw「遠回復の杖に命ずる!
  俺の魔力を吸収し、わが同胞に分配せよ!」

杖から広がった魔力が、ブロントとテミに降りかかった。
二人の魔力が、飛躍的に跳ね上がった。
あふれる魔力を全身に行き渡らせながら、ブロントは続けた。
blont「見せてやるよ魔王……この冒険で僕たちが手に入れた、絆の力ってヤツをね……!
  激・変身! エターナルエミュルシフィケーション・マヨネーズ!!」
temi「ぬぬぬぬぬぬ、ヌードルぅ――――!!」

二人の魔力が、覚醒した。


    

爆発的な魔力が、その空間を押し込めた。
その力は、仲間にすら戦慄を与えた。
zilva「うおお、マジかよ……! すんげえ魔力……!」
lufa「ブロントとテミ二人だけで、私たち八人分の魔力をゆうに上回っている……!
  恐ろしいですね……本気で……!」

今ここに、究極の戦士たちが舞い降りた。
一人は乳白色の鎧に身を包み、一人は青いマグマでその巨体を構成して。
blont「マヨネーズの騎士ブロマヨーネ、これより調理開始!!」
temi「妄想天使ブルーマグマテミ、ブニュっと参上☆」

二人はさらに魔力を増幅させた。
ドロドロしたコレステロール魔力とブニュっとした妄想魔力は、互いに絡み合った。
その強大な魔力を濃縮しながら、ブロマヨーネは語った。
blont「僕の究極覚醒体であるブロマヨーネと、テミの究極覚醒体であるブルーマグマテミ。
  その魔力を重ね合わせて、最強の合体攻撃を作り上げる!」
temi「重ね合わせて、合体?
  ああ〜ん、妄想天使はその言葉だけでご飯三杯はいけちゃう〜っvvv」

練り上げた魔力を、ブロマヨーネとブルーマグマテミは掲げた。
魔力に抵抗のない者ならいるだけで消し炭になるような、かつてないほど強力な魔力だった。
ブロマヨーネは唱えた。
blont「悪いけど、手加減するつもりは一切ないからね……!
  クライマックスで消え去れ!!
  コレステロール・クラッシュ・フロムアンドトゥ・ザ・ヘル!!」

そして魔力は放たれた。
それは目を開けることすらはばむような、強烈な閃光となった。
無音のような轟音が、全員の聴覚を押しつぶした。
その比類なき滅却力の先端が、魔王に向いた。

そしてそのエネルギーは、魔王に届かなかった。
darkspirit「はいはいわろすわろす」

このときブロマヨーネとブルーマグマテミの合体攻撃は、間違いなく史上最強の攻撃であった。
これまでに放たれたどんな技よりも、その威力は高かった。
ただ現時点では、その評価は二番目に落ちていた。
blont「……!!」

最強戦士は吹き飛んだ。
史上最強だった技は、完全に粉砕されていた。
威圧の混じる空気の中に、魔王が放った技の余韻が残っていた。
クロウは、つぶやいた。
claw「なん……だと?」

妄想天使は地に倒れていた。
わずかに動くその首を動かして、魔王の方に視線を向けた。
魔王は、相変わらず髪をいじくっていた。
ただ反対の手が、正面に突き出されていた。

貼りついたような笑みを浮かべて、魔王は言い放った。
darkspirit「三文字で言おう。
  ザーコ」

その場にいた全員が、その言葉を聞いた。
そして理解ができなかった。
魔王は全員の顔を見渡した。
それから髪をいじり続けつつ、言った。
darkspirit「飲み込めないって顔してるね。
  しょうがないなあ、分かりやすくもう一回見せてあげようか」

そして魔王は、魔力を溜めた。
そして唱えた。
darkspirit「危哭鋼雷刺(クリミナル・クライ・アイゼン・サンダー・スティンガー)」

それは雷撃だった。
魔王の手からほとばしるそれは、なんの変哲もない雷撃だった。
たったひとつ、最強戦士と妄想天使の合体攻撃よりデカイということを除いて。
そしてそのとき、戦士たちは幻惑していた。

ブロントが叫んだ。
blont「みんな、受け止めろぉ――っ!!」

全員が我に返った。
目の前に迫り来る攻撃を認識して、それを相殺するために一斉に攻撃を放った。
magenda「く、クリムゾンマーキュリー!!」
blues「篠突く穿ちの矢雨(しのつくうがちのやさめ)!!」
claw「白桜乱舞(ハクオウランブ)!!」
rinn「気功波・竜虎砲(リュウコホウ)!!」
tink「流星乱舞(リュウセイランブ)!!」
lufa「スキルAコード、アブソリュート・ゼロ!!」

一流の戦士たちの攻撃が、魔王の放った一撃に集中した。
そしてその一撃は、それらの攻撃を軽くいなした。
lufa「そんな……止まらない!?」

雷撃はひたすらに迫った。
その感覚は、空が落ちてくるのに似ていた。
重力と斥力の両方をたずさえて、今そこにある事実と存在を潰そうとしていた。
そしてそうなる寸前に、マゼンダが唱えた。
magenda「シールド展開、守りの指輪っ!!」

魔力によって作られたシールドが、雷撃と衝突した。
時間にしてみれば、それは一秒にも満たなかった。
結論だけ言えば、その雷撃は戦士たちの精神だけを刈り取っていった。
ただ一人を例外的に。
zilva「マゼンダぁ――――!!」

ジルバは叫んでいた。
巨大な魔力はシールドの魔力を反流して、マゼンダの肉体に流し込まれていた。
倒れたマゼンダに、ジルバは駆け寄った。
zilva「おいマゼンダ、マゼンダ!?」
magenda「い、痛い……」
darkspirit「あははははははははははははははは!!」

魔王の嘲笑が響いた。
精神をそがれた戦士たちは、ただぼう然とした。
blues「そんな……強すぎるよ……こんなのどうやったら勝てるんだよ……?」
blont「あきらめるな!!」

ブロントが、はいずりながら絞り出した。
blont「もう一度変身して……今度は全員の魔力を重ねるんだ……!
  魔王の攻撃は確かに強いけど……十人全員の力を合わせれば、充分勝負になるレベルだ……!
  一発……一発だけしのげれば、勝機はある……!!」

それらのやり取りを、魔王は髪をいじりながら聞いていた。
その顔には無表情を取りながら、魔王はさらりと彼らに言った。
darkspirit「なんかカン違いしてるみたいだから言っとくけどね。
  僕は今の技、十三発同時に撃てるんだよ」

全員の精神が、揺れた。
blont「じゅうさん……ぱつ?」

それは理解を超えていた。
魔王は全員の顔を見下ろした。
それからにぃーっと笑顔をゆがませて、言った。
darkspirit「見せた方が早いかなあ」

魔王は魔力を溜めた。
その時点でブロントたちは、認識していた。
常識を超える膨大な魔力が、さっきのきっちり十三倍だけ満ち満ちていた。
ルファはひざを落とした。
その目を空虚に見開いて、壊れたようにつぶやいた。
lufa「はは、は……嘘だ、こんなの嘘だ……
  誰ですか、魔王を殺せるなんてほざいたのは……
  こんな……こんな……!」

魔王は魔法の構築を終えた。
奇妙に存在感の膨れた瞳を標的に向けて、魔王は唱えた。
darkspirit「危哭鋼雷刺十三連弾(クリミナル・クライ・アイゼン・サンダー・スティンガー デスナンバー・タイムズ)」

視界はホワイトアウトした。
すでに形も見失った魔法が、ただ十三発あるという事実だけはっきりと意識に食い込んだ。
戦士たちはもはや、固形物と化していた。
その中でただひとつ、前へと走り出した存在があった。
鋼鉄に包まれたその存在は、やけにさわやかな笑顔で戦士たちに言った。
zilva「わりーな、ブロント。マゼンダ。
  いろいろ頑張ったけど、やっぱ俺、盾になるしか能がねーんだわ」


    

静寂という名の喧騒が、久方ぶりに耳をなでた。
いつの間にか叫んだらしいブロントののどは、しばらく声を発せられなかった。
雷撃は過ぎ去っていた。
魔王は髪をいじるのも忘れて、ぼう然と言葉をこぼした。
darkspirit「あれ……ちょっと待って……
  今、ジルバが『受け止めた』んだよね……?
  うん、全身鎧のジルバは避雷針として雷撃を吸い寄せることができる、それは分かる……
  でも……じゃあその雷撃を全部吸い寄せた、そのジルバが『生きて立っている』のはどうしてだ?」

魔王の正面で、彼はフンと鼻で笑った。
足音をひとつ踏み鳴らして、ジルバははつらつと弁じた。
zilva「はーっはっは!! 魔王、てめー俺より頭わりーんだな!
  雷に金属は危険極まりねーが、それは一部分だけ身に着けるからだ!
  頭から爪先まで隙間なく金属で覆えば、それは電気を受け流す通り道になる!
  人体を防御するアースになんだよ!!」

ジルバの後方で、クロウがうなずいた。
claw「最初に扉の静電気を除去した、あれの応用だ!!
  ちょっと間違えば普通に電気を食らうから、よいこは絶対マネしちゃ駄目だぞ!!」

魔王の頭上で、ズガーンという効果音が鳴り響いた。
ブロントは魔王の顔を見た。
魔王は、あ然としていた。
口を金魚のようにぱくぱくさせて、言葉をぼろぼろとこぼした。
darkspirit「まさか……電撃無効化……!?
  ジルバが電気を全部引き寄せて、そのジルバにはダメージがまったくない……
  僕の魔法が……! 完全攻略された……!?」

魔王は後ずさった。
その足取りは、完全に逃げのものだった。
そしてその体が背中を向けたとき、炎の壁がその進行方向に滑り込んだ。
darkspirit「うあぁ……っ」

魔王はしりもちをついた。
その背中に、コツコツと足音が近づいた。
魔王は脂汗をかいて振り向いた。
青い液体にまみれた炎の魔女が、鉄の塊を引き連れてぐちぐちと喋った。
magenda「あんたの攻撃のせいで、テミに『特製スライムキラスネミックスジュース』漬けにされたわよ……
  ジルバ!! あんたもあんな能力があるんならさっさと使いなさいよね!!」

マゼンダは鉄の塊の顔面を殴った。
それから魔王に向き直って、殺意のこもった眼光を投げた。
魔王はひっと悲鳴を上げて、しりもちのまま後ずさった。
距離が開く前に、マゼンダは魔法を発動した。
magenda「クリムゾンマーキュリー ファイヤージェイルハウス!!」

炎の壁が、魔王の四方を高く取り囲んだ。
魔王は悲鳴を上げた。
darkspirit「うわあああ!!」

魔王は雷撃を放った。
その雷撃は、ジルバに鼻血を噴きながら吸収された。
炎を指先で操作しながら、マゼンダは手向けの言葉を送った。
magenda「この魔法は牢獄……雷撃を封印されたあなたに、決して抜け出せはしない……
  でも安心して、あなたの服役期間はすぐ終わるから……
  なぜなら、あなたはこれから死刑になるから!
  押し潰せ、ファイヤージェイルハウス!!」

牢獄の天井が崩れた。
炎の天井はマゼンダの手に従って、重力加速度よりも速く落下した。
魔王の悲鳴が、こだました。
darkspirit「ああああああああ――ッ!!」

その一瞬、わずかな変化をブロントは感じた。
そしてその変化は、次の瞬間に他の全員が認識した。

牢獄は崩壊した。
その中央に、魔王がいた。
魔王の周囲は、氷の柱に取り囲まれて防御されていた。

声を上げたのはルファだった。
lufa「スカイスクレイパー!?
  それは私の技ではないですか、いったいどうして!?」

魔王はニィーッと笑顔を作った。
先ほどまではなかったひたいの角を光らせて、ケラケラと笑いながら喋った。
darkspirit「まさか、開く必要があるなんて思わなかったよ……
  それはパンドラ……ゲーマーとして極めた僕の真の力……!
  ディープゲーマーのパンドラ!! 神侵模倣千匠(エミュレーション・ザ・デウス・エクス・マキナ)!!」

魔力の風が流れて、ブロントは一歩後ずさった。
魔王の魔力の質が、それまでとはまったく違ったものになっていた。
魔王はにやりと笑った。
それから右手に魔力を込めると、新たな魔法を構築した。
darkspirit「クリムゾンマーキュリー!!」
magenda「っ!!」

魔王の右手から、重量を持った炎が撃ち出された。
その技はまさしく、マゼンダの技であるクリムゾンマーキュリーだった。
ルファがその炎に立ちはだかった。
lufa「スキルNコード、ノーザンロマンスファーラウェイ!!」

吹雪のブレスが、押し寄せる炎の波を相殺した。
もうもうと立ち残った水蒸気を見ながら、マゼンダが声を漏らした。
magenda「今度はあたしの技を……まさか……!」

魔王はゆがんだ笑顔を見せた。
そして髪の毛をいじりながら、喋った。
darkspirit「そう、気づいたようだね。
  この能力はコピー能力。
  君たちの技を完全にまねる技さ。
  そしてコピーする対象は、『この冒険で使われたすべての技』だ」

魔王は魔力を打ち上げた。
高い天井のスレスレで結実したホワイトメテオは、恐ろしいほどに優雅な余韻で落下した。


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魔王の城(後編) ―神侵模倣千匠―

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