5


馬車はしばらく走り続けて、ステンドグラスのはまった大きな屋敷の前に止まった。
キリネロはユージを引きずって馬車を降りた。
それから扉を派手に押し開けて、威勢よく声を響かせた。

「さあートヤーマ、イワッサー!!
プリンセスタマキを取り戻しに来たよー!!
隠れてないで出てこーい!!」

「キリネロさん、普通に階段の上にいますよ」

ユージは指摘して、自力で立ち上がった。
屋敷の中は、豪華な装飾で彩られていた。
ユージたちの正面には、屋内にもかかわらずガラス細工の噴水があった。
その噴水の周りにも水路やガラス細工の置物があって、真上にはシャンデリアがきらめいていた。
さらに壁にはステンドグラスがはめられていて、光を受けて色鮮やかに輝いていた。
そして噴水の向こう側にある真紅の階段、その上に二人の男はいた。

黒い鎧の男が、一歩こちらへ歩み寄った。
男は剣道部の外山にそっくりだった。
男は二人を見下ろして、それから言った。

「誰かと思えばキリネロか。
なんだよ、無能な兵士や執事に代わって大事な大事なお姫様を救い出す勇者様は見つかったのかよ?」

キリネロはむっとして言い返した。

「ちゃーんと見つけてきたよ!
ほら、これがブレイバー二世こと中田ユージ君だよ!!」

キリネロはユージを突き出した。
ユージはよろけながら前に出た。
銀の鎧を着た岩佐に似た男は、その格好を見て疑問を口にした。

「ブレイバーの頭ってそんな形だったか?」

「ほっといてください」

ユージはずれた兜の位置を整えた。
トヤーマは鼻で笑って、それから階段を降りながら喋った。

「格好なんざどうでもいいさ。
それよりユージ君、だっけ?
早く前に出なよ。
俺とやり合いに来たんだろ?」

トヤーマは階段を降りきった。
それと同時に、剣を抜いた。
姿を噴水に映しながら、トヤーマは剣を振って言った。

「勝負だ」

キリネロが、ニッと笑顔を作った。


   6


ユージは言われるまま前に出て、剣を抜いてトヤーマと向き合った。
ユージの背後に噴水が位置して、トヤーマの後ろには階段があった。
トヤーマは剣を構え直して喋った。

「勝負は一対一だ。
どっちかが死ぬか戦意喪失したら決着がつく。
武器は剣以外使用禁止、ただし剣の持っている特殊能力は使っても構わねえ。
質問はねえな?」

ユージは無言でうなずいた。
その顔はすでに、剣士の表情に切り替わっていた。
両者は構えを作って、静かに向き合った。
キリネロとイワッサは、黙って二人を見守った。
沈黙が、その場にゆっくりと流れた。
そしてその沈黙が不意にゆらめいたとき、それが開始の合図となった。

ユージが先手を取った。
素早い足さばきで距離を消し飛ばすと、その剣はすでに牙をむいていた。
トヤーマは反射的に防御した。
ふたつの剣が切り結んで、金属音が電撃のように空間へとはじけた。
それがステンドグラスをわななかせるより早く、ユージは連続攻撃を叩き込んだ。
さばくトヤーマの表情が、驚きとあせりにゆがんだ。

「くそっ!」

トヤーマは鋭い一撃で流れを断ち切った。
ユージの攻撃が途切れて、二人の距離が空いた。
荒れた呼吸を整えながら、トヤーマはつぶやいた。

「予想以上に強ェじゃねえか……
経験者……だが装備の重さがいまいち分かってねェ感じが……
こいつは……」

トヤーマは剣の柄を両手で握りしめて、それからユージの顔を確認した。
ユージの息に乱れはなかったが、瞳の中に何か懸念が感じられた。
トヤーマの口角が、上がった。

その瞬間、トヤーマは一気に距離を詰めた。
素早く、しかし浅く。
そして二人の剣は切り合った。

ユージには剣道の技術があった。
しかし真剣での実践は初めてのことだった。
その影響が第一に、攻め手の甘さに現れていた。
そして第二に、装備重量の違いによる体力の過剰な消耗に現れていた。
瞬発力は強烈だが、戦いが長引けばユージの方が圧倒的に不利だった。
それを見越して、トヤーマは引き気味に戦っていた。
攻めない代わりに攻めにくくさせて、長期戦によるスタミナ切れを狙う算段だった。

そしてそれをも見越した上で、ユージは能力を発動した。

「――っ!」

ブレイバーの剣によって呼び寄せられた炎が、剣のリーチを飛び越えた。
絶妙のタイミングで放たれたその攻撃は、トヤーマの全身を飲み込んだ。

戦いを見守っていたキリネロが、目を輝かせて歓声を上げた。

「お見事っ!!
決まったよユージ君、クリティカルヒットだよー!!」

ユージはそれに返さなかった。
剣を構え直して、ダメ押しにかかった。
剣は炎の塊を目がけて、まっすぐに振り下ろされた。

そしてそれが届くより早く、炎が割れた。

「ぐあっ!?」

炎をかき消す流動体が、ユージの左肩を鋭打した。
それは水流だった。
ユージは顔をしかめて後退した。
その正面に、炎を消滅させたトヤーマが立ちはだかった。
トヤーマは青くほの光る剣をたずさえて、鋭く口角を上げながら言い放った。

「並みの兵士なら間違いなくやれてただろうさ。
だが、相性が悪かったな。
俺の剣は、水を呼ぶ剣だ」


   7


トヤーマはそれから、ゆっくりと剣を構え直した。
ユージもそれを見やって、反射的に構えを作った。
しかめた顔が、肩のダメージをうかがわせていた。

トヤーマが攻め込んだ。
ユージは引きながらその攻撃をさばいた。
背後の噴水をさけつつ大きく間合いを取ると、そこにトヤーマから水流が放たれた。
ユージは横にかわした。
その次の瞬間には、トヤーマの姿はユージの視界から消えていた。

「えっ!?」

ユージは辺りを見回した。
そのときキリネロから叫び声が飛んだ。

「ユージ君、後ろ!
噴水を回り込んだ!!」

ユージは振り返った。
トヤーマの剣はすでに降り下ろされていた。

「くっ……!」

ユージは防御しそこねた。
攻撃は先の水流と同じ場所に当たった。
ユージは顔をしかめて後退した。
その正面で、トヤーマは口角を上げて喋った。

「今ので完全に分かった。
おめェの剣術は競技用だ。
競技用剣術が実戦で使えねえ最大の理由は、攻め手の甘さでも未知の攻撃に対する脆弱性でもねえ。
敵が正面にいるという前提でしか、戦略を立てられねえことだ!!」

トヤーマは追撃にかかろうと剣を振り上げた。
ユージはそれを見ながら、冷静に述べた。

「あんたの言ってることは正しいよ。
実際俺が立てた戦略は、こうしてあんたが正面に来る前提だからな」

トヤーマの背中を、炎が照らした。

「なっ!?」

トヤーマは振り返った。
そしてとっさに剣を降り下ろして、水流で炎を防いだ。
その背後で、ユージは剣を構え直しながら言い放った。

「炎を噴水の反対側に回り込ませた。
あんたは予想通り、水流でそっちを防御した。
おかげであんたは、俺に背中を見せてくれた!」

ユージはトヤーマに詰め寄った。
剣での防御は到底間に合わなかった。
トヤーマはユージに目をやって、苦々しげにうめいた。

「クソッタレが!」


   8


次の瞬間、振りかざしたユージの腕に鋭い痛みが走った。

「えっ――」

それがなんなのか認識するより早く、同様の攻撃がユージの全身各所を撃ち抜いた。

「――っ!!」

ユージは後ろに吹き飛んだ。
キリネロが何事か叫んでいた。
ユージは仰向けに倒れた。
そこで初めて、ユージは自身の赤い鎧に刺さったそれを認識した。

「光のナイフ……!?」

足音が、ユージのもとへ近づいた。
足音の主は、自身の左腕で白く光る腕輪を見て吐き捨てた。

「ちっ、こっちの能力は使わねえつもりだったのに」

そのトヤーマに向けて、キリネロの怒声が飛んだ。

「ちょっとトヤーマ!
今のは反則じゃないの!?」

トヤーマは鋭い視線をそちらに向けた。
そしてあざけるような語調をからめて言い放った。

「あァ!?
言ったろ、『剣以外は使用禁止』って。
言い換えりゃ剣ならなんでもアリなんだよ。
今使ったのは光の剣だから、なんも問題ねえじゃねえか。
ここで言う反則ってのは――」

言い終わるより先に、腕輪が強く光を放った。
光は瞬く間に巨大なハンマーに変化して、圧倒的な質量をもってユージを叩き潰した。

「……!!」

ユージは声にならない叫びを上げた。
キリネロが何か言おうした。
それより早く、トヤーマの声が明らかなあざけりの色を含んでユージに降りかかった。

「ああ、悪いな。
この腕輪は光を想像した形に変形して発射するもんだからよ。
適当な例を考えたら勝手に発動しちまったんだ。
いや、別に言い訳するわけじゃねえんだ。
反則は反則だし、ペナルティーとして三十秒間動かずにいてやるぜ。
その間好きに攻撃しな」

トヤーマはそう言って、剣をぶらぶらさせた。
ユージは立ち上がろうとした。
だが力が入らずに、途中でくずおれた。
トヤーマはにやつきながら挑発した。

「ほら立てよユージ君。
早くしねえと三十秒経っちまうぜ。
お姫様を助けるチャンスだぜー」

ユージは顔をしかめて、無理やりにでも立ち上がろうともがいた。
キリネロが悲痛な響きで呼びかけた。

「ユージ君……無理しなくていいから!
ここは一度降参して、また出直そうよ!」

トヤーマが、剣を肩に担いで言った。

「降参するのは別に勝手だ。
その後死んでもらうがな」

「そんな!!」

トヤーマはあきれた表情をした。
それからキリネロに顔を向けて言った。

「俺が言ったのは『死ぬか降参で決着』ってだけだ。
降参したら無事に帰すなんてひと言も言ってねえだろ。
てめえは毎度毎度楽天的すぎんだ、バカ」

トヤーマは鼻を鳴らした。
そのとき階段の上から、イワッサが呼びかけた。

「おい、トヤーマ!!
そいつ立ち上がるぞ!!」

トヤーマははっとして視線を戻した。
ユージは立ち上がりかけていた。
ダメージにふらついていたが、その手はしっかりと剣を握っていた。
ユージの口から、言葉が発せられた。

「キリネロさん、心配しないでください。
俺はまったく問題ないですから。
たいしたダメージじゃないですし、死ぬこともありません」

ユージは完全に立ち上がった。
剣を構え直して、ユージは最後の言葉を突き出した。

「俺が勝ちますから」

ユージの目が、トヤーマに鋭く向けられた。



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