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剣姫ピシュリィ伝前伝 夜想呪花(前編)

のちの時代の歴史書から言葉を借りれば、第二モンスター期の後期であった。
剣姫と称され、この国の国民なら誰もが初等教育で名前を学ぶこととなる女剣士ピシュリィの、
まだ世に知られぬころの話である。


   *


闇夜に沈む小さな町の一角に、冒険者の宿があった。
中は、騒がしかった。
宿は現在、一階の酒場にて酒盛りの真っ最中であった。
一日をともに戦い抜いた仲間たちと、あるいはたまたま一夜を同じ宿に過ごすこととなった同業者と、
酒を酌み交わし、歌い、笑い、騒ぎ、また女を買って楽しんだ。
日常茶飯事の、ありふれた騒がしさだった。

その騒がしさが、一陣のドアを蹴破る音でかき消された。

酒場にいた冒険者全員が、宿部屋に続くドアを振り返った。
蹴破られたドアの敷居に立ち、両手で抜き身の剣を構えながら、鬼気迫る表情で女がいた。

冒険者の誰かが買った娼婦でないことは、ひと目見て分かった。
剣の構えはしっかりしていたし、女の体ではあるが、きちんと冒険者として鍛えられていた。
だが彼女は、ほとんど下着も同然の格好だった。
鍛えられてはいるがなまめかしい女の肌が大きく露出し、
肩と、さらりと長く伸びた金の髪が、呼吸で大きく揺れていた。
瞳は金色で鋭くしぼられ、頭には犬か猫の耳を思わせる髪飾りがついていて、
全体的に、獣じみた印象を与えていた。

冒険者たちは、この突然の襲来者に硬直していた。
恐れるのは、彼女が握りしめている剣で、切るか、暴れるか、そういう事態だった。
冒険者たちの間に、緊張が流れた。

しかし不意に、女の顔はくしゃりと崩れた。

「と、盗られた」

女はぽろぽろと泣き出して、誰にともなく言葉を吐き出した。

「一日かけて飼いならして、やっと部屋に連れ込んだ女の子に、
いざベッドで楽しもうとしたそのときに、飲み物に薬を入れられて、
財布も今日の収穫も何もかも盗られたあああ」

女はその場に泣き崩れて、彼女の声だけがその場に響いた。



新米冒険者リックは、後悔していた。
彼は酒場にて宿部屋のドアに一番近い位置にいて、蹴破られたドアの直撃を食らって、
ぶっ倒れてから頭がくらくらするまま起き上がって、
状況も理解できぬまま泣き崩れている女冒険者に声をかけて、
そのまま他の冒険者の「後は任せた」オーラを受けて、彼女の介抱をするはめになってしまった。

二人は今、リックの取った部屋にいた。
女冒険者はピッシュと名乗り、テーブルでリックと向き合って泣きながらくだを巻いた。

「いかにもさ、純朴そうな顔立ちでさ、そんでいざひんむいたらさ、
顔に似合わないものすごいどぎつい下着つけててさ、
それを恥ずかしいけど無理してつけてますって顔がまたかわいくてさ、
それでいざにゃんにゃんしようと思ったらさ、緊張するから少し時間が欲しいって言われてさ、
そんで飲み物飲んだらさ、あああこのザマよおおお」

ピッシュはへべれけに酔っていた。
酒場に出てきたときはしらふであったろうが、リックが酒を差し出したところ、
その酒をぐっびんぐっびんとさながらクジラの捕食のように胃に落とし込み続けたのである。

話をひと言でまとめると、買った娼婦に薬を盛られて貴重品を盗られたということである。
念のため確認しておくが、ピッシュは女であり、女のピッシュが女の娼婦を買い、
それにだまされたのである。

ピッシュは空にしたグラスをテーブルに叩きつけて、げふーと息を吐いた。
肌着姿のままではなんなのでリックが上着を貸したが、肩に引っかけているだけなので動くたびにずれ、
見えてはいけない部分がちらちら見えるのでリックは目のやり場に困った。

髪をかき上げて、ピッシュはぐちぐちと喋った。

「ああ、ツイてない。
シャクだけど次の町に着いたら、旅費も工面してもらわなきゃ」

リックはピッシュに、金のあてがあるのかと尋ねた。
ピッシュいわく、次の町に幼馴染で僧侶のドレイがいるとのことだった。
元々そのドレイに呪われたものの解呪を頼むために会いに行くところだったが、
この上さらに頼みごとが増えたら飼育者(本人談)としての面目が立たず、
かといって背に腹は変えられないのでむしゃくしゃして髪の毛はひたすらかきむしられ、
そもそも悪いのはあの娼婦だと今日娼婦と出会った経緯を話し始め、
そこから延々と自身の百合話へと脱線し、
最終的には目がとろんとしてきて、そのまま寝入ってしまった。
そのころにはもう、貸した上着もとっくに床に落ちていた。

リックはやれやれと頭を押さえた。
男の部屋で無防備に寝入る若い女性を、彼はどうするべきか扱いあぐねていた。
本当は彼女の部屋に運ぶのが一番だろうが、部屋が何号室なのかも聞いていないし、
リックもつきあわされて相当飲んでいたので、抱えて運ぶのは危険な気がした。
そういうわけでリックは、彼女を自分のベッドに寝かせることにした。

ピッシュを抱え上げると、かきむしられてなお髪はさらりと流れてリックの手をなでた。
髪に隠れていた耳が見えて、そこに赤いピアスがぶら下がっているのが見えた。
酒のにおいは強かったが、それでもピッシュの吐息は甘い香りでリックの肌に耳に届いた。
リックはなるべくピッシュの顔を見ないようにしながら、ベッドに寝かせた。

寝かせてから、リックは途方に暮れた。
小さいこの部屋に寝具がもうひとつあるはずもなく、リックはイスで寝るか床で寝るかしかなかった。
強引にベッドで二人寝ることもできなくはなかろうが、体勢的にも理性的にも無理があった。

眠っているピッシュが、身をよじらせた。

「んん、ん」

リックはつい、声につられて視線をやった。
アセチレンランプの橙光が揺れて、ピッシュの肌は、妙につやっぽかった。
その肌を目に入れて、リックは無意識に生つばを飲み込んだ。
橙光はてらてらとなめらかな肌の曲線をなぞり、くちびるは果実のように赤く濡れていた。
果実の割れ目からはひとかけらの八重歯がのぞいて、その八重歯にからみながら、
甘い芳香がその奥の果肉から立ちのぼっていた。

「んん、ん」

リックは頭を押さえて、それからまたピッシュを見た。
ピッシュは体を動かして、リックに背を向けていた。
その胴を薄く囲う肌着も、秘所を隠す下着も、
指の一本を滑り込ませれば簡単にはがすことができそうだった。
リックは頭を抱え、顔をこすって、硬々と立ち上がるふらちな欲望を振り払おうと煩悶した。
ピッシュの嬌声は、否応なく続いた。

「んん、んっ」

いくばくかの逡巡ののち、リックはピッシュの吐息がおかしいことに気づいた。
いくらなんでも、声が出すぎていた。
近寄って見てみると、ピッシュのひたいには汗が浮いていた。
顔がときおりきゅっとゆがんで、吐息はうめくようにこぼれた。

「んう、うっ」

悪夢を見ているらしかった。
リックは彼女の肩に手を置こうとして、素肌に触れるのに一瞬ためらった。
そのとき汗で張りついた肌着の背に、何かが透けて見えるのが目に留まった。
その輪郭が知識の一片と結びついたとき、リックは迷う間もなく肌着をめくり上げた。

そこにはモンスターの呪印があった。
ピッシュはモンスターから、呪いを受けていたのだった。

ピッシュの表情が、はっきりと苦悶の色を呈した。
汗が全身に噴き出して、息を詰まらせながら指先でのどをかきむしった。
リックはピッシュの肩を揺すって、何度も呼びかけた。
ピッシュはかすかに目を開けて、あえぐように言葉を発した。

「く、す、り。
カバン、の内、ポケット、三、〇、三、号室」

リックは部屋を飛び出して、ピッシュの部屋へ駆け上がった。
開けっ放したままのピッシュの部屋に入って、カバンを見つけてかき回した。
カバンは空っぽだった。
おそらくは娼婦に、薬もまとめて持っていかれた様子だった。
部屋に戻ってピッシュにそれを伝えると、ピッシュは荒い息を整え整え喋った。

「じゃあ、ガマン、する。
なんとか、ひと晩、くらい、耐えれそう、だから」

リックはピッシュの様子を観察した。
本人でなくても、その苦痛は見るだけで理解できた。
この苦痛をひと晩耐え抜くことの、そのつらさは推して知るべしだった。
深夜でも町の僧侶を叩き起こして解呪してもらおうかと考えたが、
この呪いは小さな町の僧侶では太刀打ちできないハイレベルなものだった。
何か手はないかと、リックは爪を噛んだ。

そのときリックは、寝る前にピッシュが話していたことを思い出した。
ピッシュは次の町に、僧侶に会いに行くと言っていた。
解呪して欲しい呪いがあって、そのために僧侶に会うのだと。
その呪いが、この背中の呪いではないか。
ピッシュの幼馴染の僧侶というのは、この呪いを解呪できるだけの能力を持った僧侶ということか。

リックは窓を見た。
外は闇に沈み、モンスターの活動時間だった。

リックはピッシュを見た。
橙光に包まれたその体は、今も苦痛に身をもだえさせていた。

リックは覚悟を決めた。
見ず知らずの、今日始めて会った女を、見捨てておける心をリックは持ち合わせていなかった。
リックは防具をつけ、剣と戦闘用の備品を持ち、ピッシュに上着を着せて背負った。
次の町まで、夜通し走れば早朝にはつくはずだった。
無謀とは分かっていたが、それに従うにはリックのお人好し加減は大きすぎた。
覚悟と最低限の装備以外は持ち合わせぬまま、リックは走り出した。









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