目次
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第4ステージ 山あいの村
▲ 1 ▼
目はとうに覚めているのに、意識は未だぼんやりと定まらない。
ずっと天井を見つめたまま、いや、自分が天井を向いているのかさえ分からないまま、
全身の痛みがやけに鈍く感じられた。
「……目が覚めましたか? 今、頭の冷湿布、取り替えますから」
額にあった重みが一旦遠のいたと思うと、ひんやりとした感触を連れて帰ってきた。
まだ多少の意識の混濁がある中で、テミはぼやけた視線を彼女に向けた。
テミを看病しているのは、見たことの無い黒髪の女性だった。
「あなたは……?」
かすれた声でテミは尋ねた。
黒髪の女性はテミの目を見て、控えめな様子で答えた。
「私はリン、といいます。
村はずれの崖下で倒れているあなたを見つけて、私の家に運んだんですけど……」
リンの言葉を聞いて、混濁していたテミの意識がだんだんはっきりしてきた。
ことの起こりは今から二時間ほど前にさかのぼることになるが……。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「ブロント君、待ってよ〜〜〜」
薄暗い山中の森をブロテミの二人はかき分けかき分け進んでいく。
前も後ろも分からない、北へ向かっているのにヤシの木トロピカールな深い深い森。
ニシキヘビとサソリとキタキツネとタスマニアデビルが共生していてわけが分からない。
「おなかがすいたね、そこらの雑草にマヨネーズかけて食べようか」
「いや、ヤシの木の森なんだからあえて雑草を食べること無いんじゃ……」
そうこうしている内に空は陰り雨が降り出してきた。
雨足は強くヤシの葉をバラバラとしたたかに叩く。
「雨でヤシの樹液が流れて体中じんましんができちゃったよ」
「えっ? ヤシの樹液でじんましんできるの? っていうかグロっ」
ブロントの体は余すことなくじんましんだらけで緩衝材のプチプチのようになっていた。
「プチプチプチプチ」
「いやいやつぶしちゃダメっ! つい伸びてしまうその指を止めなさい!」
全身プチプチをつぶしてドロドロになったブロントをテミは慌てて止めにかかる。
だが、二人の危険は違う方向から間近に迫っていた。
強い雨音に混じって、うなるような重低音が響き渡っていた。
そして突然、足元が崩れ落ちた。
▲ 2 ▼
「えっえっええっええええええっ!?」
何がなんだか分からないうちにテミは頭が下になっていた。
瞬間的な豪雨によって、がけ崩れが発生したのだ。
「きゃああああっブロント君〜〜〜〜っ!!」
木々は流され大地は洗われ全てが濁流となって真下の地上へと落下していった。
ブロントは「十メートル上げ底」を遠くの木にひっかけて耐えていたが、テミはすでにつかまるものが何も無い。
「テミ! 待ってろ!」
上げ底を三十メートルに延長させ、ブロントはテミに向かって跳びかかった。
「ブロント君っ!」
落下するテミめがけてブロントの右手が真っ直ぐに伸ばされる。
テミもそれに向けて両手をいっぱいに差し出す。
互いの手が近づく。重なる。
そしてすれ違う。
「えっ?」
ブロントの右手はテミの両手を通り越して、テミの腰にあったマヨネーズをつかんだ。
そしてブロントの体はそのままバンジージャンプのように華麗に空へ舞い上がった。
「ふー良かった。マヨネーズが無かったら雑草が食べれなくて餓死するとこだったよ」
「ブロント君〜〜〜〜〜〜」
キラキラと輝く笑顔を振りまくブロントをはるか上方に見ながら、テミは真っ逆さまに落ちていった。
意識はそこで途切れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「と、いうわけでござい、ちゃんちゃん」
「あの、わざわざ紙芝居まで用意して説明しなくても……」
テミのベッドの周りには数百枚もの紙芝居が所狭しと散らばっている。
「まあまあ気にしないでください。どうせ私の場所ですから」
「ここ、私の家なんですけど……」
落ちている紙芝居を一枚一枚拾い集めながらリンはため息をついた。
その時、玄関の方から扉を叩く音が聞こえた。
「あ、ブロント君かな……?」
そう思ってテミはベッドから身を乗り出した。
しかし、どうも様子がおかしい。
家の主を呼ぶノックとは違う。ばたばたばたばた、それは手探りで辺りを調べる様子を連想させた。
そう、例えば地を這いずり回りうめき声を上げながら迫り来るような。
「……お化け?」
「そそそそんな、そんなこといいい言わないでください!!」
「お化け」のフレーズが出た途端、リンは腐った座布団をかぶって震えだしてしまった。
「きゃーっ! なんでこんな座布団が!!」
「あなたの家でしょう……」
▲ 3 ▼
結局音は鳴り止まないので、リンは玄関に向かうことにした。
「リンさん、ナベをかぶるのはともかく出刃包丁六刀流は怪しすぎますよ」
ゴトゴトと音を立てるドアにへっぴり腰で一歩一歩近づく。
そしてドアノブに恐る恐る手を触れ、
「★ゞЪё≪[ыб〇#Ф$ж£Ш¶●☆♀〜〜〜〜〜!?」
言葉にならない奇声を発してびびった。
「+よ|==”力’|ろ力’5+よLヽ=V⊂|よ”|よ⊃力’|ろ+よLヽZ”〈+=”±Lヽ
(ギャル文字:なにごかわからないことばはつかわないでください)」
「テミの言葉も意味不明だよ……」
「きゃーっ、あなた一体誰ですか!?」
いつの間にか開いた扉から入ってきたのは紛れもなくブルースであった。
いや、ブルースだと断定していいものだろうか。
びしょびしょの体にいくつもの焦げ跡、ぼろぼろの布切れにまとわりつく大量のくらげ、
そして青髪を覆いつくすほどの大量のわかめ。
そう、それはまさに「わけわかめ〜〜」な格好である。
「ブロントに復讐してやろうと追いかけてきて今までえらい目に遭った……」
「どういう経路で追っかけたらそういう有様になるの……」
「あっ、はじめまして。ブルースと申します」
「リンさんに挨拶する前にその格好をなんとかしようよ」
「こちらこそはじめまして。リンと申します。良かった、お化けじゃなくて……」
「ある意味お化けより怖い存在かと思いますが」
「で、ブロントはどこ?」
「……それが」
テミはこれまでの経緯を手短に語った。
今、三人はテーブルについて、リンの作ったくらげわかめサラダを食べている。
「あるもの全部有効利用しないでくださいよ」
ブルースのフォークがくるくると回り、さっきまで彼の頭に乗っていたわかめをからめ取る。
「これからどうしたらいいんだろうね……外はすごい豪雨だし、
ブロントもそうそうここまでたどり着けるか分からないし」
ブルースの声はため息混じりだ。
「とりあえずブルース君は体に残ったくらげの足を完全に取り払った方がいいと思うよ」
そうこうしているうちに食事も終わった。
リンはサラダを入れていたジルバの兜を洗うためキッチンに持っていた。
「…………(ジルバの兜にあ然)」
▲ 4 ▼
「あ、僕も手伝います」
ブルースが立ち上がってリンに続いた。
「ブルースさん、どうもすみませ……きゃっ!?」
振り返りかけたリンが床に落ちていたくらげに足を取られて滑って転んだ。
兜が転げ、三本のフォークがばらばらに飛んだ。
「だ、大丈夫ですかリンさん!?」
「いたたた……すみません、ちょっと足を滑らせてしまって……」
ブルースは駆け寄り、リンは腰をさすりながら、落ちているフォークを拾おうと手を伸ばした。

「「あっ……」」
互いの手が触れ合った。
「あ、ごめんなさい、僕……」
慌てて手を引っ込め謝る。ブルースの顔は赤い。
「あ、いえ、こちらこそ……」
同じく手を引っ込めて謝る。こちらも顔が真っ赤だ。

「…………///」
顔を赤らめて、互いに互いを見つめあう。
高鳴る鼓動。輝く瞳。
二人に芽生えたひとつの感情。
あまりにもベタな展開だが、それでも確実に引き起こされたひとつの奇跡。
そう、これはまさしく。
「あ――――っ!! 二人が私とブロント君を差し置いて恋してる――――!!
そんなひどいよ――!! 桃色ビジョンは私たちカップルの特権なのに――!!」
テミがやきもちを焼いてふてくされた。
しかし二人の桃色ビジョンは消えようとしない。ブロントもいない。
「あ――――なんか腹立たしい! かき消してやるっ!」
ちょっと後ろに下がって、それから全力疾走で桃色ビジョンに突っ込んだ。
そして火花を上げ、突っ込んだときと同じスピードで吹っ飛ばされた。
「きゃうう……なんてこと、私とブロント君の桃色ビジョンに匹敵する威力……。
認めない、そんなの認めない……。
私たちカップルの愛は最強よ! それに並ぶ愛なんて、私、認めないんだから!!」
テミは怒りに燃えていた。
さっと両手を左右に振って、召喚獣の印を切った。
まばゆい光が出たと思うと、そこには最凶の召喚獣がいた。
暗雲を思わせる鉄(くろがね)の鎧をまとい、輝く茶色い髪と鋭い黄金の目を持つ騎士。
彼の名は、ジルバ。
「我がしもべの最強攻撃を食らえ! 必殺『ジルバット』ーーーー!!」
「ってなんで俺がテミのしもべなんだってぎゃあああああああああああ!!」
▲ 5 ▼
召喚された途端にジルバ、いやジルバットは足をつかまれて振り回された。
ちなみに兜はかぶっていない。リンの傍らに置いてある。
その無防備な頭が、ブルテミカップルの桃色ビジョンに突き刺さった。
「うぎゃあああああーーー!!」
桃色ビジョンに亀裂が生じ、高濃度のエネルギー粒子が飛び散った。
それは火花となり電撃となりすさまじい音を立てながら辺りを赤く染めていった。
そして一際大きな爆音が轟いたと思うと、桃色ビジョンは消滅していた。
「…………」
音が鳴り止んで静かになった部屋をテミはゆっくり見渡した。
床はこげ、壁紙は破け、ジルバットはもはや形容のしようがない。
その隣で呆然とした表情で座っている、黒こげになったブルースとリンがいた。

「「……」」
二人の視線はテミに向いて、そこはかとなく殺気を感じる。
「あはは、まあまあ二人ともそんなに怖い顔しないで、スマイルスマイル♪」

「……にやり(不気味な笑み)」
「ひいいっ許してごめんなさいっ」
その不気味さにテミは部屋の隅まであとずさって謝った。
だが黒ひげ……黒こげカップルはそう簡単に許したらつまらないので許すはずもない。
「デフォルトは大人しいキャラですが、怒った私は怖いですよ?」
「ふふふふふ、この際だからこれまでの分もきっちり仕返しさせてもらおうかな?」
「 地 獄 へ 落 ち ろ ー ー っ ! ! 」
部屋中に爆音が鳴り響いた。
突風が吹き荒れ、砂ぼこりが舞い上がり、壁が崩れ天井が崩れ床が崩れ……
「って僕まだなんにもしてないよー? どうなってるのー!?」
「私も何もしてません! 誰ですか私の家を壊すのはぶぎゃっ」
リンの後頭部に天井の破片が突き刺さって叫びをさえぎった。
大穴の開いた壁からは、モンスターがぞくぞくと入ってきていた。
「愚民ども、今からこの村はモンスター軍が占拠する!
それから魔王討伐のブロントとテミが来ているはずだ、出しやがれ!」
「ブロントは来てないけどテミならそこで崩れた天井に押しつぶされて……」
「ひゅ〜〜〜どろどろどろどろ」
「ぎゃあああ怖え〜〜〜!!」
天井の落下をまともに食らったテミはもはや定番となりつつある流血グロテスクになっていた。
青アザが腫れ上がり血が大量に噴き出してまさに「ひゅ〜どろどろどろ」な感じである。
「『ひゅ〜どろどろどろ』っていうよりむしろ『ぴゅ〜だらだらだら』って感じだぞ!?
マジで大丈夫か!?」
「う〜んダメかも……ばたきゅ〜〜」
「…………」
モンスター軍が直接手を下す前に、テミは戦闘不能となってその場に倒れてしまった。
▲ 6 ▼
「まあ、やることが減ってよかったとしておこう。
だがまだ仕事は残っている。
この村の人間は全て始末しろと言われているんだ」
「ひっ!?」
オーガーのオグアは大斧をぶら下げてリンのもとへ歩み寄った。
その目は赤黒く光り、それでいて冷たい。
脅しではない、目を見れば本気で殺すつもりだということが理解できる。
逃げなければ殺られる。
そう頭で思っても、リンの体は恐怖に硬直して動かない。
逃げなければ……逃げなければ……逃げなければ……!
「死ねえっ!!」
オグアの大斧が高く振り上げられ、今まさにリンの体に振り下ろされようとした。
「待てっ!!」
その瞬間、ブルースが間に割って入った。
「んん? なんだおまえ、射程2〜2でその女をかばおうってのか?」
「だだだだまれ、このののみみみ醜いままま魔物め!!」
「タンカ切るときは震えるなよ」
「うううるさいっ!!」
ブルースは震えながらも両手を広げて、震えてうずくまるリンを守る姿勢を見せた。
オグアは軽く腹に蹴りを入れた。ブルースはもろに喰らってその場に突っ伏した。
オグアはその場にかがんで、ブルースの背中に喋った。
「おまえもブロントを憎んで蜂の巣のリーダーになったクチだろ?
別に俺と戦う必要ねーんじゃねーの?」
「……だまれ、この魔物め」
オグアのチョップが脳天に降った。
ブルースの頭は真下に落ちて、床に鼻をぶつけて鼻血が流れた。
「僕は……おまえらとは違う……」
ブルースの右耳に強烈な平手打ちが入り、往復でもう一発入れられた。
それでも何か言おうとするブルースに対し、オグアは髪の毛をつかんで床に叩きつけた。
あごをぶつけて唇を噛み切り、つぶれたカエルのように血を吹いた。
「もうやめて!!」
追撃を加えようとするオグアを制して、リンはブルースに泣きついた。
「私はもう、構いませんから! ここで殺されたって、構いませんから……!
ブルースさんは……もう、こんなの……やめてください……」
泣き声で、最後の方は消えるようなか細い声で、リンはブルースに懇願した。
無抵抗のままボロボロになっていくブルースを見るのはとても堪え難かったのだろう。
「おい、ブルース。女はもう殺されたって構わねえってよ。
おまえもいい加減無意味な意地張るのはやめたらどうだ?
俺らの側について大嫌いなブロントをやっつけちまえばいいじゃねーか」
ぐったりしたブルースの頭をトントンと指で小突きながら、オグアは言った。
ブルースの顔は吐血と涙と鼻血と砂でぐしゃぐしゃになっていた。
「……僕は……」
▲ 7 ▼
汚れた顔をわずかに上げて、彼なりに精一杯の威圧を見せた。
切れてろれつの回らなくなった舌を使って、精一杯の言葉をひり出した。
「ぼぐは……ブロンドのごど、嫌いだげど……
いづもぼぐを見下ずブロンドが大嫌いだげど……
でも……憧れでだんだ……!
好ぎな人のだめに強ぐなれるブロンドをガッゴイイど思っでだんだ!
ぼぐもぞうなりだいどずっど思っでだんだ!!
だがら……ぼぐは……リンざんのだめに強ぐなるんだ!
ぼぐは……リンざんが好ぎなんだっ!!」
「……!!」
ブルースの言葉が木霊(こだま)して、辺りに凛とした空気が流れた。
一瞬の静寂、しかし不思議な圧力が流れていて。
リンの瞳から、一片(ひとひら)の涙の華が舞い落ちた。
それはまるで、ブルースの言葉への返答のようでもあった。
「……はあ、分かんねーな。
なんでそんなにムキになるのか、俺にはさっぱり分かんねーよ」
オグアは立ち上がって、斧を構えた。
「なんにせよ俺には関係ねーことだ。
俺にとって関係あるのは、1人殺すか2人殺すか、それだけだ」
「リンざんは逃げでぐだざい!」
「いえっ、ブルースさんが死ぬなら私も一緒に死にます!」
斧を振り上げるモーションがやけにゆっくりと感じられた。
弓のように力を蓄え、次の瞬間、鋭く真下へと振り下ろされた。
「うざい、な」
振り下ろされたはずの斧が、そこにはなかった。
オグアの手の中に残っていたのは、叩き斬られた棒切れだけだった。
切り落とされた斧刃の刺さる音が離れた場所で聞こえた。
オグアは振り返った。
ブロントがそこに立っていた。右手に剣を、眼光に威圧を携えて。
「分からないなら構うな。関係ないなら構うな。
今の二人はおまえごときに手が出せる存在じゃない」
そこまで言うとブロントは振り返って、背後に立っていたテミに声を掛けた。
「やあテミ、ケガはない?」
「その血だらけの格好見て判断できねーのかよ!!?」
「頭に斧が刺さってる以外は大したことなさそうだね」
「大したことないて!! その大量出血が大したことないのかよ!!
しかもその頭の斧はついさっきテメーが切り落としたヤツだろ!!?」
「……そんなことより」
▲ 8 ▼
テミはブロントの肩をつかんで、前後にゆすりながらわめいた。
「どーして崖から落ちたとき私を助けなかったの!?
どーしてマヨネーズだけ取って上がってっちゃったの!?
私とマヨネーズと一体どっちが大切……うぷっ!?」
まくしたてるテミの口が、ブロントの唇によってふさがれた。
それはとても甘い甘い、とろけるような濃厚なディープキスだった。
十秒、二十秒、二人の唇は絡み合って、妖艶な旋律を奏でていた。
そしてするりとブロントの唇が離れ、吐息のような甘い声がささやかれた。
「お腹がすいているとキスの味が悪くなるだろ?」
「ブロント君っvvv」
愛し合う二人は抱き合い笑い合い、美しい桃色世界に包まれた。
愛の力は癒しの力を与え、テミの傷は瞬く間に消えていった。
細かい理屈は気にしない。
ブロントの答えが微妙にテミの問いと合っていないことも気にしない。
二人の愛の炎は消えることを知らず、いつまでも永久に永久に広がり……
「分かんねーんだよ」
オグアの拳が桃色世界を裂いて、ブロントの荷物袋を吹き飛ばした。
「愛とかなんとか、いい加減ウゼーんだよ。
理解できねーもんは要らねー、とっとと死ねや」
振り返ったブロントの顔には驚きと怒りの色があった。
だがその視線はオグアにではなく、吹き飛ばされた荷物袋に向けられていた。
荷物袋はボロボロに破れ、マヨネーズの容器が破裂してマヨネーズまみれになっていた。
その中には、古代遺跡で手に入れたゴーンの肉も。
「ボクは……彼と……ゴーンと約束した……
マヨネーズは絶対につけないって……食べるときはタルタルソースをつけるって……!」
怒りに震えるブロントを前に、オグアは鼻を鳴らしてゴーンの肉を踏みつけた。
「ゴーン? ああ、あの卵アレルギーのクソオーガーな。
下らねー、あんなやつはこのヘタレ青髪と同じ、
一片の存在価値もないただの『ゴミクズ』だろーがよ」
オグアの一蹴りで、肉片とブルースの両方が吹き飛んだ。
その瞬間、辺りの空気に高圧電流のような刺激が走った。
「……!!」
それはブロントの『威圧』そのものだった。
怒りによって増幅された単なる『威圧』に過ぎなかった。
その『威圧』が、皮膚を焼き切り裂いて痛覚として痛い。
「ティンクを拘束したゴーンは嫌いだけど……
僕の仲間を……自分の仲間を……ゴミクズ呼ばわりするおまえは……もっと嫌いだ!!」
怒りの咆哮と共に発せられた威圧は、体を強く押しのける衝撃波のように感じられた。
逃げ出したくなる衝動をオグアはなんとか抑えて、見せかけの平静を装った。
「フン……威勢だけは充分なようだな……!
だが不利なのはおまえらの方だぞ?」
ブロントの周りはすでにモンスター軍がぐるりと取り囲んでいた。
百を超えるモンスターが折り重なり、それぞれの威嚇のスタイルで異臭を放っていた。
ブロントは剣を体の真横に構え、空いている左手を真横に伸ばした。
「ジルバット、召喚」
ブロントの左手にジルバットが収まった。
「異種二刀流奥義、散☆打☆撲☆流☆刀(サンダーボルト)!!」
▲ 9 ▼
ブロントは右手に鉄の剣、左手にジルバットを構えて高速回転を始めた。
そしてコマのように動き回り、瞬く間にモンスターたちを蹴散らした。
「うおおおお!?」

「ギピイイイイ!?」
「ぎゃああああああああああ!!」
技を発動してから十秒と経たないうちに、全てのモンスターが戦闘不能になっていた。
ブロントはそれを確認すると剣をしまい、ジルバットを投げ捨てて、ブルースとリンの元へ歩み寄った。
おまえの顔など二度と見たくない、と動かなくなったオグアへ吐き捨てて。
ブルースは腫れ上がった顔をだらしなく床に張り付けて、自分の不甲斐なさに落胆していた。
リンを守ると言って結局戦えず、やられる寸前でブロントに助けられた。
背中に感じるリンの存在に、どんな顔をして答えればいいのか。
「ブルース」
ブロントの呼びかけに対して、ブルースは力なく首を上げて自嘲気味に笑った。
「ブロントぉ……。僕、かっこ悪いよ……」
男性から見ても美しいと思えるブロントと今のブルースとの対比は酷だった。
嘲りの微塵もないブロントの顔が、かえってブルースの惨めさと情けなさを煽った。
「かっこ良いかかっこ悪いか決めるのは、僕でも君でもないよ」
そう言ってブロントは背を向けた。
一体どういう意味、と尋ねようとして上半身を上げたブルースに、何かが覆いかぶさった。
ブルースはその感触を理解して、体の芯が燃えるように熱くなった。
「あ……リンさん……」
ブルースの胸の前で絡まる、リンの白くて美しい両腕。
ブルースのうなじから首筋までをなでる、リンの滑らかでつややかな三つ編み。
ブルースの背中に押し付けられる、リンのやわらかでふくよかな双丘。
そして、ブルースの左頬に張り付けられる、リンのみずみずしい桃色の唇。
「かっこ良かったです……とても……。
私にとって、ブルースさんが世界で一番のヒーローです」
張り付けた唇をまともにはがさないままリンが言った。
言葉を紡ぐ唇と羽ばたく睫毛とがブルースの肌をくすぐる。
脳みその沸騰するような感覚にめまいを感じながら、ブルースはしたたかにリンの両手を握った。
ブロントとテミは、すでに立ち去っていた。
*
「あの二人は、きっと大丈夫だよね。
村はこんなになっちゃったけど、愛がなんとかしてくれるよね」
ブロントの背中を追いかけながら、テミは問いかけた。
のどかな村はモンスター軍に襲われ、建物も人も全て灰燼に帰してしまった。
黒く焦げた大地に、希望の跡はない。
「テミ、愛は何もしてくれやしないよ。
行動するのは僕たち自身、僕たちが進まなければ駄目なんだよ」
ブロントはテミをそっと引き寄せて、優しくキスをした。
「ブロント君……vvv」
桃色ビジョンがしっとりと広がり、空と大地をゆったりと包み込んだ。
それはまるで、死者に送られた手向けの花のように。
焦げた大地に希望はない。それは人々の心にあるのだ。
希望を見据えて誰かが一歩を歩み出す。
それに惹かれて、別の誰かの足並みが揃う。
愛の結んだつながりはやがて大きなうねりとなって、世界を変える力になる。
そのときはきっと、また新しい光が広がるのだろう。
この焼け焦げた村にも、あの茶色いはげ山にも。
「ってさっきまであったはずの豊かな森は一体どこへ行っちゃったの!?」
「さあ〜〜〜どこだろうねえ〜〜うぷっ」
「……ブロント君、その口についたマヨネーズと草の汁と木の皮は何?」
我らは願う。
この世に永遠の秩序あらんと。
〜山あいの村Clear!〜
▲1
▲2
▲3
▲4
▲5
▲6
▲7
▲8
▲9
第5ステージ コロシアム
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